第八回:前編『黒の王』

 二重配合、白、自動、愛創、赤霧、九個、流れ、位牌、皇帝、黄金虫、ストレンジ、螺旋、螺旋、泡、影、死村、五重、自動。
 それはただ単に黒の王が好きな言葉を並べただけの極々簡単な合言葉だった。
「ねぇ、なんなのここは」
「黒の碑」
 僕が短く答えると『手』は声を荒げた。
「そんなこと分かってるわよ」
 『手』が袋の中から僕に尋ねてくる。そう言えばこの状態でも『見る』ことが出来るのを忘れていた。
「さっきビルの壁から中に入ってたじゃない?なのになんで……」
「仕組みは僕も分からない。無名祭祀書を読めば分かるかもしれないけどね」
 僕はそう答えながら、薄暗い黒の碑の中に静寂の中に靴音を響かせる。
 『手』が驚くのも無理はない。眼前には書物の納まった無数の本棚がどこまでも、それこそ果てしないほどに続いている。とてもではないがビルの中には納まりきらない量だった。
 昔、冬と米国のワールドブックセンターに行ったことがある。1961年に設立されたワールドブックセンターは英語圏のありとあらゆる本が集められた世界最大の資料館と呼ばれているが、ここはそんなレベルではない。英語圏どころか、南米、中国と世界中の本、誰からも見向きもされないような本、それこそ世界で数冊しかないような本さえある。
「本、本、本、本、本。どれだけあるの?」
「さぁ。冬でも半年で断念したから」
「半年?どれだけ読めたのよ、それ」
「そうだね、確か……」
 冬が八歳の時だったろうか。
「冬は写読で全部頭に入るから一冊十秒として……」
「やめて。考えたくもない」
 それは少し呆れるような口調だった。冬でも半年かけて十分の一に届かなかったが、数十年ほど通いつめれば全てを読みきることができただろう。
「とにかく、ここにいるのね」
 『うん』と答えながら、僕は陳列された本棚と本棚の間を歩き続ける。僕の身長よりも高い書架にはかなり古びた本が陳列されていた。触っただけで崩れ落ちそうなほど色あせているのに埃っぽい匂いはしない。それどころか、ひんやりとした空気の中にはミントの香りが混ざっている。これは黒の王の好きな匂いだ。
「もう一度、確認するけど本当に黒の王がいるのね」
「そうだよ」
「でなんでアンタみたいなのが黒の御方を知ってんのよ。黒衣の王、虐殺王、漆黒王とも呼ばれる、あの方を」
「ああ、そうだね」
「そうだね……って。なにスカした答えぬかしてるのよ。おかしいじゃない。アンタとその主みたいな下級階級が上の上の方と接点があるなんて。王よ?あまねくダムドの中でも最上位に君臨する王の中の一人なのよ?その意味が分かってるの?」
「縁があったから」
「縁?」
 僕は頷く。
「ある人の言葉だけどね。縁があったから会ったそれだけだよ。異能と異能が引かれ合う様に、縁があれば引かれ合うものらしい」
「縁……そんなスナック感覚でほいほい会えるもんじゃないのよ?ダムドの王なのよ?」
「僕もそう考えてた」
 少しの間を置いて『手』は呟く。
「考えてたって……アンタ、なんで過去形なのよ?冗談でしょ?」
「読心できるんだったよね」
「読心って言っても遠隔視を応用した……ってそんなことじゃなくて!過去形ってことはもしかして他の頂点に君臨する方々にお会いしたことがあるってこと?」
「蒼と碧、それと紅にも会ったことはあるよ」
「ちょちょちょっと……」
 少しどもり気味に手がまくしたてる。
「それがどういう意味か分かって言ってるんでしょうね。今、嘘と言えば許してやるわよ?」
「こんな時に意味のない嘘をつく必要もないと思うけど。現にこうして黒の碑に来てるわけだしね」
「いい?人類協調派閥の碧ならまだしも紅の方と蒼の方よ?ダムドの中でも最悪と怖れられる王の中の王よ?特に紅の方にいたっては最終的にダムドも人間も見境なく、等しく、平等に、容赦も、加減も、躊躇も、逡巡もなくブッ殺そうとした王なのよ?」
「らしいね」
「らしいね、じゃないわよ。コンソメチップスみたいなあっさりさで肯定してんじゃないわよ」
「そうだね」
「だ、か、ら!!アンタは少しぐらいビビリなさいよ!!中国で2000万人!ドイツで600万人!ルワンダで80万人!この数字が何か分かる?」
「黒の王の犠牲者の数だね」
 多分、こちら側で生きてる者で知らない者は少ないと思う。
 黒の王はほんの数十年前まで人間を殺し続けてた。他の王が表舞台から姿を消したにも関わらず、黒の王は舞台を降りることはなかった。中国で2000万人、ドイツで600万人、ルワンダで80万人、それが死体となった観客の数だ。
