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『更新読み物』
○更新12/23 IW→『Dear my srave /Overdrive』
〜幸村聡一の眼球姫〜

『住吉と藍空市の夜』3

12/21 IW→『Dear my srave /Overdrive』
〜幸村聡一の眼球姫〜

『住吉と藍空市の夜』2

12/20 IW→『死村家の人々。』
〜サツキ・ダブルスタンダード〜5.


 12/13 IW→『Dear my srave /Overdrive』
〜幸村聡一の眼球姫〜
第二回ノ一
『住吉と藍空市の夜』ちょこっとずつ修正。


12/13 IW→『Dear my srave /Overdrive』
〜幸村聡一の眼球姫〜
第二回ノ一
『住吉と藍空市の夜』


更新履歴




 






『 犬杉山すとろべりー』
(犬杉山ストレンジロジック・リベラリスト)


♯1.『リボルバームーン』



 なにもかもがぼやけて見えるような夜空の向こうで赤、蒼、碧の閃光が弾けて花になった。広がって重なり合い溶け合っていく色とりどりの煌き。響音の後に散り散りとなったそれは、キラキラと輝いてフッと星空の中に溶け込み、またぼやけた夜空の中に消えていく。
 そして眼下の町には再び静寂が戻った。
 子供の頃はそこに辿り着くことができるはずだと思ってた。
 星も光も月もきっとつかめる――と。
 でもそうではないと気づいてしまったのはいつだろうか。
 ぼんやりとした視線の先には町灯り。ポツポツと点在する集落で暮す人々が今日もこの町で生きている輝き。きっとそれはこの世界が旅してきた長い時間に比べれば一瞬でしかない。その輝きも花火の煌きのようにきっといつか星になるのだろう――などと、屋上のフェンスに腰掛け、ぼんやりと目の前で現れては消えていく輝きを見つめそんなことを考える。今野友香、十四歳、夏。セックスフレンドはいても彼氏はなし。
 夏祭りに行くような相手がいるわけでもなく花火はお仕事帰りに見物中。十四の青春、ひと夏の思い出を学校の屋上で過ごすことになるとは思ってもいなかった。個人的に花火を見るなら男の上で等と中学生にあるまじきことを考えていたのだけど。どうにもこうにもセックスフレンド達は全員彼女持ちであり、愛人的なポジションの自分はあぶれてしまったわけで――。どちらにしろ面倒なことでもえめるつもりもないわけで――。今更人でいっぱいの花火会場に行く気もしないわけで――。
「あーあ」
 友香はフェンスに座り込みながら溜息を吐いた。なんだかなぁと思いながらもその指先に握られた金属をいじり続け、花火の灯りに照らされた鉄が輝きを鈍く映す度にその金属音が屋上に響く。分解され組み直されている鉄の名前はS&W・M10、お仕事の相棒。友香の脇にはポーションの小瓶、賞金首リスト、護符など仕事道具が綺麗に並べ置かれているが、何よりも頼りになるのが手の中のリボルバーだった。こいつで仕事中してる瞬間はセックスしてるのと同じ気分にさえなる。アイライクファック。
 クソファッキンな神様やサーフィスなだけのモラリストはラブ&ピースなどとほざくだろうが、ラブ&ファックでもいいのではなかろうか等と友香は時々思う。
それが最高だったはずなのに――。
 なんとなく気持ちがゴニャゴニャとしていてフェンスから降りてアスファルトに寝転んだ。冷たい感触。満点の星空。
 きっと、こうして夏は終っていく――そう思うとなんだか涙が出そうになった。
 どうにもできない気持ちを抱えたまま今野友香、十四歳の夏は屋上に吹く生ぬるい風とリボルバーの冷たさを抱きしめたまま終ろうとしていた。
 正確には友香達は――だ。
「先輩!!真羽身、アイス買って来ました!!殺姫先輩オススメのダブルソーダです。これ凄いんですよ?一つのアイスを二人で分けっこして食べることができるんです。ガリガリ君なんて敵じゃないですよ!!」
 アイスの袋を手にした少女が屋上に入ってきた瞬間、友香は再び溜息を吐く。
「……テンションたけぇー」
 限りなくローテンションな友香。
