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デザイン/みそそぎシャギー

『死村家の人々。』
 

〜死村家の方々紹介〜

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・死村三六(しむらみろく)
……夢見がちな文学少女。ボクっ娘。流されがちな台所番長。遠距離狙撃タイプ。本来は三十六と名付けられる所、三と十が並ぶのを避けるため三六となる。最近、兄達が捕まえてくるクリマチウス(古生代デボン紀の魚)を煮付けにすることを思いつく。



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・死村九六三(しむらくろす)
……クリスクロス・セリザワ・ロックナイヴス。芹沢一族と死村家の間に生まれた子。死村に引き取られ、現在は九六三に。後に『制裁の朱線(デッドロード・エンド)』の二つ名で呼ばれる。
「孤独に抗う強さを持って私の名を名乗ろう。『制裁の朱線(デッドロード・エンド)』の二つ名と……死村九六三の名を。お前の居場所、散る前に決めておけ」


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・死村一三(しむらかずみ)
……殺戮式使い。死村第六位『甚六(じんむ)』。珈琲好きの味覚音痴。やっぱりブラコン&シスコンのダメ人間。最近、十五が可愛くて仕方がない。近接戦闘タイプ。本来は十三と名付けられる所、13は危数の為に一三と名付けられる。ちなみにあまり死村の登場名乗りが好きではない。
「信念と忠義を持って俺の名を名乗らしてもらおうか。たはは。『死村第六位・甚六(ジンム)』の二つ名と……死村一三の名をな。お前等のレール、今、ここで途切れンぜ」



・死村十四(しむらじゅうし)
……『黒き眠りへ誘う者(マインスリーパー)』。シスコン、ブラコン、オタク、変態。本命は双子の兄。最近、夜中に鍵を破壊し、三六の布団に入り込む凶行を繰り返す。一撃離脱トリッキータイプ。死村の登場名乗りを誇りにしている。
「では高らかに誇りを持って私の名を名乗りましょう。『黒き眠りへ誘う者(マインスリーパー)』の二つ名と……死村十四の名を。せめて儚く散りなさい」


・死村十五(しむらじゅうご)
……将来はまともに育ってほしい小学生。でも無理。兄と風呂に入るのがたまらなく嫌な年頃。最近、スカイフィッシュを捕まえるのに燃えている。


〜その他の方々〜

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・殺姫初生(さつきはつおい)
……暗殺一家殺姫の殺し屋。強気がポリシー。でもあくの濃い人々に押され気味な中学生女子。


・殺姫初音(さつきはつね)
……暗殺一家殺姫の殺し屋。双子の姉は殺姫初生。

・ドラクロア・S・ディープカルネージ
……吸血鬼。八大伯爵の一人。限りなく真祖に近い死徒。

・悪原転寝(あしはらうたたね)
……闇医者。珈琲も紅茶も好き。前回貰ったクリマチウス(古生代デボン紀の魚)は水槽で飼うことにした。

・御剣刃(みつるぎやいば)――?

・我孫子静丸(あびこしずまる)――?

・奏屋音一(かなやおといち)――?

・騎罰地緋炉壬(きばつちひろみ)……『害獣(ギャンビットマリス)』
・墓守背理(はかもりはいり)……『悦楽牢獄(ファニーバニー)』
・罪喘総吾(ざいぜんそうご)……『紅い歯車(ファイアスターター)』
・殺姫初日(さつきはつひ)……『負犬(スーサイド・アンダードギー)』
・悪原転寝(あしはらうたたね)……『修復師(レディファウスト)』
・闇堂虚(あんどううつろ)……『孤高の空道(オービットキューブ)』
・詩屍凛士郎(しかばねりんしろう)……『朽ちた果実(メロウデッド)』





1.シムラ・ジャメビュ
 1. アナザー・モーニング
 2. 『ノーマルライフ』
 3. 『リトルスナイパー』
 4. 『マインスリーパー』
 5. 『ファミリー』

L'ecame des jours(うたかたの日々)
 1.

2.クリス・エグジスタンス
 1.フラッピープラナリア
 2. 『ザベル・ザ・ストロングシャウト』
 3. 『ドラクロア』
 4. 『スタンド・バイ・ミー』

L'ecame des jours2(うたかたの日々)
 1.

3.シムラ・エトワス〜小指狩りプロミス〜
 1. 『バンビーノブレンド』
 
2. 『ナインドラゴン 1』
 
3. 『ナインドラゴン 2』
 
4. 『ナインドラゴン 3』
 
5. 『ナインドラゴン 4』
 
6. 『ナインドラゴン 5』
 
7. 『ナインドラゴン 6』
 
8. 『スペースボールリコシェット』

L'ecame des jours3(うたかたの日々)
 1.