中国では中国共産党創立メンバーの一人である男の傍らに、ドイツでは国家社会主義ドイツ労働者党党首の傍らに、ルワンダではフツ族出身の首相の傍らに。この三人の名前は歴史の教科書を開けばすぐにでも分かる。
 黒の王は常に歴史と共に、大虐殺と共に、この世界の表舞台に現れてきた。決して自分の手を汚さず、人間を利用し、殺し続けた。別に殺しが好きなわけでもなく、どちらかと言えば人間が好きだと言っていた。全ての動物の中で最も人間が好きだとも言っていた。その言葉に嘘、偽りはない。ただ黒の王は人間よりも人間の死体が好きだった。『手』には言ってないがここの地下にはコレクションが眠っている。黒の王の集めた死体だ。
「しかも蒼の王は封印されて紅の王は死んだって話じゃないの。くだらない嘘ついてるんじゃな――」
「いいや、本当だ」
 ふいに『手』の言葉が遮られる。
「その話は真実以外の何物でもない」
 そう言ったのは僕ではなく、高く透き通った少女の声だった。
「蒼の王は三年ほど前に犬杉山という町の十万人の命を奪い封印を解き甦った。生贄にされた町は地獄だった。結果内に閉じ込められ、住民同士が殺し合い、異能者同士が殺し合い、最後に残った三人の人間が再封印することで全ては終結した。だからその話は真実だ」
 その声は数メートル上の頭上からだった。『手』が悲鳴にも似たかすれた声をもらす。
「紅は死んだ。だが、自分の魂を転生させることで何千年と生き続けている。そして今もある少女の中で眠り続けて……いや、既に目覚めているのだったな。だから『たっちゃん』の言う話は全て真実なのだよ」
 本棚の上で闇夜を宿したような黒衣と長い黒髪が揺れる。服や髪と同じ漆黒の瞳は底なしの闇だった。その瞳からは殺気どころか、圧迫感も何も感じさせない。双眸と同様に、その少女には気配もなく、極々自然に、さも当たり前のように、ちょこんと本棚の上に座っている。闇が、影が、すぐ側にあるように、静かに、ただただひっそりと闇の中に溶け込んでいた。それでも『手』は震えていた。袋を通してその震えが伝わってくる。
「久しぶりだ、『たっちゃん』」
 黒の王――トイ・タ・ボ・クゥーは僅かに口元を緩ませる。
 その唇の動きと発声は合っていなかった。
 人間型の生物の唇はその母音に対応した動きになる。だが黒の王が喋る時、母音に合わせた動きになっていなかった。明らかに母音と唇の動きがずれている。
「お久しぶりです。黒の王」
「別にタメ口でいいといつも言ってるだろう。『たっちゃん』は友達なのだから」
『タ、タメ?友達?』と、妙な声で『手』が呟く。
「一応、形式的なこともあります。黒の王は僕より年上ですから」
 チェっと黒の王は小さく舌打ちした。
「『たっちゃん』に敬語で喋られると無性にむずがゆいのだよ」
 黒の王は独り言を言うように呟きながら、分厚い本を閉じる。
「それより二つほど重要なことがある」
「二つですか?」
 僕が尋ね返すと、黒の王はコクリと頷く。
「一つはここに来たということは例の物を……代価を持ってきたのかということなのだよ」
「ああ」
 僕と黒の王は『手』の入った袋を見る。その視線に『手』も気づいたらしい。
「え?ちょ、なんでこっち見るのよ?」
 一瞬の間の後、黒の王と僕は顔を見合わせる。
「問題ありません。大丈夫です」
 『手』を無視して僕は答える。
「そうか。ならば問題はあるまい」
「ね、ねぇ、代価、代価って何よ?ちょ、おま、答えろ、コラぁ!!眼鏡野郎!!」
 わめく手のことはとりあえず無視して僕は話を続ける。
「そうか。なら次の問題だ。これはかなり切実な問題だが、『たっちゃん』の足元に梯子が落ちているな。さぁ、これで何か分かったろう」
「いえ、分かりません」
「相変わらず鈍いな『たっちゃん』は。私の身長は142cm丁度だ。ちなみに体重は秘密という奴だ。さぁ、これで分かっただろう。分かったら私の為に動いてくれないか?」
「いえ」
「君は私に最後まで言わせたいのか。そうか、辱めるのか。相変わらずの天然サドだな、『たっちゃん』め。だが私はどちらかと言えばマゾだから問題ない。むしろオッケーだ。では言おうか、恥ずかしげもなく宣言しよう。『たっちゃん』、そこに転がっている梯子を拾ってくれないか?正味、降りることができなくて困っているのだよ」
「ああ、なるほど」
 さっきからわめいていた『手』が黙った。僕は『手』と違い読心は使えないが何となく考えていることは分かる気がした。
「飛べばいいんじゃないですか?確か、上位魔術でありましたよね?部下の方は?」
 僕がそう言うと、黒の王は『やれやれ』という仕草で溜息をつく。
