第一回
『夜花』




 育つ――。
 冷たいアスファルトを突き破り、蒼く怪しく輝く満月に向かって――。
 華やかなネオンライトも届かぬビルとビルに挟まれた路地裏で――。
 舌先を絡めうなじをなめとるかのごとく蔓を伸ばす。
 それは、をは、幹を、葉を、全て使い生命体としての存在を、己の全てを主張する。彼岸の花に似た紫の花弁がビル風に揺れる。
 ふわりと舞った禍々しい花びらは、ふわりと、幹を割って突き出したそれに触れた。
 男がいた――。
 月明かりを浴びた口元には満足そうな笑みを浮かべ、幹の間から現れたそれにそっと触れる、柔らかな肉の感触と冷たさを感じながら。
『助けて』と消え入りそうな声で幹の間から生えた少女が囁いた。
『ダメだよ』ゆっくりとした口調で男はそう囁き返す。
「僕はね、この世界を花でいっぱいにしたいんだ」
 その邪悪さの中にはまるで子供が夢を語るような純粋さがあった。自分の行いが素晴らしいと確信する自信に満ちている。
「ここにいたのか」
 男がゆっくりと振り返れば、そこにはもう一人月明かりを浴びたシルエットが立っていた。
「コドーか。どうだい、僕の花は綺麗だろう?」
「花のことは分からないな。どれも同じに見える」
「同じじゃないさ。一つ一つ違う色を持って生きているんだよ」
「生きていることは分かるがね。イギリスの王立科学館のバーンズ博士がそれを数十年ほど前に学会で発表しているだろう。生きているかもしれないがどれもこれも同じに見えるだけだ」
 男は花びらを指先で愛でながら笑う。
「コドーにもいつか分かるさ。世界にたった一つだけの花が存在することを」
 少しの間の後、コドーと呼ばれたシルエットは答える。
「それを手に入れるんだろう?」
「ああ。そうだとも。コド−」
「任せておけよ。丁度、オレの獲物も一緒にいるみたいだしな。それがアンタのスレイブになった俺の役目、そうだろう?」
 コドーはククッと笑う声を漏らす。愉快そうに、それでいて悪意に満ちた声だった。乾いた笑い声を押し殺しながら男に向かい掌を見せ付ける。赤い薔薇に似た紋章は契約痕(リ・バースディサイン)と呼ばれる契約と隷属の証。コドーがこの男の奴隷である証明だった。
「その理想の為に契約の危険を冒してまでアンタはオレを選んだ」
 ダムドとスレイヴの契約にはリスクが伴う。二人には理想があり、求める力があった。それが二人を結びつけていた。
「さぁ、始めようぜ。或不の続きは俺たちだ」
 コクリと男は頷いた時、吹きつけた強い風が花びらを散らしアスファルトに舞い落ちていった。



  第一回ノ二 
『ピヨコ』



  華宴櫓ピヨコ(かえんやぐらぴよこ)――十八歳。所属は藍空市新第七班。
 好きな服は簡素なボダーカットソーとダメージジーンズ。
 ロングのウルフヘアー、頬には十字傷。ワイルド、ワイルド、ワイルド。
 使っているミュージックプレーヤーは、アクセサリー感覚で付けられるコンパクトでファッショナブルなアイリバー。ソニー製。ピヨコのお気に入り。
 聞いている曲は『ドランカー・グッド・パパ』。
 ピヨコはその3トラック目『stance&where』が特に好きで、先ほどから何度もリピートさせたまま夜道を歩き続けていた。
 纏わり突くような濃霧の闇の中を。蒼い蒼い月の夜を。
「しっかし、物騒になったもんだねぇ」
 そんなことを呟きながらピヨコは闇のシェードに覆われた藍空市の街並みを見渡す。それほど都会的でもなく田舎でもない本当の地方都市。
 それほどビルが林立しているわけでもなく、繁華街が夜の雰囲気をかもし出しているわけでもなく本当にどこにでもある地方都市であり、以前ならこれぐらいの時間に塾帰りの子供やカップルが大勢いたが、それが今や静かなものだった。時折、脇を通り過ぎる赤灯だけが忙しそうだった。
 外灯の明かり、時折走る車のライト、点滅を繰り返すネオンの寂しい輝きは蛾を引き寄せるだけの虚ろな光だ。
 この寂れ具合が事件のせいということはピヨコでも分かる。
 市内で頻繁に起こる猟奇事件のせいで、最近は夜道を歩く人影も減ってしまった。
