3.シムラ・エトワス〜小指狩りプロミス〜

第三回・前編――『訪問者』


 横断歩道から通りゃんせのメロディが流れ出し人波が一斉に動き出す。
 それに混ざり、買い物袋を手にした死村十五も歩き出した。
 十五が歩く度にスメラギチェーンと印字された買い物袋が揺れる。買い物を頼んだのは姉の三六であり、十五をお買い物エキスパートとして育てあげたのも三六だ。賞味期限はもちろんのこと、成分、生産地、値段などを的確にチェック。さらにはクーポンの回収、袋詰めなど高度なお買い物テクニックを持っている。そんな十五はまだ小学生六年生であり、傍から見れば重そうな買い物袋を下げている姿は微笑ましかった。
 だがこの程度は十五にとって重い物の内に入らない。死村の中では非力な方だが、この歳で既に林檎を握り潰せるぐらいの握力と腕力は持っている。生意気盛りの少年に見える姿からは想像できない。この愛くるしい少年が既に二桁も人間を殺しているなどと誰が考えるだろうか。
 死村がどういう物か知らない表の人間からしてみれば、学校にもごくごく普通に通っているし、おかしいところはないただの少年にしか見えない。十五はすれた考え方や突飛な思考をするわけでもなく、漫画やサッカーが好きな普通の小学生であり、ちゃんと将来の目標だってある。
 そう、十五と同年代の子供達が将来の夢を聞かれれば、『プロサッカー選手』や『プロ野球選手』と答えるように十五にだって夢がある。
 十五の憧れる目標、それは――プロの殺し屋だ。
 しかも兄たちのような超一流と呼ばれる暗殺者に憧れを抱いている。いつかプロのトッププレイヤーとなり大手組織と契約。バンバンバンバンと人を殺し死村を暗殺一家史上最大のビックバンドにし――そしていつか伝説に残るような二つ名で呼ばれること。それがこの少年の大きな夢だった。
 十五は知っている、夢は努力さえすれば必ず叶うと。それはテレビでも小学校でもそう教えているし、担任の先生などはクラスメイト達の前で『先生は君達、生徒の夢を応援し続ける』とまで言ってくれてる。きっと頼めば、ナイフの試し切りぐらいはさせてくれるだろう。本当に素晴らしい先生だと十五は思う。死村十五、十二歳、少年らしい純粋さとクレバーさがマーブルされた複雑な年頃だった。自分を知り出す頃であり、夢を見続ける頃でもある。
 夢を見ながらも冷静に、将来、兄のような立派な暗殺者になるのなら、コンクリートぐらいは指先で潰せるようにならなければならないと十五は考える。それが出来るようになるまではまだまだ修行も経験も足りないことを自覚していた。十五はまだ人を殺す経験が少ない。それが最近の悩みだったりする。しかも妹の三三花は十五よりも実戦経験が多く、既に単独で暗殺なども行っている。それは頑張り屋で負けず嫌いな十五にとってかなり悔しいことだった。
 買い物袋を握り締め、十五は少し歩くペースを上げる。途中で貰ったお駄賃でアイスを買おうと思ったが早く帰ることにした。
 早く帰って三六の仕事に連れて行ってもらいたいからだ。三六の狙撃は見ているだけで経験になる。やはりプロはどんな状況にも対応できるべきだと十五は思う。今はナイフを使っているがそのうち、三六のように銃を使ってみたい。そう考えるとどうしても実践の経験が必要だった。
 ――『やはり担任の先生には練習に協力してもらおうか、ナイフ、銃、体術、どれがいいだろう。どこをどうすれば的確に担任を殺せるだろうな』などと、考えながら歩いていると死村家のマンションが見えてくる。
 死村には歴史と伝統がある、と言ってもそれほど古いマンションでもない。伝統と歴史はそのマンションに一族全員が暮らしていることだ。