「その梯子を手に入れるのにどれだけ苦労したと思っているのかね。苦労して手に入れたからこそ、使わなければ意味がないだろう。私は金持ちの道楽コレクションが一番許せないのだよ。硬貨を集めて並べるだけだとか、アンティークドールを並べるだけだとか、浅い。そこが浅すぎる。ただ集めるだけというのは私の美学に反する行いだ。いかに集め、どれだけ大事に長く使うか、それが真のコレクターだと思っているのだ」
 一瞬の間の後、『手』が言った。
「なぁ、なぁ、聞いていい?この人、本当に虐殺王なの?」
「僕も時々そう思う」
「フフフ、言いたいように言うがいい。『たっちゃん』の友人の中では私が一番まともなのだよ」
 僕の友人は皆、自分が一番まともだと主張する気がする。
 『手』は心底、嫌そうに『うわぁ……』と呟き、小声で僕に囁く。
「一瞬、すげぇ暗い青春が垣間見えたわ。アンタも苦労してんのね」
「最近、色んな人から言われるけどね」 
 それはもう本当に色々な人から言われる。僕自身少し諦めている節があったりすることだ。
「ああ、ところでだ、梯子を掛けてもらえないかね?」
少し考えて僕は答える。
「ええと、もう少しそのままでいかがですか?」
黒の王は僅かに頬を染め呟く。
「このサディストめ……だがその対応、私的にはある意味オッケーだ。フフフ、放置プレイとはやるな、『たっちゃん』」
 僕と黒の王のやりとりを聞きながら『手』はひたすらに『分からん、私には分からん』と呟いていた。


第八回:中編・『山野夕陽』


 山野夕陽、湯澤大学付属高等学校二年、成績優秀、運動神経抜群。一人暮らし、生活極貧。掛け持ちのバイトは四つ。人間関係が極めて苦手。コミュニケーション能力欠如。凛とした鋭い雰囲気の為に誤解されやすい。されやすいがその誤解は解けたことはない。
 中等部だった頃、猥褻目的で近づいた教諭をスタンガンで気絶させ、椅子で殴打した経験あり。
高等部入学後、友人、鈴原冬架を苛めた上級生を暴行し、舎から逆さづりにするという極めて残虐な行為を行った犯人とされているが本人は否定。後にそれは高瀬卓士の手による犯行と発覚する。罪を着せられたと知った時には既に遅く後の祭りだった。もっとも遅かれ早かれ制裁するつもりだったが。
 その事件以来、あだ名は『魔女』。
 女子からも男子からも教員からも怖れられるようになる。本人が人間関係の修復にあがけばあがくほど誤解は広がり泥沼に落ちていく。飼育部にいる理由は『小動物を黒魔術の実験に使う為だ』と噂されたり、何故か毎朝パンやジュースがクラスメイトの手により供物として用意されるようになる。
 全ての原因である高瀬卓士を問い詰めるとこう言った。
 『食費が浮くし問題ないんじゃないかな』
 容赦なく校舎から突き落とした。
 翌日――貢物が増えることになった。最早、何をどうしてもダメだった。
 さらにいつの間にか、『自分の手で負えない事件や問題は夕陽さんに解決してもらえ』というとんでもない流れが出来上がってしまう。元々正義感の強い性格の為、持ち込まれた相談を断りきれず、夕陽は暴走族との抗争や、ヤクザ絡みの事件に否応無く巻き込まれ、『魔女』の名を学外までに轟かせることになる。何故か、皆、頼みごとの際に吉野家の牛丼割引券を持ってくるのがまた腹が立った。
 そんな夕陽の好きな物は小動物。きつねうどん。赤色。桃色。
 そして――鈴原冬架。
 恋路、初恋、ラブ、リーべ、アムール、恋愛、恋慕、愛慕、愛恋、恋情、恋着、片思い、片恋、岡惚れにして横恋慕。憎き高瀬卓士の恋人である鈴原冬架が何よりも好きだった。
 鈴原冬架――。
 ツインテール、金色の髪、蒼い瞳、小さな体、華奢、華麗、叡智、破壊者、創造者、摂理、支配者、天才、情緒不安定、絶対記憶、ARPAU、異端児、プロトコル、組織、赤の派閥、切り札、愛玩、道具、受け皿、オルタナティブ。
山野夕陽にとっての絶対。崇拝の対象にして恋愛対象。何よりも愛しい者。愛されたい者。側に居られるだけで心を満たしてくれる者、全て――鈴原冬架。
 ああ、冬架が夕日の前でスパゲティを小さな口に運ぶ。それだけで胸が高鳴り切なさが込み上げてくる。
 冬架の一挙一動から目を離すことができない。それほどまでに惹かれている。
「ごちそうさまでした」
 冬架が夕日の作ったトマトスパゲティを食べ終わり手を合わせた。
 ぼんやりかつうっとりしていた夕陽は現実に引き戻される。
「どうだったかしら?」
「うん、おいしいよ」
 屈託のない笑顔で冬架は微笑む。
 ああ、と夕陽は心の中で悶える。床の上でごろごろ転がりそうだった。ローリングストーンズだ。