 と、言っても異常で陰惨な気分が暗澹として鬱屈してくるような――反吐が出る嫌悪感とへばりつくような残虐性を秘めた事件は世界中で起きている。
 それは、明らかに今の世の中がおかしいと思うほどにそこらかしこで。
 毎日、毎日、そんなことばかりで、ワイドショーは相変わらず、コメンテーターは適当にただ騒ぎ立てる。
 その為、いつのまにやらほとんどの人がそんなことに慣れてしまっていた。異常でいかれたピーキーな犯罪者も、サイコでマッドな事件も日常の一部として受け入れ、夜道には気をつけようぐらいの気分で日々を過ごしている。
 『テレビと言うのは人類の作り出した最大の毒だね』とピヨコは思うが、事件現場に向かっている自分も、『ワイドシショーを真に受け事件現場を見学に行くテレビ信者』と変わらないような気もした。
 別に事件に興味はない。決してピヨコが行く必要はない。行く必要はないのだけど――。ピヨコの友人がそこにいるはずだから仕方がない。
 現在市内で騒がれている事件は三つ。
 コンビニ店員焼死殺人事件――。
 連続猟奇殺人事件――。
 連続小動物殺害事件――。
 ピヨコが向かっているのは藍空市内にあるエリート学校『湯澤大学付属中等部』の飼育小屋であり、調べに行くのは連続小動物殺害事件。
 そこにピヨコの友人がいるはずだった。
 その友人はピヨコの住んでいるアパートの隣部屋に住んでいる。
 地域コミューンの自治組織に所属していたが、現在は探偵事務所でバイトしている。そして、今回請け負ったの小動物連続殺傷事件らしい。
 『警察に頼れよ』といつも思うがそういうわけにもいかないらしい。難儀なことだ。だが難儀な性格やそういう事態に巻き込まれるのは子供の頃から変わってない。
 ピヨコとその友人とは『同じ施設で製造された頃からの付き合い』であり、何度も危機を助けらたり、生活費や食費で助けてもらったこともあり、そういう案外深い仲だったりする。
 深い仲だが誤解されたくないこともある。
 決して好きとか――。
 守ってあげたいとか――。
 あいつの側が自分の居場所とか――。
 迷子の子供のような瞳がほっとけないとか――。
 そういうことではなく腐れ縁で様子を見に行くだけ――。
 と、ピヨコは自分に言い聞かせ、自分で納得する。
 本来、地域の為に何かしようという意志が全くないピヨコがそこに行く必要はない。必要はないのだが――やっぱりそこに友人がいるので仕方ない。
 『湯澤大学付属中等部』の校舎前に辿り着くとピヨコは正門の前に立つ。
 立派な看板が付けられた鉄筋で作られた門には防犯対策の為かがっちりと鍵がつけられている。高さは五メートルぐらいだろうか。飛び越えられないことはない。
 だが――。
「しゃらくせぇな」
 くしゃりと面倒そうに髪をかきあげてピヨコは歩き出す。真直ぐ。門なんて関係ない。
 天上天下唯我独尊。
 道があるのではない。ピヨコが歩く先に道ができる。
 ピヨコが通った頑丈で堅牢そうな門はバターのように、水あめのように、粘土細工のように、とろけていた。最初からそこにはなかったかのようでもある。
 ピヨコは堂々とグラウンドを横切り校内を徘徊しだす。
 その行動には、誰かに見つかってもどうにでもなるという自信がある。それは決して根拠のない自信ではなく能力に裏づけされたものだ。
 そのせいか、動揺や不安は全くない。
 夜の学校の静けさを肌で感じながらも、『何で夜の学校ってこんなに楽しいかな』と学生気分で暢気なことを考えていた。
 施設で製造されていなければこんな風に学校に通っていたかもしれないとさえ思う。それは考えても仕方のないことであり、少し悲しくなったので考えるのはやめた。
 そうして、しばらく適当に歩き回っていると飼育小屋を見つけた。
「ありゃ?」
 と、ピヨコはそんな声をあげる。
 夜に仕事することの多いピヨコは闇の中でも視力が落ちることがない。施設でそういう訓練も受けている。
 しかし視力等関係なく、そこに転がっている者を見間違えることはなかった。



第一回ノ三
『居場所』



 倒れている者に近づきながらピヨコは迷う。どういう風に話しかければいいだろうかと。
 ナチュラル?