4.サツキ・ダブルスタンダード
 
1.『ガール・ミーツ・スタンダード
 
2.『ライダーズ・オン・ザ・ダークネス
 3.『ウルフガープソリッド・スティ』

 


4.『オーディナリィ±』

 

 

『誇り高い狼の魂を忘れたくない――。殺姫初生・卒業文集より』

 

1

 ハイドアウト・ファウンドアウト.1

 

  初生は仕事の準備を始める。集合は明日だが目的地には数時間かかるために早めに動くことにした。内心、一三に早く会いたいというのもあるのだが。
 初生の傍ら、負傷している九六三も今は落ち着いたのか赤子のようにスヤスヤと眠っている。それがあまりにも可愛くて見とれてしまったのは九六三には内緒だ。きっと怒ってしまうだろうから。
 髪の色も瞳の色も何かも一三と違うのに雰囲気や持った空気は一三と同じだ。もう一つ同じと言えばボロボロで傷だらけの手もだ。
 初生は九六三の傷だらけの手のひらを触っていると涙がでそうになったのを思い出した。それは既に九六三の境遇を初樹から聞いていたせいもある。
 幼い時にほんとんど顔も覚えてない母親を殺されたった一人。奇異の才能を持ったせいで普通に生きることもできずたった一人で裏事の世界で生きてきた九六三。
 初生は、自分よりも年下であろう九六三が、自分と同等、あるいはそれ以上に過酷な道を歩んできたことを考えると胸が締め付けられるような気分だった。その細く華奢な体でどれだけの戦いを繰り返してきたのだろうか。初音の服の裾を離さなかったように、初生の手を離さなかったように、どんなに強がっていても本当は自分と同じだと初生は思う。孤独は怖い。一人は寂しい。初樹がいなければ、初音がいなければ、一三と出会わなければ真っ暗な闇の中を彷徨い続けていたかもしれない。
 初生はジャージから白のチノパンツとタンクトップに着替える。スタンガン、もしくは銃を用意した方がいいだろうかと考え、木製デスクの中からオートマティックのP38マニュリーンを取り出す。それともナイフかと迷いつつ両方揃える。応急手当も出来るようにセットを整えなければならない。準備の作業がまるで遠足前みたいだと、そんなことを考えながら迷彩柄のジャケットを羽織る。それはM1941FJと呼ばれる迷彩ジャケットを改良したM1965戒と呼ばれる物だ。アメリカ軍が最初に採用したフィールドジャケット、それがM1941FJである。一般にはM1941で呼ばれているが、アメリカ陸軍の制式名称は”ODフィ−ルドジャケット”で、M1941の名称は後世のコレクターによって命名されたものである。M1941FJは制服と戦闘服を分離した点で画期的だったが、防寒性は不十分で兵士達からは不評だった。その後、戒社と呼ばれる軍事メーカーが実践でのノウハウを取り込んでモデルチェンジを繰り返し特殊繊維による防弾性を加えたM1965戒が完成した。初生が着ているものは私服にカモフラージュされているのでそれほど目立つこともない。それどころか、ボーイッシュな初生とそのデザインが良く似合っていると言える。着替えや準備を終えて二階の階段を降りると初音と初樹が店の掃除をしていた。
「行くのか?」
 カウンターで翌日の仕込みをしていた初樹が呟いた。
「うん。あ、モップがけぐらいやってから……」
「気にしなくていい。いいから行って来い」
 初樹はそう言いながらマルボロを咥えた。
「あ、姉貴。もう行くの?」
 モップをかけていた初音が尋ねると初生は頷く。
「了解。私は調べ物が終わってから九六三の回復待って集合場所に向かうわ」
 調べ物――九六三が口にしていた『アレ』のことか、それとも藤原大連のことなのか、初音の嗅覚に引っかかる何かがあったらしい。殺姫一族の中で、日常の中の違和や危険を感じ取ることに関して初音ほど優れている者はいない。
「うん。もし、二、三日かかるんだったら数学のノートと出席だけお願いします」
 初音が『え』という顔をした。
「やっぱ学校に行かないとダメ?」
 その問いに初樹と初生が同じことを口にすると、初音は露骨に嫌そうな顔をした。
「数学のノートって別に成績いいからいいじゃん」
「ダメ。私だって高校入試控えてるんだから」
「姉貴だったら高校入試なんて楽勝なのに。そもそも高校なんてどこだって同じじゃん」
 裏事師だから――表の自分は意味がない、仮初でしかない、もしかしたらそんな風に思っているのかもしれない。
「いつも言ってるでしょ。出来る限り努力する、それがポリシーなの。私はアンタみたいに頭も良くないし、才能もないんだから」
「はいはい。オッケーだよ」
 初音は二つ返事をしながら舌を出した。
『じゃあ、お願いね』と、 初生はもう一度頼み店から出ようとしたがそれを初樹が呼び止めた。
「気をつけてな」
 初樹は初生を見ずに小さく呟く。それだけで十分だった。それだけ伝わる言葉や想いがある。この広い世界にアットホームな必殺仕事人がいてもいいのではないかと初生は思う。高校生と暗殺者、冷静と情熱、人には二面性があるならばこういう二面性だってありだ。任せられた仕事はジャン・レノのレオンみたいに渋く決めてみせる。
「うん!! 行って来ます」
 初生は八重歯を見せて微笑み歩き出した。が、すぐに何かを思い出したかのように振り返った。
「あ、ガスの元栓の確認と雨が降ったら洗濯物をすぐ取り寄せること!」
  殺姫初生、十五歳。家事全般が得意なしっかり者の暗殺者。