「冬架さんの御口に合って良かった」
「たっちゃんのと同じぐらいおいしいよ」
 まだまだ精進が足りていない。栄養の計算の面でも味付けの面でもより技術を磨く必要がある。
 同じ――いずれは追い抜いてみせなければ。
「たっちゃん、今頃は黒の王のところかな」
「黒の王というのはダムドの王なんですよね?」
 ついつい敬語で夕陽は喋る。普段は出来る限り敬語を使わないようにしているがついつい言ってしまう時がある。
「うん。黒の派閥の王様だね。派閥としては赤の次――いや、もう赤よりも大きいかな。中国に本拠地を置いてるんだけどね。中国共産党に根を張ってやりたい放題やってるよ。汚職政治家や汚職公安警察、国務院、国家安全部の関係者も手足みたいなもんだね」
「高瀬君、そんな人と会って大丈夫なんですか?」
 自分でそう口にしながら驚いていた。よもや、自分が高瀬卓士の心配をするとは。
「うん。黒の王はたっちゃんとは馬が合うみたい。たっちゃん、何か王と妙に気が合うんだよね。緑の王とも仲がいいし」
 高瀬卓士と馬が合う――。一体どういう性格をしているのか少し興味があった。
 冬架が『うにー』と言いながらデスクにうなだれる。夕陽はなんとなく『たれパンダ』を思い出すと同時に抱きしめたい衝動に駆られた。
「たっちゃん、大丈夫かな。『手』ちゃんが荒れてなきゃいいけど……」
「『手』さんが?」
 抱きしめて頬にキスしたい。
 込み上げる劣情を制しながら夕陽は答える。
「うん。『手』ちゃんのお兄さんの死体、黒の王の所にあるんだよね」
「え――?」
「黒の王が興味を持った死体は各国政府が無条件で譲る――そういう条件で黒の王は隠居しているから。あれは幽閉や軟禁に近いかもしれないね。自ら望んで封印されたと言っても過言じゃないかな、その条件があるからこそ黒の王はあそこにいる、いてくれてる。餌を与えて大人しくさせる、それしか抑える術がないんだよ。病原菌でも何でも、人間の力でどうにもできない物は隔離するしかないからね。ヴァチカン聖教会の連中や魔術師教会の連中は未だにどうにかしてこの世界から消そうとしてるけど難しそうかな」
 そう言いながら冬架の細い指先がキーボードをクリックする。
 すると何かの図面が映し出された。
「昔ね、実は本気でやりあったことがあるんだよね」
「黒の王とですか?」
「うん。黒の王含めたその他もろもろと。けっこうえぐいことになっちゃった。死滅と消滅が手を取り合うラインダンス状態、バックコーラスは阿鼻叫喚って感じかにゃ」
「犬杉山……」
 ポソリと夕陽は呟く。
「覚えてる?」
「はい。そこでも私は冬架さんに助けられましたから」
「そうだね。そんなこともあったね」
「ええ……」
 冬架との再会は山野夕陽にとって――希望、志望、要望、所望、所期、志願、念願、切望、熱望。
 二人は地獄の中で再び出会った。
 夕陽は今度は絶対に放さないと誓う。
 全てを捧げついて行こうと。
 胸に抱いたこの想いが叶わなくとも必要とされなくても――愛しい支配者の手足となり生涯を尽くそうと。
 出会い愛してしまった――その瞬間から心も身も冬架の為にある。
 それが山野夕陽のコントラクト(contract)だ。
 いつか高瀬卓士という障害を押しのけ、真の意味でのスレイヴに成りたい――そしていつかこの想いを伝えたい。
 冬架を見つめ夕陽が僅かに頬を染める。そのことに冬架は気づかなかった。
「うにゃ。さてと私は私で仕事しないとね」
 冬架の手が再びキーボードに触れると画面が切り替わる。
 そこに映し出された物に夕陽は覚えがあった。
 細かな内容は夕陽にはまったく理解できない、そういうレベルだったがそこに書かれている図面が何なのかは分かる。
 『なぜ――それが』と夕陽が疑問を口にするより早く冬架が呟いた。
「やっと、思い出したよ。こんなでどうでもいいものまったく、さっぱり、すっぱり、きっぱり、完全に、忘れてたよ〜」
 夕陽は口元を押さえながら呟く。
「『てむじん』……?」
「うん。これね、昔、私が遊びで作っちゃったんだよ。色々事情はあるんだけどね。少し長くなるけど『或不廃児』について話さないといけないかな」
『或不廃児』。その名を聞いた時、妙な悪寒が走る。
画面に映ったのは間違いなく、あの機械仕掛けの巨人――『てむじん』だった 


第八回:後編・『定義』


「そうか。やはり君たちがからんでいたか。興味深い事件だったから気にかけていたが――正確には君たちは巻き込まれたと言った方が正しいのかな」
 黒の王は頷きながら珈琲を飲む。
 僕達は図書室から移動し、和室でお茶をしながらここまで来た経緯を話すことになった。