 一族で一つのビルに住む――十五は小学生になるまでそれが普通だと信じていた。どこの家でもきっとそうなのだ、と。
 まだ幼い十五が三六にその理由を聞くとこう答えた。
 『十五君。死村は皆、寂しがり屋さんなんですよ。家族が大事だし、ず〜と一緒にいたいからなんですよ』と。
 十五にはなんとなくだが、その言葉の意味が理解できる。口や表情には出さないが十五も寂しがり屋だからだ。
「ん?」
 十五はマンションの前でピタリと立ち止まり、ジャンパーの中に左手を入れる。そして中のナイフを握り締めた。十五の尊敬するナイフ使い九六三が作ってくれたカランビットナイフだ。カランビットナイフはサムホールとハンドル裏のクリップで素早い取り出しとオープンが可能になっている。その使い勝手の良さが十五は好きだった。そして、何より暗殺に向いている。本当は能力が使えたら便利だが、十五の能力は実践ではあまり使えない。制御が十五にはできないからだ。
 ナイフを握り、アパートの前をキョロキョロと窺う怪しい姿に十五はゆっくりと近づく。
 背丈は十五より少し大きいぐらい。帽子とコートを纏い、後姿からでは男性か女性かわからない。
 シューズは安全靴――しかけるなら鉄芯が入った先端で脛や下腹部、脇腹を蹴れば大概は一撃で無力化できる。
 とりあえず、怪しい動きを見せた瞬間にまず一発叩き込めばいい。
 足音を立てず、十五が接近する――ふいにその怪しい人物は振り返った。
 驚きと共に十五が止まる。
 十五は気配を読まれたことぐらいで動揺しない。
 ましてや相手が振り返ろうと一撃決めるだけの覚悟はある。
 だが、それは十五の予想の斜め上を行っていた。
 思わず情けない声を漏らしそうになり、十五は口元を押さえる。
「おや、死村さん家のお坊ちゃんで?もしや十五君では?」
 しわがれた声でその人物は十五に語りかけて来た。声が出ない十五はコクリと頷く。
 男かどうかは顔を見ただけではやはり分からなかった。多分、声からして男だと十五は判断する。
 緑色のぬめっとした皮膚とギョロッとした眼球。よくよく見れば、指の先は丸くて爪が無いかわりに、指と指の間には水かきがついていた。
 フロッグと呼ばれるD(ダムド)の種族だ。
「ほほー、一三さんにそっくりですなぁ。いやぁ可愛らしいお坊ちゃんだ。お目元はお母様に似ていらっしゃりますな」
 十五はただぼんやりと目の前の蛙男を見つめていた。
 蛙男は十五の視線に気づき頭を下げる。
「ああ、すいません。人間の姿をするのがどうも不得意で。隠れようとしていたのですが」
 どうやらマンションの前のあの怪しい動きは隠れているつもりだったらしい。隣の町内区長に見つかったら間違いなく回覧板が回ってこなくなる。ただでさえ、怪しまれていると言うのに。
「ええと、おじさんは……」
 戸惑いながら十五が尋ねると蛙男は口の両端を上げ微笑んだような顔をした。
「以前、死村さんにお世話になった建築士の大沢です。今日は一三さんに仕事の話がありまして足を運ばせて頂きました」
 仕事――暗殺だ。ピンと十五の中で線がつながる。今朝連絡があったのはこの蛙男からだ。
 しかし、普段は仲介を雇い依頼を受けるようにしているはずだが――。
 僅かに警戒しながら十五は尋ねる。
「おじさんが兄貴に仕事依頼した人?」
 コクリと顎を動かし大沢は頷く。
 おじさんと言うのも妙な感じだった。年齢がどれぐらいなのか分からないのだから。
 おたまじゃくしの尻尾が無いと言うことは成人と考えていいのだろうか。
「おじさんも裏事師?ええと中に入る?」
 十五が確認すると蛙男の大沢がもう一度頷く。