 ◇

 がちゃりという音と雨で目が覚めた。それが何の音なのか定まらない思考で考えてみたが分からず、辺りは暗く何も見えなかった。夜の闇に包まれているらしい。何がどうなっているか分からないが、子犬が眠る柔らかな毛布に包まれるような夜でないことは確かだ。薬品の匂いがジクジクと鼻腔に染み込んでくる。ふいに右の方で濁ったうめき声が聞こえた。男はそちらに視線を向けようとしたが、その瞬間、右足に何かを感じた。それが痛みであることはすぐに分かった。ズンと圧し掛かってくるような重ったるい痛みだ。得体の知れない素性不明の痛みの中で、今は筋肉が動きそうにないことを知った。ベッドに横たわっているのはさっきから分かってる。
 しかし、自分が何故こんなところにいるのだろうか。腹の中でそう呟いた時、パッと明かりが点いた。
 網膜にまず映ったのは汚れた漆喰壁だ。ぼんやりしていると扉が軋む音が聞こえた。首を動かさなくても戸口の方まで見えた。ドアから入ってくる少女の姿を見て瀬田連次郎は自分が生きていることを実感した。
「先生、具合は?」
 いつもどおりのそっけない声で、手神綴流(てがみつづる)は尋ねてくる。
「マーベラスだ」
「そう、良かった」
 と、だけ、またそっけなく答える。いつも通りのやけに冷ややかな冷めた瞳だった。先ほどの狼狽が嘘のようだった。
「傷口はしばらく痛むと思うから我慢して。打撲は完治するまでしばらく時間かかるから」
 そう言いながら手神は瀬田の枕元に小さな小瓶を置く。
「ポーション、ここに置いておくから。あんまり傷が痛むようなら飲んどいて」
「ああ、すまない」
「いいよ。私こそ助けといて冷たい対応でごめんね。もう頭の中、別のことでいっぱいでさ」
 瀬田はドアを出て行くいこうとする手神を見つめたままため息をつく。驚きというよりもこちら側の世界の成り立ちに呆れてしまった。こんなことがあっていいのだろうかとも思う。
「まさかな――」
 それは自分の友人と全くつながりのない友人が知り合いだった時の気分に良く似ている。物事と物事のつながりを見つけてしまった時のような感覚であり、瀬田はそんな何ともいえない奇妙な気分を込めて呟いた。
「何?」
「まさか君がこちら側の存在とは思わなかった」
「ああ、そう?私も先生がこちら側と思わなかったし、おあいこってのじゃない?」
 さもどうでもよさげに手神は答えた。元々クールなところがあったが今はそれがより顕著に現れている気がした。
「じゃあ、私、これからバイト――仕事だから行くね」
 仕事――ああ、やはりと瀬田は思った。
 手神の瞳にはこちら側特有の気配がある――人を殺したことがある人間の気配だ。