 黒の王は身体を覆う黒いマントと黒いシルクハットの姿に着替えていた。英国紳士風の出で立ちと
和室が合わない。
 延々とどこまでも続くという意味ではこの和室もあの図書室と同じだが、書庫よりも黒の王の趣味
が色濃く出ている。
 黒の王は基本的に日本文化を愛している。様々な国の文化を知っているが一番好きなのは日本の文
化らしく、独自の好みと混ぜ合わせたスタイルが黒の王のスタンダードだった。
 鴨居や長押までしっかりと作ってあるのに等間隔で灯篭が飾ってあるのも黒の王の趣味だろう。
 『手』はやはり落ち着かないのか袋から出ても少しソワソワしていた。
 僕は畳の匂いや肌触りが嫌いではない。『落ち着く』――これはきっとそういう感覚なのだと思う

「代価を手にしてここまで来たということは、手がかりが欲しいのだね」
 僕は頷くとポケットから写真を取り出す。冬がプリントアウトしたものだ。
「はい。こちらにこの死体は届いてませんか?」
「ああ、被害者達の死体だな、覚えているよ。それならば――」
「なんなの、それ」
 黒の王の言葉を手が遮った。
「なぁ、ちょ、もう一回言ってよ。ここに死体があるの?」
「あると言えばあるのだよ。私のコレクションなのだからね」
「兄さんの死体が!!」
 『手』は激怒した。延々と続く畳部屋に怒声が響き渡る。
「いい?もう一度聞くわよ、例え貴方が『黒衣の王(ブラックサバス)』だろうと何だろうと私は
もう一度問うわよ!?」
 和室の障子や衝立障子を突き破るほどの怒声だった。『手』が憤りを隠さず叫ぶ。
 多分、冬はこうなることを最初から予測していたのではないかと思う。どんな形であれ、家族と再
会させたかったのではないだろうかと僕は考える。
「答えてください、黒の王!!」
 なんとなくだが『手』が激怒する理由は分かる。
 僕は今まで何度も大切な者を失う人たちを見てきた。
 僕も怒るのだろうか、大切だと思える者を失った時――僕はどうなのだろうか。
 あの『てむじん』のように、機械人形のように決められた反応しかできないのだろうか。
 だが、そんなことは知りたくはない――今はそう思える。今の僕は失うということが怖いことだと
言うことが分かっている。
「そうか、君はあの死体の遺族か。そうか、それは申し訳のないことをしたものだな」
「私の兄さんは貴方のコレクションなんかじゃない!!兄さんの死体を貴方はどうなさるつもりな
んですか!?」
 黒の王はフーと溜息をつきながらマグカップを正座する手前に置いた。
「そう怒鳴らないでくれないか?せっかくなんだからのんびりとお茶をしたいと思うのだが」
「私じゃなくても怒鳴りますよ!!怒鳴るし、罵りだってすると思います!」
 黒の王は思案顔で『ふむ』と呟いた。
「君、私を罵るならちゃんと雌豚と罵りたまえ」
 そんなことを言いながら脇息にもたれてくつろぐ。僕は時々、この人が黒の派閥の王ということを忘れそうになる。
 『右の頬を打たれたら、左の頬も差し出すのは気持ちいいからなのだよ。茨の冠で磔にされるなんて考えただけでゾクゾクして来ないかね?』と、聞く人が聞いたら激怒するような発言をしたこともあり、ヴァチカンから刺客が送り込まれたこともある。
「そんな言葉攻めでは私の心は動かないのだよ。ほら、『たっちゃん』、言ってみてくれたまえ」
「雌豚」
 命じられるままに僕がそう呟くと、黒の王は心地よさそうに身体を震わせる。
 そして畳の上で身悶えすると仰向けになった。
「も、もう一回……」
「雌豚」
 僕はもう一度繰り返す。黒の王は再び心地良さそうに身体を震わせ荒い息で囁く。どうしてここまで幸せそうなのか僕には理解できなかった。
「じ、じゃあ『たっちゃん』、今度は是非、私のことを叩きながら言ってくれな――」
「アホか!!」
 黒の王の言葉を手の怒声が遮った。黒の王はしぶしぶと言った感じで起き上がる。どうやら本当に叩かれたかった
「例え王であろうと何であろうと兄さんに関しては別よ!!それは貴方の物じゃない、私の物なの
よ!!」
 黒の王は唸りながら少し頭を抱えた。
「すまない。正直に言えばここにはもうないのだよ」
「え?」
「正確にはここに届いていた――だな」
「どういうこと?」
 黒の王は面倒そうに頷く。
「君も知ってるだろう。政府登録を受けていないダムドは死亡後に政府の研究機関に送られること
は」
「それぐらい私だって知ってます。でもここに送られて来たってことは研究機関には行かなかった
んでしょ?」
「ああ。それが私の持った特権なのだからね」