 その温厚な態度は暗殺を依頼するような態度には見えなかった。蛙同士の抗争でもあったのだろうか。外来種との生存競争だろうか。大小を問わずコミューンにはルールがあることは十五も知っている。そのルールはその世界で生きる者にしか分かり得ない。
 靴男やマンドラゴラになら十五もあったことはあるが蛙男と会うのは初めてで分からない。
 世界の広さを感じながら十五は玄関ホールに入り部屋番号と呼び出しボタンを押す。
「ただいま」
 スピーカーフォンから返事が返り、その直後、厳重に閉じていたガラスの扉が横に開く。オートロックの自動警備システムだ。
 十五がアパートの中に案内すると、蛙男はふと十五に尋ねた。
「君は蛙のお尻に爆竹を入れて爆破したことはありますか?」
 十五が首を横に振ると、蛙男の大沢はひんやりとした手で十五の頭をなでた。
 心地悪い気はしないのはこの蛙男が持った穏やかさのせいだろうか。それに香水のいい匂いがする。十五の嫌いなキツイ匂いではなく十四の使っているようなソフトな香りだ。
「一三さんに似ていい子ですね。それにとても優しい……」
 十五とエレベーターの中に入りながら蛙男は深く溜息をついた。
「童心とは恐ろしいもので……あれは実に残虐な行いなのです。蛙の権利を無視した非道な殺戮です。私はいつか世界中の子供が蛙のお尻に爆竹を入れないようにしたいのです」
 人間である十五にはその行為の残虐性は上手く伝わらないが、この蛙男の大沢が立派な蛙人間であることは分かった。
 部屋の前に着くと二人はドアを開け中に入る。蛙男は実に紳士的な物腰で靴を脱ぎ、『お邪魔させて頂きます』と言った。
「ただいま三六姉ちゃん」
「あ、十五君、お買い物は……」
 廊下の床を掃除していた三六が顔を上げ、額を袖で拭った瞬間固まった。笑顔のまま固まった。呼吸が止まったように固まった。
「貴方はもしや三六さんでは?」
 蛙男は一人うんうんと頷く。その表情はどこか懐かしげであり、何十年ぶりかに甥っ子とでも会ったような感じだった。
「赤ん坊だった貴方を覚えてますよ。立派になりましたね。また今度ゆっくりお話しましょう」
 蛙男はそっと三六の頭をなでると十五に案内されるままリビングに向かう。十五は蛙男を案内しながら無神経で軽率だったと後悔した。以前、三六がゴキブリ相手にベレッタを乱射したことがあるのを思い出したからだ。それはそれはひどい状況だった。十五が死村家の者でなければ軽いトラウマができるか、三六を見る度にガクガクブルブル震えるようになってもおかしくないほどだった。本当に三六が銃を持ってなくて良かった。ゆっくりお話どころか数秒で蜂の巣だったろう。
「兄貴、ただいま」
 十五がリビングに入ると、ソファーに寝転び新聞紙を広げていた一三がその姿に気づく。
 その姿は――とても格好悪い。Yシャツはダルダル、表情にも締りはなくまるで中年サラリーマンの日曜みたいな感じだった。
「おう、十五、買い物ご苦労さん。汗かいたか、汗かいたなら兄ちゃんと風呂に……」
 一三が十五に向かって微笑むのをサラリと無視する。
「兄貴、お客さんだよ」
 十五の後ろを着いてきた大沢がリビングに入ってくる。ペコリと大沢が体全体を動かし頭を下げると、一三もソファーに座り直す。
「いやぁ、どうもです。一三さん」
「ああ、大沢さん」
いつも通りに一三が『たはは』と笑う。
「兄貴、兄貴」
 十五が一三の耳元で囁いた。
「ん?」
「オレも話聞いてていい?口挟まないからさ。ね、お願いだよ、兄貴」
 一三は少し考えた後頷いた。
 十五がプロを目指していると知っている一三は、出来る限り経験を積ませる為、色々な場面に十五を連れて行く。もしかしたら単純に十五と一緒にいたいだけかもしれないが。