 しかも、これから学校にでもいくかのようにセーラー服で手神は部屋を出て行こうとしている。日常と非日常の境目があやふやになりかけているのだろう。そういう手合いはカモフラージュの自分が壊れてしまうことに何のためらいも持たない。手神の抱えている闇は既に深く根を張り巡らせ、普通の人間であった頃の感覚を麻痺させてしまっている。それは瀬田を追い詰めた殺姫の双子の一人によく似ていた。初生の方が迷いながら居場所を探しているとすれば、双子のもう一人は既にこちらで生きていく覚悟を持った眼をしていた――今の手神と同じように。
「手神君、聞いていいかな?」
「何?」
「君はなんで私を助けたんだ?」
 瀬田を見つめるほんの少しの間の後、手神は答える。
「退屈だったからね。ちょっとわめいて助けてみた。知りたいこともあったし」
「退屈だった――」
「退屈は人を殺す。退屈は人を殺させる、そして神をも殺す、殺させる。まぁ、そんなことはどうでもいいけどでも、今度の標的はいつもと違う」
 僅かに、ほんの僅かに手神の声に熱がこもった。どこかうっとりするかのようなそんな感じだった。
「私の胸の奥の隙間を満たしてくれる相手。まさか、今回の仕事に関わってるなんて思いしなかったけど。ああ、私の頭の中はあいつのことでいっぱいだってはっきり感じる。この心の奥に響く空虚な穴を塞いでくれてる、そんな気がする。この『オーディナリィ±』こと、手神綴流という存在を心の底から楽しませてくれる――それはあの娘しかいない」
 冷めた瞳に宿った暗黒の正体が瀬田にもはっきりと分かった。狂気だ。
 表の世界に退屈し冷え切った手神の心を燃焼させてくれるその狂気こそ、淀んだ瞳にギラギラと危うい輝きを与えている根源だ。
「先生。貴方が闘ってみて殺姫初生はどうだった?」
「殺姫初生――」
 ほんの少しの間の後、瀬田は答えた。
「――マーベラスだった。強さ自体はまだ未完成だ。だが――」
「だが?」
「気持ちのいい相手だった。命の取り合いをしているとは思えないほどに」
「そう――」
 ゆっくりと部屋を出て行く手神の背を見つめながら、瀬田は思い出す。
「手神綴流――オーディナリィ±……魔術師協会の天才児、十年に一人の逸材、不敗の魔術師、オーディナリィ±の手神綴流か!!」
 勢いよく上半身を起こした為か、激痛が瀬田の体を襲った。特に切り裂かれた胸の痛みが酷い。殺姫初生の殺戮式にやられた傷だ。
 痛みでむせ返りながらも瀬田の頭の中にあるのはオーディナリィ±とその逸話のことだけだった。
 その時――ドアが開いた。
「あれ、先生。起きたんだ?少しは体良くなった?」
 ふいにそんな声が聞こえ瀬田はビクリと身を強張らせた。
 その言葉の意味を理解するまでに数秒要した。
「君は――」
 目の前のドアを開けて中に入ってきたのは、間違いなく、その声も、容姿も、気配も、何もかも――手神綴流だった。
 