 黒の王が興味を持った死体は無条件で譲る――その代わりに派閥を去り、人間を殺さない。
 それが黒の王と政府が交わした交換条件だった。
「死体の情報もあったし、私も興味があった。一度はここに送られてきたのだよ。一度はね」
 もったいぶる黒の王の口調にいらついたのか手が早口でまくしたてる。
「それはつまり誰かが回収したんですか?」
 僕の言葉にコクリと黒の王が頷く。
「白の派閥なのだよ」
 白の派閥――『白夜の王(ホワイトアルバム)』を中心としたダムド至上主義派と呼ばれている派
閥だ。現在、最も人間と衝突の多い派閥であり政府登録制度の可決時も反対デモを起こし、『碧梧の王(グリーンディ)』を中心とする人類協調派との関係も悪化した。
死体が研究材料にされるという現状に不満を持っている白の派閥が、黒の王を窓口にして死体を回
収するのは考えられなくもない。黒の王は派閥との関係が切れた今は中立、ただのコレクターでしかない。
 ただ黒の王はすんなりとコレクションを渡すようなことはしない。何か事情があるのだろう。
「それは後々話そう。どうにもそこら辺の話はややこしくなる。とにかくここには君の兄君の死体
はないのだよ」
「じゃあ兄さんは――」
「白の派閥の連中の手で荼毘に付されているだろう。彼等は同胞の死を悲しみ悼む。それぐらいの
ことはするだろうしいずれ君の元に知らせが届くだろう。彼等は同胞に対し限りなく寛容なのだよ
 黒の王の言葉を聞いた後、『手』は瞳を潤ませ小さな声でポツリと呟いた。
「そっか……」
 黒の王は一度、瞳を閉じて少しの間の後開く。
「別にこれは君を励ますために口にするわけではないのだが君の兄君は最後まで君のことを考えて
いたよ」
 ぼんやりとマグカップを見つめたまま黒の王は呟いた。
「え?」
「言っただろう。コレクションは使ってこそ意味があると。死体との対話も使用例の一つなのだよ
。そう、君の兄君はずっと君の幸せを願っているようだった」
 そう言いながら黒の王は自分のマグカップに珈琲を注ぐ。
「死に伴う極大の苦痛こそ死を被る人間が本当の意味で恐れているものであり、消失としての死は
そもそも『今から死に行く人間』が恐れるものではないとおもう。『消失としての死』は『他者に与えるもの』であり『死に行くものに生じるもの』ではない」
 深い闇を宿した瞳で黒の王は僕たちを見つめる。
 一瞬、その闇色の瞳に吸い込まれるような気がした。
「何故なら『消失としての死』とは回顧的なものであり、観測的なものだからだ。『死んだ人間』
は自らの死を知ることは無い。『死』というものが意識の永続的な沈黙の峡谷に落ちることだとしたら、『死』というのは事象の後に観測され無くてはならない。そんな事が可能なら死の概念が悉く転覆してしまう」
 つまり黒の王の口にする『死』はマテリアルな面では主体に覆い被さるが、『消失としての死』は
主体に付きまとう事は本来ならあり得ず、他人のみに与えられるメンタルな性質を持つ『死』であるということだと思う。
「死に伴い訪れる無になると言う恐怖心は主体、死んだ人間が抱く者じゃないの?」
 『手』が震える声で言葉を発した。
「事前予測としての恐怖心、それはあって当たり前じゃない」
「その恐怖心は死より出でるものではなく、死を予測することから起こる恐怖心なのだよ。知って
いるかな、『死は眠りの兄弟』という言葉を。死を主体的な視点で見てみるならば、意識の断絶がイコール『死』と言っても差し支えはないのだろう」
「それならば睡眠と死の区別を主体的に付けられる人間が存在するんですか?」
 僕の問いに王が頷く。
「自身の睡眠は主体的に平行して観測することは出来ない。『睡眠があった』と感じるのは自分が
起床した後であり、眠っている間に自分の睡眠を確かめる術はない。なればこそ、意識の断絶である死を主体的に平行して観測することも不可能なのだよ。生きているというのは意識がある段階でこそ主体的な実感を得られる。ならば死と睡眠の主体的な区別はどのように付けられるのか?眠るように死んだ人間は本当に死んだことが解って逝ったのだろうか?それとも睡眠の時のようにまどろんだまま時が停止してしまうのだろうか?」
 黒の王は珈琲を口に運び一息ついた。
「自らの死は主体的に観測することは出来ない、そう言える。だが君の兄君は幸運だった。ほぼ即
死だったからね」
「そう、ですか……幸せか」
 それは今にも消えてしまいそうなほど弱々しい声だった。

「命の冒涜者たる私が偉そうなことを言うのはおかしいかもしれないが……君の兄君の死は無駄で