 十五はキッチンに買い物を置いてから一三の隣に座った。なんだかんだで兄の隣が一番落ち着く場所だったりする。勿論、それを一三に言ったことはない。一三は『どうせ座るなら俺の膝の上に……』呟いていたがやはりスルーした。
「ここに来るのは、このマンションの改築の時以来ですなぁ……」
 大沢は室内を見回すと懐かしそうに『ウンウン』と頷く。
「そっか。もうそんなになるんだな……」
「一三さんとはこないだ会ったばかりですからね」
「オタマジャクシだった弘君は元気かい?」
「ええ、今はもうしっぽも取れて大分ヒキガエルらしくなってきました」
「そうか。あの博君がか……早いもンだ」
 しみじみと二人は頷く。二人は限りなくストレンジな会話を真顔で続ける。その会話がまるで普段からする世間話のような感じだった。
「赤ん坊だった三六さんや十五君が大きくなってて驚きましたよ。一三さんにそっくりですね」
「たはは。兄弟だからな」
 そう言われ十五は嫌そうだったが、一三はどことなく嬉しそうだった。
「お、そうだ。水分は大丈夫かい、大沢さン」
 大沢は数回瞬きすると頷く。
「あ、申し訳ありません。目も身体も少し乾きだしましたのでお水を少し……」
 十五がキッチンからミネラルウォーターを持ってくると、大沢は器用にそれを開けた。
 そして、その大きな口で実に美味そうに水を飲む。
「しかし、大沢さんが個人的に相談したいことがあるってのは珍しいな」
「ええ……」
 ペットボトルを握ったまま僅かに大沢が言い淀んだ。視線を落とし、その瞳に悲しみの色をよぎらせる。それは、『言葉につまる』そういう表情だった。
「何かあったのか?」
 少しの間の後、低く小さな声で大沢が答えた。
「子守が……死にました」
 大沢はそれだけ口にした。搾り出した短い言葉が部屋の中に消えていく。
 それを聞いて一三は一瞬だけ瞳を閉じる。
「ヤドクガエルの子守の旦那か……」
「ええ……」
 そう答えると大沢は一気にペットボトルの中身を飲み干した。
 水がチャポンと揺れる音がひどく寂しく響く中、それを眺めていた一三がポツリと呟く。
「まさか子守の旦那がな……いい蛙だった」
「ええ。我々フロッグの中でも腕利きのいい蛙でした。失うには惜しい蛙がまた一人去ってしまいました……」
「ああ……」
 寂寞とした瞳で二人は微笑む。二人に漂う言い知れぬ感情は十五にも分かった。寂しいという言葉では陳腐すぎる、悲しいという言葉では表現できない、何とも言えない乾いた空気だった。
 大人になると泣きたい時に泣けないと聞いたことがある。きっと今がその時なのだろうと十五は思う。
「一体どうして旦那ほどのフロッグが?」
 その言葉に大沢は小さく頷いた。
「はい。政府登録を受けていても子守が人間社会に馴染めていないことは私達も知っていました。博打での幾らかの借金があることも……」
Dには二種類ある、政府の登録を受け人間社会に溶け込んでいる者と、グレイヴのよなハンターから追われ続ける者とに。子守のように政府登録を受けていれば職業や生活などでのサポートを受けることができる。それでも人間社会に溶け込めない我の強いDがドロップアウトするのはよくあることだ。
「博打……裏賭博か。中国系かい?」
「はい……。調べた情報ではある組織と子守は接触があったようです」
「なら、そいつぁ、ちっとばかし面倒だな」
 ゾクリ――。
 一瞬だけ十五の背筋を冷たい何かが通り抜ける。
 抜き身の刀を押し付けられるような、トラックが鼻先をかすめた時のような、何とも言えない鋭利な感覚だった。十五が横目に見ると、一三の表情には僅かな鋭さが宿っていた。家族には向けないプロの裏事師としての顔だ。
「こっちの国で好き放題やってやがるってこたぁ……九頭龍門か」