 ハイドアウト・ファウンドアウト.2 『鉄風鋭くなって』

 死村一三――。
 ヨレヨレのシャツとコート。いい加減で大雑把で女心に疎い上にデリカシーという言葉とは程遠く、風呂上りにはトランクス一枚でうろつく。音楽好き。着信メロディーはナンバーガール。手塚治虫とアメコミが好き。シスコンにしてブラコン。仕事の腕はプロ。特に困難なことを自分の流儀で成し遂げることを好む。どんな窮地でも軽口を叩き、正義感は持ち合わせていないが義理と忠義は通す。
 そして、家族と一杯の珈琲をこよなく愛し、数々の死線を潜り抜けた本物の強さとタフネスを持つ男。初生と同じ殺戮式使い――クロスに九六三の名を与え孤独から救ってくれた男。
 心地よい眠りに包まれていた九六三を起こしたのは携帯の着信メロディ、一三とおそろいの曲、ナンバーガールの『鉄風鋭くなって』だ。九六三の片方の手は隣で眠っている初音が握ってくれているので、残っている片方の手で暗い部屋の中慌てて通話ボタンを押し深呼吸した。
『もしもし九六三か?』
「うん。私だ、一三」 
 その声には初生たちと話しているような高圧的な厳しさはなく歳相応の少女の声であり、クリスマスまで待ったプレゼントがやっと届いたの子供のような『待ってました』という表情だった。
『たはは。連絡が遅くなっちまって悪かった』
「ううん。大丈夫だ、一三はちゃんと電話してくれた」
『そりゃあ、可愛い妹の約束は絶対に守るさ』
 電話の向こうで九六三は『あう……』と言葉にならない声を出してしまった。目の前に一三がいたら失神してその胸の中に倒れこんでいたかもしれない。
「うん。すごく――その、なんだ、うん、すごく……嬉しい」
 九六三は一三が兄弟との約束は絶対に守ると知っているし信じている。そして、一三が約束を守ってくれる度に、自分が一三との約束を守っていく度に、絶対絶命の死線を潜り抜けた時と同じように自分と一三との間に何か強い物が芽生えていくのを感じた。もしかしたらそれは信頼というのかもしれないし、もっと綺麗で純粋な物かもしれない。それが九六三の胸を熱く震わせ、一三のことをもっと求めさせるのを自覚していた。声を聞くだけで今すぐにでも会いたくなってくる。最早、一三のいない生活など考えることができない。
『そっちはどうだ、九六三』
「うん。こちらはほぼ問題ない。私を尾行していた敵との戦闘になったが無事に殺姫初生たちと合流している」
『尾行?例の連中か?』
 例の連中――この仕事を引き受けた辺りから九六三たちに攻撃を仕掛けてきている連中のことだ。
「ううん。私達を攻撃してきた魔術師たちではなかった」
『俺達を狙ってきたのとは別ってことか――面倒なことになっちまったな』
「何かあったのか?」
『どうにもこっちはもうちっとばかしかかりそうだ。俺達を狙ってた何人かは始末したが残りの二人に逃げられちまった』
「魔術師達か――追うのか?」
『ああ。悪いな、九六三。面倒で厄介な奴らは早いうちに始末しとかねぇとな』
「ううん。謝らなくていい。私なりに事情は分かっているつもりだ。それに一三が相手にしてるのは――あの『オーディナリィー±』だ」
『ああ――面倒な奴に好かれちまったな』
「一三が殺姫と共闘すると言い出した時はさずがに驚いたが……それはあの二人と私を奴らから守るためだろう?」
『たは。俺も今回の事件に二人が巻き込まれてるとは思ってなかったぜ。知ってたら絶対に引き受けさせなかったさ。初樹の旦那が何を考えてるのかさっぱり分からねぇ』
 やはりと九六三は思った。
 三人を守るためには常に行動を共にしなければならない。それができないのは一三自身がてこずるほどの相手に狙われているからだ。そちらを始末しなければ合流することさえできないと考えたのだろう。そのために一三は九六三に初生との合流を指示した――。
 九六三自身の目で初生と初音のことを見定めさせるために――。
 『アレ』に最も近いところにいる二人を魔術師から守るために――。
 そして、それは一三と九六三を狙っている相手から九六三を引き離す為でもある。
 そのことには九六三自身も気づいていた。つまり、その相手は九六三では歯が立たないほどの相手ということになる。しかも一三が手こずる程のレベルとなると九六三がいても足手まといにしかならないだろう。九六三はちらりと、自分の隣で心地良さそうに眠る初音の顔を見つめた。
「今回動いている連中は――やはり私や初生、初音では相手にならないレベルなのか?」
ギュッと八重歯で唇を噛み締め九六三が尋ねる。
『九六三の能力や、初生の殺戮式、初音の無限軌道なら何とか対応できるかもしねぇが――苦戦するだろうな』
「ムゲンキドウ?」
『無限軌道。初音の技はそう呼ばれてる。本人はその名前で呼ばれるのを嫌がるけどな』
「聞いたことないがそんなに強いのか?」