はない。誰かを想い逝くことは無為ではない。無駄な死などあるものか――と、そこら辺の話も概念的な話になる、また今度聞くつもりがあれば話そう」
「山野さん……山野さんと同じこと言うんですね。意味の無い死はない……か」
 『手』は器用に手首の先で立ち手の平をお辞儀するように下げる。
「少し――だけ一人にしてもらっていいですか?」
「ああ。来た時と同じように灯篭の間を潜り抜けたまえ」
 黒の王がそう言うと『手』は指先を使って動き出す。『手』が灯篭の間を通り抜けると、その姿が
フッと消えた。
「そういうわけだ、『たっちゃん』よ、君たちに協力できることはほとんど私にはないのだよ。今
回の事件の一因が冬架と私にあるとしてもね」
「覚えてましたか」
 無論、僕は忘れていた。当時の僕は本当に冬以外の者に興味がなく、必要ないことは考えようとも
覚えようともしなかった。
「ああ、『てむじん』だろう。君の話に出てきてようやく思い出したよ。私もすっかり忘れていた
よ。あれは既に終ってしまった存在だ」
 僕も冬もすっかりその存在を忘れていた。冬に至っては忘れることが出来ないくせに、自分の都合
の悪いことや興味のないことはあっさりと記憶の奥底にしまい込む。それが良い事なのか、悪いことなのかと問われても僕には分からない。
「困ったものだな。彼が今更になって『てむじん』を使うとは。私は彼が冬架に叩き潰されてその
まま二度と再起することはないと思ったのだが」
 僕と冬が日本に来る前、ミスカトニック大学に冬が在籍していた頃。
 冬の恩師であるヘンリー・アーミティッジ氏に頼まれて人形師と会うことになり、スレイヴである
僕も動向することになった。
 その人形師の名は或不廃児(あるふはいじ)。
 アリゾナの広大な研究施設で人形を作っていた。
 研究施設の隔壁を越えればそこは或不廃児の城であり、一体どこの組織がどれだけ資金を出してい
るのか検討もつかないほどだった。
 錬金術、魔術、機械工学、生物化学、それら枚挙にいとまがないほどの技術、知識を取り込み膨大な時間
をかけ人形を作り上げようとしていた――有機部品をコアとした人形を。
「彼に死体を提供することで関わっていたが彼がまだ続けているとは思わなかったのだよ。既に彼
の研究は冬架が終らせているからね」
 そう、既に人形は完成している。
 或不廃児は冬と同じダムドであり、そこで人生の半分以上を機械人形の研究に捧げてきた。
 それ自体は別に問題でもなかった。
 冬が関わらなければこのまま永久に或不廃児は研究を続けていただろう。
 だが、それを冬が終らせてしまった。実にあっさりと。プロトタイプである『てむじん』の設計図
を完成させた。アーミティッジ氏の目的は 分からないが冬が終らせるとは思ってもいなかったらしい。誤算もいいところだった。しかし、本来ならそれは喜ぶべきことなのだろう。
それを喜べないのは冬が或不廃児のこれまでの人生を否定してしまったからだ。
 何十年も苦心して続けてきたことを冬が簡単に終らせてしまった。
「或不廃児にとって屈辱だっただろうな。プライドも何もかも冬架に破壊されてしまったのだから

「ええ」
 その後のことは僕はほとんど知らないが、或不廃児は研究所を追われ日本に帰国した。藍空市が受
け入れたと聞く。後は作るだけという段階で冬架も手を引き、人形作りを続ける物がいなくなった。正確には出来る者がいなかったという方が正しい。
「あれから何年も経つのに未だに『てむじん』が軍事利用されたりしてないんですね」
「悪用されるのが嫌で冬架はノウハウを教えなかったからね。そういうところが計算高いのだよ。
私も冬架だけは敵に回したくないな」
 フフフと黒の王が笑う。どことなくその微笑みは王の見た目の幼さと違って艶かしさがあった。
「軍事利用か。それが目当てで協力していた連中もいただろうけど実用化が無理だったからじゃな
いのかね。安く、多く作れなければ意味がないのだろうし、冬架もそれほど興味があったわけではないらしいしね。私のコレクションを無駄にした報いなのだよ」
 報いかどうかは分からないが今はその研究施設は影も形もないという。それもそのはずで、死体を
実験に使っていたということがばれればそれが問題になる。研究員も事故死や病死が相次ぎほとんど残っていない。
「ふむ、それにしても今回の犯人が彼だとしたら少し面倒だな」
「そうですね。居場所もつかめないし、目的が分からない。冬が目当てだとしら真っ先に襲ってく
るはずですから」
「今回の被害者からのメッセージはほとんどない。だが、『手』の兄君が殺されたいうのは一つの