「はい。考えたくないことですが。連中がこの事件の糸を引いてる可能性があります。それがどういう意味を持つか私も分かっているのです。分かっているからこそ一三さんに仕事をお願いしたいのです」
 珍しく一三が渋い顔で舌打ちした。ひどくその『九頭龍門』に関わるのが嫌そうでもあった。
「面倒な話だな。いつまで経っても昔馬鹿やったツケは払えらンねぇ」
そう呟きながら、一三は溜息と共に髪をかく。
「どうかもう一度考えて頂けませんか。奴等が国でも手出しできない組織だということは私も分かっています。ですが、子守とその家族の為にも仇を討つ為に力を貸してくださるだけでもいいのです」
 世界には様々な組織がある――以前、十五は三六からそう教えられた。そして、国では手が出せない大きな力があることも教えられている。立った一人の力と悪意が世界のバランスを崩してしまうことを。
 十五にはピンとこないことだが、つまりは非国家集団でさえ世界秩序に打撃を与えうるということだ。それはあの九・一一テロ事件のように。地下鉄に毒ガスを巻いたあの事件のように。そういう存在に対しこの国はまだ危機管理概念の再構築が行われていない。そういう力を知りながら、対応を考えるのが遅すぎた。いつの間にか国家でさせ手出しすることができない大きな力を誕生させてしまった。そういう存在が深く政治に関わり、国を動かすような状況を作ってしまった。十五はそれを『SF映画に出てくる政府を動かす巨大黒幕組織』と捕らえているがあながち間違いではない。まったくもってその通りなのだ。それが今回の事件に関わっていることは十五でも分かった。
「一三さん。小指狩りの事件は御存知ですか?」
 ふいに大沢はそんなことを尋ねた。
 それは九六三が現在請け負ってる捜査依頼だ。
「ああ、妹がちょうど調べてるところだが……まさかよ」
 おいおいと呟いた後、一三が口元を覆った。
「そいつはちっとしゃれにならンぜ?」
 一瞬の間の後に大沢が言葉を発する。
「子守の死体も両方の小指が欠けていました。正確には我々の小指に当たる部分ですが……」
 その言葉を聞いた瞬間、十五は表情に緊張感を持ったまま一三を見つめる。
 裏賭博と小指狩りの関係――。
 それがどういう意味かは十五にも良く分かった。九六三が巻き込まれている可能性があることも。
ふいに十五の胸が強く脈打ち、体の中の血が熱くなっていく。十五はそっと、その小さな掌を握り締めた。
「私は子守は裏賭博に手を出し、小指狩りに殺された可能性が高いと考えています。裏賭博で負けて払いができなかったか、あるいは子守自身が賭けの対象にされたのかは定かではありませんが……」
「子守の旦那を殺すほどの奴か。こういう時に限って心当たりがありやがる……ひょっとするだが、旦那には火傷の痕が残ってたンじゃないかい?」
 コクリと大沢が頷くと、一三が舌打ちした。
「炎の李……野郎が一枚噛んでやがンのか」
 一三が考え込みながら呟くと、ふいに一三の袖を十五がギュッと握った。
「十五?」
「兄貴!!」
 先ほどまで黙っていた十五が声を発する。
「兄貴、オレも行くよ。九六三姉ちゃんが危ないんだろ?オレ嫌なんだ。家族が傷つくのとか……」
「十五……」
「お願い、兄貴。オレなんとなく分かるんだ。どんな組織でも絶対に兄貴は引かないって。だからオレだって……」
「お前はダメだ」
普段は見せない厳しい表情で一三は告げる。だが十五は引かない。
「他の兄貴達だってそうだろ?家族の為にいつも命かけてきたよね。ずっと俺は兄貴たちの背中を見てきたから知ってるんだ」