『ああ、ありゃあたいしたもンだぜ。初音の使う貫魂(かんこん)や爪砕(そうさい)は中々真似できるもンじゃねぇ。あの歳で、しかも独学で自分のスタイルを編み出しちまうンだからな。たは、情けない話だが俺よりも実力は上、才能ならうちの十四や姉貴たちととタメ張るかもなぁ』
実に嬉しそうに、楽しそうに、まるで娘の成長を喜ぶ父親のような口調で一三は笑った。
「そんなことない!一三の方が絶対、絶対、絶対、絶対、上に決まってる!」
 思わず九六三は声を荒げた。
『たはは。おいおい、何をムキになっちまってンだ』
「私は今まで一三の傍にいたから強さをちゃんと知っている!!自分のことを弱いと言うな。一三は私の目標だ」
『たはは、俺なンざそれほどたいしたこともねぇぜ?目標にするならもっと別の奴の方がいいンじゃねぇか?』
「たいしたことあるから言ってるんだ。一三は死村の第六位だろう」
『ンー。順位なんて意味はねぇさ。そもそも俺よりも腕がたつ死村は幾らでもいるしな。きっと九六三も他の可愛い弟や妹達も俺よりもずっと強くなるさ』
 ずいぶんとあっさりと自分の弱さを認めると思ったが、きっとそれが一三の強さなのだろうと九六三は思う。過信することもなければ慢心することもない。それ故に一三は強いのだろうと九六三は思う。
『俺は嬉しいのさ。たは、可愛い妹分が俺よりもずっと上に行くってのがよ、初生や初音がどこまで強くなるのか考えるとワクワクしてくンのさ』
 電話越しで心底嬉しそうに一三は笑う。やはり、それはまるで子供達が大きくなっていくのを見守る父親のようだった。思わず呆れてしまったが一三のそういう子供っぽい単純なところが可愛い。
「むぅ。一三がそこまで言うほどか……そうか、初音はそんなに凄い奴なのか」
『ああ、センスもとんでもねぇが頭の切れ方も半端じゃねぇ。紙切れに書かれたメモ、雲の動き、気分、ほんの些細なことから新しい何かを生み出すことができる、まさに十年に一度、本当の意味での天才ってのかもな』
「私達を襲ってきた魔術師のリーダー……『オーディナリィー±』はその初音でも苦戦するということか」
 九六三でもオーディナリィ±の話を聞いたことがある。こちら側――裏でも随分と有名な存在だ。
 名門のミスカトニック大学を十代で卒業し魔術師協会でも将来を期待される五人の天才の内の一人、付け加えるなら五人の天才の中で行方が唯一はっきりしてる一人だ。
 その『オーディナリィー±』が求める先には『アレ』が存在する。初生の進む道が自然と『アレ』に向かう運命ならば、今回の仕事に関わった以上は必ずどこかで初生や初音たちと『オーディナリィー±』はぶつかる。
 全てがあの『アレ』に導かれ集約されることで完結するなら必ず道は一つになり重なり合うことになる。それが遅いか、早いかの問題だ。未熟な九六三や初生たちが生き残れる可能性は1桁。ここまでに破れ散っていった者たちが築いた死屍累々の山に並ぶことになるだろう。
 初生、初音、二人がこの逃れがたいディシプリンを生き抜くためには絶対に一三の存在が必要だ。
「一三、初生や初音は弱くない、ただ相手が悪すぎる。ほんの短い時間一緒にいただけでそれを実感した。あの二人、特に初生では絶対に『オーディナリィー±』には勝てない。強さとか技量とかそういう問題じゃない。私の知っている情報が確かなら――初生は殺される。もっと根本的な部分で初生には欠けているものが多すぎる」
 欠けているのか、目を逸らしているのか――それは初音にはあって初生にはない物であり九六三が強く心ひかれた物。それがある限り初生は遅かれ早かれ命を落とすかもしれない。
『――たは。俺はあいつのそういうところを一番信じてンだけどなぁ。それがある限り、それが本当の強さに変われば――』
「――え?」
 九六三が思わず聞き返そうとした時だった。
「『オーディナリィー±』だと!?」
 ふいに響いた怒声にも似た声――。
 その声と手を強く握り締める感触に気づき九六三はすぐに隣を見た。そこにいるのは、いたはずなのは――。
「初音!起きてたのか!」
 飛び起きた初音は今までの不適な表情と違い明らかな狼狽が見て取れた。
「そんなことはいい。どうでもいい。おい、なんでそんな化け物が今回のことに関わってるんだ!!お前らが繰り返してる『アレ』ってのはまさか――まさかだぜ、冗談じゃねぇ、魔術師や組織が動くアレってのは、『アレ』ってのはよ、あの『断片』のことを言ってるんじゃねぇだろうな!!」
「――知っているのか」
「知っているのかじゃねぇ!それがどんだけやばいのか分かってんだろ!この仕事は行方不明のおっさんを探すだけじゃねぇのかよ!」
 初音のヒステリックな叫びの中、電話の向こうの一三が飄々としていながらも強い意思を持った言葉を紡ぐ。
『たはは。安心しろって。お前達のことはお兄ちゃンが守るさ』