 それとも可愛らしく?
 そこまで考えてボッと頬が赤くなる。赤くなったまま火柱になり辺り一面灰にしてしまいそうだ。
 迷った挙句、ピヨコはいつも通り強気で接することにした。
「おいおいおいおいおい。どこの可愛いお嬢ちゃんが寝転んでるかと思ったぜ」
 そこまで言ってピヨコはゴホンと咳き込むフリをする。
「あ、別にお前のことが心配で来たってわけじゃないからな。たまたま暇だったから来ただけからな」
 自分で数回『ウンウン』と頷いた後、
 闇の中で倒れている少女の側に座り込む。
「ピヨコ」
 倒れていた少女は何事もなかったかのように呟く。
 一見するとその華奢でスレンダーな体型と、眼鏡をかけた知的で端正な顔つきは少女のように見える。だがそうではない――。
「何してんだよ、男のくせに情けねぇな。大丈夫なのかよ?」
「問題はないよ」
 少女のような高い声で少年は答える。ただその声には起伏や抑揚が全くなかった。まるで感情が一切ないかのように。
 それを知りながらもピヨコは言葉を続ける。
「でも、少し動くのがきついかもしれないね」
「コミューンの依頼で事件のこと調べてたんだろ?どうしたんだよ?」
「うん、藍空市ダムドコミューンからの依頼だよ。後ろから刺されたみたいだね。骨膜を破って緻密骨まで刃物が達してるのかな。あ、腹直筋まで達してるね」
 全くの無表情だった。
 まるで他人事のように少年はそんなことを呟く。
 地面は少年の背から流れた血で池が出来上がっているというのに慌てることがない。しかし、慌てないのはピヨコも同じだった。
 慌てないどころか抜け目なく周囲を観察している。こういう状況ではそういう行動をするように二人とも教育されているからだ。
 ふと、ピヨコの視線が飼育小屋の中を見つめる。
 現場はピヨコが思ったよりも無残で醜悪なミートソースパーティだった。
 飼育小屋の中はグチャグチャの肉片塗れになり、何かの動物の屍骸が転がっている。何かと言うのはそれの元が何なのか見当もつかないからだ。まるでスレッジハンマーで叩き潰してマッシュポテトにするような感じだ。
 闇のキャンバスに叩きつけて塗りつけるようなおぞましい暗黒の美学さえ感じさせる。
「怖。ここまでするのはよっぽどストレス溜まってるか、自分の居場所がない人間だろうなぁ。やっぱしこれは小動物殺害事件の犯人か?」
「多分ね。違ったら連続猟奇殺人事件の方かコンビニ店員焼死事件の方じゃないかな。別にどっちでもいいけど」
 どっちでも良くはない。これが連続猟奇殺人の方だったら話がまた変わってくる。
 何の為に兎を殺すのか考えなければならないし、何が目的かも分からない。
 と、そこまで考えてそれはこの少年にとって全くどうでもいいことだったことを思い出す。この少年にとって誰が死のうと関係ない、心は絶対に動かない――そういうコンセプトで高瀬卓士は製作されている。
「コンビニ店員の方は違うから連続猟奇殺人事件の方だな……」
 呟きながらピヨコが考え込むと卓士の口から血が溢れてきた。思ったより卓士のダメージが大きいようだった。
「大丈夫かよ、お前らしくないな」
「反撃はしたんだけどね」
「したのかよ」
「ああ。別に僕が刺されただけだから問題はないと判断して止めは刺さなかったよ。冬が狙われてるならとりあえず殺す必要はあっただろうけどね」
「お前なぁ。『ダムド』の『スレイヴ』だからって不死身じゃねぇんだろ」
 ダムドと呼ばれる亜人種と契約しスレイヴになった者は、マスターとなったダムドとほぼ同等の再生能力を得るだが死ぬときは死ぬ。不死身ではない。