「十五、無謀と勇気は履き違えるな。お前が思ってるような甘い連中じゃねぇ。自分の目的の為なら街一つ消すような、自分の為ならこの世の全てを犠牲にすることも何とも思っちゃいねぇような連中だ。裏賭博にからんでるのは末端だろうが、当然のこと能力者を数人持ってやがる……俺の知る限りではな」
「裏賭博って……」
「人間と人間を戦わせてどっちが遊ぶ賭博さ。ゲームはポイント制。組織側の駒が賭けた野郎の命令通りに殺すっていう内容だ」
自然と十五の喉が鳴った。そんな者に九六三が関わっているというのが焦燥感を募らせる。
「酷い……!!」

「でもさ……!!末端組織なら……!!」
「末端にも一人ばかしやべぇ野郎がいやがるのさ。俺の考えでは絶対にそいつが今回の事件に絡んでやがる。こいつの強さはお前じゃどうにもならねぇ。自分の命を蝋燭みてぇに燃やしながら戦ってるような野郎だがな、そいつぁな、十五、半端な覚悟で戦える相手じゃねぇンだ。イカレタ遊戯盤の上で自分の体焦がしてるだけじゃねぇ、魂と信念ってもンを抱えてやがるのさ。強いぜ、間違いなくよ」
 一三が家族の敵のことをそこまで言うのは珍しく、敵意だけではない全く別の感情があった。
「分かってるよ!!オレが弱いなんてこと!!兄貴がそこまで言う相手が強いって!!でも助けたいんだ。どんな相手でも!!」
 九六三を大事な家族だと思ってるのは十五も同じだ。
 最初は十五も突然できた姉に戸惑った。それは九六三だって同じだろう。どうしてもぎこちないまま時が経った。だがそれは無駄ではない。一緒に暮らす内に芽生える感情や分かることがたくさんあった。十五は九六三と二人で買い物袋を持ってマンションまで帰ったことを覚えている。あの時触れた九六三の手は傷だらけの手だった。十五の何十倍も修羅場を潜り抜けて来た者の手だ。だけど暖かかった。三六や一三のように。十五にはこの優しい手の持ち主が家族であることが誇らしかった。
 だからこそ、十五は怖い。
 何よりも九六三を、家族を失うことが怖い。だから守る為に傷つくことは全く怖くなかった。戦うことよりも大切な物を失う方が何百倍も怖いからだ。
 「だから、オレも、オレだって死村だから家族を守りたいんだよ。絶対足を引っ張らないよ。だから……だから……」
 一三は十五を見つめて小さく溜息をつく。
 そして、涙目で必死に懇願する十五の唇に、ソッと一三の人差し指が触れる。
 もう何も言うな――安心しろ。
 その仕草にはそういうメッセージが込められていた。
「兄貴……」
「十五」
 一三は口元にフッと笑みを浮べ十五の頭をワシワシとなでた。
 固くて大きくて暖かい手だった。それは十五が憧れる家族を守ってきた男の手だ。
「たはは。やっぱ俺の弟だな」
 そう言いながら心底嬉しそうに一三は笑う。それはまるで子供の成長に気づいた父親のような表情だった。
「そうだな。どンな相手だろうが知ったこっちゃねぇよなぁ」
 十五は知っていた。相手がどんなに巨大な組織だろうと一三は、死村は引かない。
幾千、幾万の屍骸を作ることも躊躇わない。それが大切な者を家族を守るためならば――。
 十五に微笑みながら、一三は立ち上がり壁に掛けられていたコートを羽織る。
「大沢さん、今回の料金は半分でいいぜ」
「え?」
「俺たちは正義の味方じゃねぇからただで仕事を請け負うなンて真似はしねぇけどよ――」
 大沢はきょとんとしたまま声を出す。
 一三はいつもの余裕の表情の中に、触れた物全てを切裂く鋭さを宿らせ宣言する。
「残りは奴等に払ってもらうさ」
「一三さん……」
バッと大沢が頭を下げると一三はニッと笑った。
「行くぜ、十五。兄ちゃんの側から離れンなよ?」
「うん!!」


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