ポイントかもしれないな。殺さなければならない事情があった――そういうことなのだろう。もしくは狙われる条件を満たしてしまったかだ。『てむじん』といた女の子ことも気になるな」
 一瞬――頭の中に考えがよぎる。
 狙われる条件。遭遇。偶然。突発的犯行。てむじん。少女。
 バラバラだった何かが僕の中で繋がっていく。
 もしかしたら――。
 もしかしたら――。
 僕は既に条件を満たしているのかもしれない。
「どうしたのだね?」
「もう一度被害者の共通点を洗い直してみます」
 とだけ、僕は答えた。
「すまないな、『たっちゃん』。協力できなくて」
「いえ、十分です。約束の代価です」
 僕はそう言いながら袋に入っている『代価』を手渡す。
「うむ、すまない」
 黒の王が袋に入った代価を受け取り、嬉しそうに微笑んだ。
「あ、『たっちゃん』よ。最後に一言いいかな?」
「はい」
 黒の王が白い頬を僅かに染める。
「……もう一度罵ってくれないか?」
「雌豚」

 と、僕が呟くと同時に、王は畳みの上で仰向けになり恍惚の表情を浮かべる。
 戯れにほっぺたを突いてみると子猫のように甘えてきた。さきほどの緊張感は欠片もなかった。
 黒の派閥のことは良く知らないがこの人が王だったということに驚きを感じ得ない。もしかしたら僕の周囲の人々よりもダメな者達が集まっているのかもしれない。

 ふと、僕のジーンズのポケットの中で音楽が流れだす。
 このおどろおどろしい音は『世にも奇妙な物語』のOP曲――山野からの着信音だ。ちなみこれは僕が山野をイメージして選曲した。
「もしもし――」
『高瀬君!!』
 僕の言葉を山野の怒声が遮った。
突然の大声に耳の奥でキンという音が響く。
『冬架さんが!!冬架さんが!!』
 ふいに心臓が脈打つ。

 声の様子から何かがあったことはすぐに分かった。山野がここまで取り乱すのは冬がらみだ。
「山野、落ち着いてよ」
『冬架さんがいなくなっちゃったのよ!!』
「冬が――?」
 そう呟きながら、僕は思わず歯を噛み締める。
 迂闊だった。僕が考え付くことが冬に思い浮かばないはずがない。
 冬は僕が『狙われる条件』を満たしてることに気づいていた。だから手がおよばないここに僕を行
かせたのだろう。それが最初から冬の目的だった。
 能力の使えない僕に戦闘させない為に――冬は僕を守る為にたった一人で戦うつもりだ。
「まずいな。どこに行ったか探してる時間がない」
『ど、どうしたら……冬架さんにもしものことが――どうしたらいいの!?』
「落ち着いて、山野」
落ち着かなければならない。局長だってきっとそうする。
考えなければ。冬なら犯人と接触する方法を既に見つけているはずだ。でなければ飛び出すはずがない。
もっと冷静になって考えなければならない。
「いなくなって何分?」
『食器洗ってる間だから――だいたい、十分、十分ぐらいよ』
 短い。その僅かな間に山野の目を盗んで動き出したことになる。
「山野、冬のワークステーションは今も動いてる?」
『え、ええ、今も』
「何かは表示されてない?」
『ええ、いくつか表示されてるけど藍空市の風景よ?』
「もしかしたらそこに何かあるのかもしれない」
 もし、もしだが、その中の一つに或不廃児の自宅があったとしたらどうだろうか?
 藍空市はダムドの受け入れ口としては日本で最大規模だ。或不廃児がいたとしてもおかしくはない

『で、でも手分けしたって一箇所、一箇所探してても!!』
「方法はあるよ。冬の目と『手』の目を使えばいい」
『ハックした無線式監視カメラと遠隔視の併用!?できるの!?』
 見つかる可能性としては低いかもしれないことは僕も分かってる。『手』が協力してくれるかも怪しい。
 ただ僕は諦めたくなかった。冬を守れる可能性があるなら僕はどんなことでもしてみせる。
「やらないよりはいい。今すぐ戻るよ」
『分かったわ、すぐ動けるように準備しとくから』
「頼む」
 僕は電話を切ると立ち上がる。
「冬架が動いたか」
 電話から漏れる声が聞こえていたのか王が呟く。
「行くのかい、『たっちゃん』よ」
「はい」
『そうか』と黒の王は静かに頷き瞳を閉じた。そして、僅かな間の後に瞳を開く。
「こんな話が手がかりになるかどうかは分からないが、藍空市で死体が何体か消えたことがある」
「死体が?」
 僕の言葉にマグカップを握ったままコクリと頷く。
「もしかしたらまだ続いていたのかもしれない。或不廃児の人形作りがね。『たっちゃん』、冬架を頼む」








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