ハイドアウト・ファウンドアウト.3 『暇を潰すためのスレッジハンマー』

「ねぇ、くだらない話しようか?」
『……』
 闇の中に抑揚や感情をほとんど感じさせない少女の呟きが響いた。余分な物がないその声はフッと消えてしまいそうなほど儚く、発せられた声の美しさだけが少女の見上げる夜空に散らばった。
「俗に言うところのコイバナって奴――好きでしょ、そういうの」
『……』
 少女はその形の良い唇を動かすことなく、再び抑揚のない美しい声を夜風の中に織り込んだ。それはまるで腹話術だ。蒼く静かに輝くフルムーンが少女の代わりに言葉を紡いでいるのかもしれない、そう思えるほどにその声は限りなくトランスペアレントだった。
 少女――手神綴流の表情からより一層感情がなくなりガラスの人形が出来上がる。
 だが、これこそが――。
「初めてゴーイングアンダーグランドのアルバム『ホーム』を聞いて10トラック目『ランブル』の終えてラスト曲の『コダマ』に差し掛かる時ぐらいの興奮しているわ――爆発しそうなの。テンションが上がりすぎて自分でも抑えられないぐらい」
『……』
 綴流の声からさらに抑揚も感情も消え去り、表情どころか眉一つ動かさなくなった。テンションが最高値に達しようとしているためであり、子供の頃から興奮すればするほどテンションが低くなり声から感情がなくなる――それがこの少女、手神綴流の癖だった。
 電話の相手もその癖を知っているのため綴流は携帯を耳に当て作り笑いのような声を漏らす。それは聞く人が聞けば酷く不快に感じる笑い声だった。
 綴流は楽しくて楽しくてたまらないという表情をした――つもりでと眼下の点々とした街明かりを見下ろす。
 そこは高層建築の屋上、しかも航空灯の上、この街の中に彼女がいることを見渡すことができる。
 それが手神綴流の幸せであり、綴流の表情からそれを察することができるものはほとんどいない。綴流は幸福さを微塵も感じさせない表情で幸せの吐息をこぼし、風で乱れたコートの襟を直した。
 妙にゴテゴテとしたコートだが、男物の服装を好み着ている。トレンチコート×スラックスのキレイめスタイル。だがインナーはネックがねじれたユルめのツイストニットを合わせ、ボトムスはスラックスはブーツインという今を感じさせるテクで、定番のキレイめをワンランク上の個性派にスタイルアップさせている。
『……』
「そんなに嫌がらないでよ。ただ私は普通の女の子のように恋愛の話をしたいだけ。そう、それだけのこと。いいじゃない、たまには。こっち来ながら聞いてくれるだけでもいいから。先生のところからだからあと五分ぐらい?」
 返事はなかった。それでも綴流は言葉を続ける。
「月曜の朝って気分が憂鬱にならない?そういう時って何か楽しみがないと退屈で死にそうになるじゃない?退屈は人を殺す。退屈は人を殺させる、そして神をも殺す、殺させる。まぁ、そんなことはどうでもいいけどでも、私は月曜の朝はいつも犬杉山駅前のアイスクリームショップでミントチョコを食べながら学校に行くことにしてるんだけどね。そう、ミントにチョコがついてるのがポイント。私がアイスを買った時間は7時30分ジャスト、次の週は7時52分37秒――。私は自分が何時、何分、何秒に何をしたっていうのを完全に覚えてるんだけど、私が言いたいのは、必ず、私がそこでアイスを買うたびに、絶対、雨の日だろうと晴れの日だろうと、間違いなく、彼女は私の前を横切るわけ」
『……』
「そう、歳は三つか4つぐらい下、華奢で引き締まってスレンダー、それでいて適度に健康的な褐色の肌、胸は小さいんだけどちょうど私の手のひらにジャストフィットすると思う。くびれもいいだけど、お尻は形が良くて魅力的。それが最高なの。ボーイッシュな声に反して声は少女そのもの。その姿、その存在はあまりにも鮮やかで私の一週間の楽しみは彼女の姿を見ることに変わったわ。もちろんアイスも食べるけどね。私はあの子犬のように人懐っこい笑顔と意思の強そうな瞳を見るたびに、薄茶の髪が風に揺れるたびに、胸が熱い鼓動を刻み高鳴るのを感じたわ――嗚呼、殺姫初生様……」
 手神綴流――魔術師。眼鏡愛用者。同性愛主義者。趣味、隠語しりとり。華奢で背の低い女の子が好き。ときめきも高鳴りも情熱も何もかもを冷静の下にしまい込み、綴流は淡々と思いを言葉にしていく。