 ピヨコの白い手がぺちぺちと卓士の頬を叩く。ピヨコなりに心配はしているのだがそれをうまく表現することができない。もっと器用な生き方ができるならと時々思う。
「とりあえず起きれるか?その……」
 ピヨコはそっぽを向き、少しためらいながら膝の上をポンと叩く。
「頭、乗せたければ乗せろよ。その方が楽だろ?」
「ありがとう」
 コクリと卓士は頷き、頭をピヨコの膝の上に乗せる。
「あ、ああ――」
 ピヨコはただひたすら鼓動を隠すように自分の胸元を押さえていた。心が落ち着いているのにドキドキし続けるのが不思議に思えた。
「お前、まだ出血が止まりそうにないな」
 卓士の前髪をそっとなでながら、ピヨコは腹部の赤黒い傷口を見つめた。よほど強力な一撃だったのだろう。背から腹まで達している。それと言うのに卓士は平淡そのものだった。
「そうだね。傷口の縫合しないと」
 卓士がそう言うとピヨコはニッと笑った。
「私がしてやるよ、たっちゃん。今日は仕事の後でテンション高いからな」
「ああ、殺してきたんだ」
 たっちゃんこと、高瀬卓士はごくごく自然にそんなことを口にする。するとピヨコは得意そうに薄い胸を張った。
「おうよ。ばっちり仕事をこなしてきたぜ」
「そうなんだ。藍空市の方の仕事?」
「うんにゃ。ライフワーク」
 ピヨコの請け負った仕事は暗殺。
 殺害したのは会社員、鈴木四郎。飲酒運転の常習者であり免許停止と運転再開を数回繰り返した後、仲間と車に乗った際に小学生の少年をひき殺した。罪状は業務上過失致死。刑務所に行かず執行猶予で済んだ。法的には。それですまないのがピヨコや卓士達の住んでいる世界だ。
 目には目を、歯には歯を――。
 自分達の平穏は自分達で守り、仲間の敵は必ず討つ――それがD(ダムド)という種族だ。運の悪いことに男達が事故死させたのはダムドの子供だった。
 少年の両親から依頼が回ってきたのが殺し屋である華宴櫓ピヨコだ。
 子供をひき殺した仲間のコンビニ店員、殺害し残りは二人。今のところ依頼どおり順調に一人ずつ殺している。
「と――その前にだ」
 ヒュウン――という空を切る音が闇の中で響く。
 両手を広げるようにポージングしたピヨコの掌が、蝋燭に火を灯すように輝きを宿す。濃霧すら切裂くような強い輝き。
 それは真っ赤になるまで熱した鉄のような赤い輝きであり、闇を照らすその煌きは紅蓮の焔ようでもある。
「『震化』しかけてやがったか」
「みたいだね」
 目の前の光景を見ながら少年はこともなさげに答える。
 クイックドロウで投げられた火炎の塊は、飼育小屋の中で蠢く肉片を包み込んでいた。酸素を取り込みより強い炎へと変わっていく。
「元が兎ちゃんだったと思うとちっとばかし心が痛むぜ」
 殺されて死んだ兎の屍骸だった肉片が焼かれ嫌な匂いが濃霧に混ざりだす。
 ピヨコの心が痛もうと、最早、それは兎の肉片ではない。
 ピヨコの掌から輝きが消えると同時に、肉片は塵ととなって闇の中に霧散していく。『アゼルバイジャン(灼熱の大地)』の二つ名を持つ焔使い、華宴櫓ピヨコの手によって。
 帰る場所に帰った――それだけのことだとピヨコは思う。
 それは帰る場所のないピヨコが辿り着けない領域――。
 行くことしかできないピヨコには行けぬ場所――。
 造られた存在には縁のないことだ。
 ピヨコは少し悲しくなったのでそんなことを考えるのはやめた。
 とりあえず、卓士の手当てをする為、右手を卓士に向ける。
「よし、じゃあ縫う――つーか傷口焼いて止血するぜ」