「今回の仕事を請け負った時、正直、正直に、上の方々には申し訳ないのだけど、正直なところ、本当に面倒くさくて仕方なかった。退屈で退屈で私が私であるがゆえにすぐ片付いてしまうあっけない仕事だと思ってた――そう、全て退屈。勉強も運動も学校も殺し合いも魔術も、全てすぐに終わってしまう。全てを楽しむ貴方と私が対極に存在するならば――同じ菩提樹の実を食らいながら育ち、別々の空に飛び立つ二頭の鷹のように私と貴方は決して交わらない。それ故に貴方には私が理解できないかもしれないわ――綴理姉さん。例え、私達が双子でもね」
 綴流の小さな吐息が夜空の中に溶け込んだ。
 双子の姉、手神綴理――魔術師。割かしクールでそっけない性格。気まぐれで死にかけたウルフガープソリッドを拾ってきて助けたりする。将来の夢は妹と同じく漫画家。好きな作家は井上純弐。時々、妹と入れ替わり生活するのが趣味。時々、普通の人間のふりをして暇を潰すのも趣味。綴流同様に、できることならばこの世界中の暇をスレッジハンマーで叩き潰すことを目標としている。きっと最高の暇つぶしになることだろう。当然、嫌いな物は綴流と同様に退屈と暇、思い通りに行くこと。綴流の知る限りでは殺姫初生に対し、久しく退屈を忘れさせてくれる標的だと認識している。
「死村一三に関しては全くの想定外だったけど彼女の知り合いだったなんて、嗚呼、なんという運命、なんというグランギニョル――殺姫初生様、SATUKIHATUOI、この十二文字の天使の福音に込められた何という甘美な響き、きっと初生のAはエンジェルのA、それともアンビリバボーかしら?嗚呼、私の爪先から背筋を上って震えが走るわ、全身の細胞が彼女を求めて疼きだしてる、これが恋なのね、これが愛なのね、私は今宵、運命の少女を手にする――綴理姉さん、貴方にこの感覚が理解できる?紅蓮の炎に身を焼かれるような熱さ、己の中で渦巻く黒い淀み、狂ってしまいそうなほど切ない――」
『まぁ、理解はできないけど今度の同人誌のネタにでもしとくよ』
ようやく口を開いた手神綴理の美しい声が携帯から響いた。妹の綴流と違い抑揚のある明るいはっきりとした声だった。
『アンタ、初めて会った人から見るとさ、バイバイされるかすごく面白い人のどっちかだと思うよ』
「姉さんのいけず」
『私らの世界の愛情表現なんてさ、好きです、貴方を愛しています、って言ってから頭ブチ貫くぐらいでちょうどいいと思うんだけどね。まぁ、理解する気はないけど否定はしないから安心して。優しいでしょ?』
「ええ、とても。感動して涙が出てきそう」
 電話の向こうから『どういたしまして』という声が聞こえてきた。
『まぁ、とりあえず殺姫を拉致って死村一三をぶっ殺す方向でOK?』
「いいけど、彼女は傷つけないでね?姉さんなら容易いことでしょ?天才と呼ばれた魔術師『オーディナリー+(加乗の唇)』なら」
『まぁ、努力はしてみるけど』
「その時はこの『オーディナリー-(減滅の瞳)』がサポートするから大丈夫。二人揃って『オーディナリー±(普遍の魔術師)』が負けるはずないわ」
『まぁね。死村一三みたいなのが来なければ負けることもないと思うけど』
「死村一三――」
 ゆっくりと、綴流の額に亀裂が入った。さらに続いて頬に、手に首元に亀裂が生じる。マッジクで引いたような真っ直ぐな線だった。それは味方によっては−の記号にも見える。
「この私の二十四加唱撃に耐え切った男――」
 その言葉のあと、綴流の体に現れたマイナスの記号が突如として震えだす。
『正確には私の方の二十四減唱撃もだから四十八の同時攻撃を受けきったわけだ。驚異的だね。四方八方からの攻撃をかわして、受けきって、防ぎきるんだから。最高だよ、あの兄ちゃん。満点、健全、十全、万全、完全無欠、パーフェクト、非の打ち所もない、完膚もない、完璧――』
 綴流はその言葉にゆっくりと瞳を閉じる。
「強かろうが弱かろうが問題もなく――私の二十四の唇たちが刻み込んであげる」
 額、頬、手、あらゆる箇所に現れたマイナスがいっせいに裂け、赤く淫らな膵液のしたたる肉舌をのぞかせた。
 綴流と綴理は七歳でミスカトニック大学の魔術学部に正式入学し、その三ヵ月後に卒業した。その後は学部を点々としながら実験と改造を繰り返してきた。全てを簡単に極めてしまう二人には漫画と恋愛に出合うまでそれぐらいしかすることがなかった。
 最早、自分達は人とは呼べないかもしれない。だが後悔はない。あるとするならばもっと早く殺姫初生と出会えなかったことだ。
「恋路、初恋、ラブ、リーべ、アムール、恋愛、恋慕、愛慕、愛恋、恋情、恋着、片思い、片恋、岡惚れ、横恋慕、この二十四の唇から生まれる愛の言葉とキスと愛撫――彼女は受け取ってくれるかしら?」
 




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