「血が止まるなら何でもいいよ」
 投げやりではなく卓士は本当にそう思っている。基本的に自分のことはどうでもいいというのが卓士だ。
「と、その前にそっぽ向いててやるから自分でシャツを脱げ」
「別にそっぽ向く必要はないよ。全裸になるわけでもないし」
「おま、見ろってことかよ!? お前の生肌を私に!?」
 別に卓士はそこまで言ってないのだが、ピヨコは過剰反応し真っ赤になってしまう。そのせいで少し卓士のシャツが焦げたが卓士は何も言わなかった。
 そんなことにもお構いなく、卓士がシャツのボタンに指をかけるとピヨコは慌ててそっぽを向く。
「いきなり脱ぐな! バカヤロウ!! 恥ずかしいだろ!! ちゃんと脱ぐって言ってから脱げよ!!」
「恥ずかしいと言っても。焼く時に見ることになると思うけど」
「目をつぶって縫うから大丈夫だ!!」
 力強く、誇らしげにピヨコはそんなことをのたまう。卓士はいつも通りの冷やかな目でそんなピヨコを見つめていた。
「全く。お前は少しは自分のことを大事にしろよな」
「冬にもよく言われるよ。でも僕はスレイヴだから」
 スレイヴだから死んでも構わない、傷ついても構わない――ピヨコは卓士が本気でそう思っていることを知っている。
「スレイヴだから、スレイヴだから、スレイヴだから――それがスレイヴの存在理由ってか」
「そうだね」
 少しだけピヨコがいらついたせいで卓士の前髪が焦げた。目的の為なら、主の為なら死すら厭わない――そんな卓士を独占している存在に嫉妬している自分に気づき溜息が漏れる。それは炎風のような熱い吐息だった。
「死に場所や自分の居場所ぐらい自分で選ぶような生き方しろよ」
 少しの間の後、卓士は頷く。
「死に場所と居場所――それはピヨコにもあるの?」
 針を手にしたピヨコの手が止まる。卓士がそういうことに興味を示したのは意外だったからだ。
「あ、あるよ。居場所っていうか、安心できる場所だな」
 少しだけ照れながらピヨコは卓士を見つめる。
 私の居場所は、安らぎを感じるのはお前の側だ――そう言いたかった。悔しいがそれは素直に認めようとピヨコは思う。
 だが、大事な思いは口に出したくない。
 口に出して卓士の気持ちを聞いた瞬間、身の内で燃えている焔が全てを燃やし尽くしてしまいそうで少し怖い。
 答えは分かってる。卓士が誰かを好きになるはずがない。そういう風に卓士は作られている。だから、その焔は卓士に向かわない。ただ行き場もなく全てを焼くだけだ。
 と、そこまで考えてピヨコは考えるのをやめた。悲しくなったから。
「ああ、でも、僕のそばが居場所って冬や終、それに総司は言ってくれたんだった」
「そ、そうか。総司って新七班に配属された佐藤総司か」
「うん。怜貴と一緒に七班で活動してるはずだけど」
 少しだけ、わざとらしくピヨコは話題を変える。卓司の友人である総司は同じく新七班に配属された霧沙希怜貴のスレイヴ候補であり、今夜中に契約執行を行い正式にスレイヴとなるはずだった。詳しい事情は知らないが、普通の人間がそこまでするということはそこに居場所を見つけたからだろうか。
「居場所か」
 ポツリとピヨコが呟く。
 自分の居場所に辿り着けないピヨコ――。
 帰る場所もなく行く場所も分からない迷子、生まれ持たなかった居場所を探し続ける迷子だ。
 卓士の治療を始めた時、ミュージックプレーヤーが『stance&where』をリピートさせていた。

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