 それに対し『なんでそんなにはっちゃけてるの?』とドン引きしそうなほどハイテンションの身濱野真羽身(ミハマノマハミ)。下から読んでもミハマノマハミ。上から読んでもミハマノマハミ、マハリクマハリタ、ヤンバラヤンヤン。
 トレードマークは某魔女っ子ライクな癖っ毛と138センチのお子様体型、ピョコンと尖った耳。学年は友香の一つ下であり、仕事ではかなり優秀、将来が有望視されているのだが――。
「先輩、花火がすっごい綺麗に見えますよ!!ほら、先輩のお屋敷と真羽身の家とか見えちゃってるし!!皇先輩の豪邸も見えてるー!!イェー!!たまやー!!」
 うるさきこと限りなし。
「ね、先輩。ここからなら花火が良く見えるでしょ?たまやー!!たまやー!!たま――」
「だまれっての!!」
 投げつけられた仕事の相棒が真羽身のおでこを直撃した。ちなみに友香は良くセックスフレンドを足蹴にいたします。
「な、何をするんですか。たまやーのたまっで止まってしまうと放送禁止用語になって真羽身少し恥ずかしいですよー。エキゾチックな魅力爆発です」
「いっそ爆破してやろうか」
 買い物の袋をばたばたさせていた真羽身だが、友香の様子に気づいたのか少しだけ首を傾げる。
「どうしたんですか、先輩。仕事の後でなんかナーバスモード入っちゃってルンですか?」
 返事はしなかった。
 友香が差し出されたアイスを受け取ると真羽身がその隣に寝転ぶ。
「先輩、もうすぐ花火終りますね」
「んー」
 友香が気のない返事をすると真羽身がクスリと笑う。
「真羽身たち、今日もいい仕事しましたよー。真羽身とこの族長も大喜びですよ」
「んー。まぁ、七十点ってとこか」
「あちゃー。厳しい評価ですね。スパルタンXですよー」
 随分マニアックなネタだった。仕事の後だとは思えないハイテンションに押されて友香は再び溜息を吐く。
「先輩、どうしたんです?」
「別に。仕事の後はいつもこうだから」
 今野友香は十歳になった時、初めて人を殺した。そういう仕事を司る家系に生まれたのだから仕方ないとずっと思っていた。この町に来るまでは。
どうでもいいとかそんな風に投げやりにぬかるみを歩くような生き方をしていた。この町の人々に触れるまでは。
 犬杉山に来るまでは――。
 犬杉山は少し不思議で優しい町だ。
 真羽身のようなエルフ、いわゆる亜人種、友香のような暗殺者、何らかの異能者、そういう異分子たちが正体を隠し人間社会の中に混ざりこんでいる――それはこの世界のどこでも見られること。
 犬杉山は社会で点々と存在する少数の異分子の集合体だ。異能者、亜人種、魔術師、裏事師、ごくごく普通の人間、そういう者たちが寄り添い合い、それぞれの価値観、文化、仕事、考えを持って生きている。
 何故そんな者達ばかり集まったかは定かではない。だが、犬杉山ではそんな人々がこれと言ったもめごとを起こさず、ごくごく普通に、学校や会社、一般社会の中に溶け込み生活している。皆がこの町の雰囲気を愛し大事にしている。根底に抱えられた想いがこの町独特の呼吸や優しい風を作り出している。
 犬杉山は友香のように茨道で棘を持ってしまった風でさえも受け入れてしまう。
 犬杉山に入ってきた風はどこにも行かず、いずれは勢いを凪がれる。その吹き溜まりの凪に辿り着くのは、心が向かう場所のない人間――居場所を探す人間だ。様々な風が渦巻く中で疲れた人間がこの町を訪れる。そういう人間が最後にこの町に辿り着く。追い風、向かい風、北風の中では人は疲れてしまう。だから、癒しや救いを求める人間にとってこの町の風は優しい。
「引退しようかなー」
「引退ですか?」
 友香がポツリと呟くと真羽身がその尖った耳をビクリと震わせた。
「十四だしさ、そろそろ自分で生き方ぐらい決めてもいいかなって私も思うわけだ」
「んー。でも、それもありですよね」
 寝転んだまま空に掌を伸ばし真羽身が微笑む。
「この町に来るまではそんなこと考えもしなかったのにねぇ」
「おお、犬杉山効果ですね」
 友香も薄い笑みを浮かべて『かもね』と呟くと、『はい』と返事をして夜空に向かって真直ぐに手を伸ばしたまま真羽身も笑う。
「なんだかこうやってると空に手が届きそうですよね」
「んー、無理じゃね?ほら、金曜ロードショーで毎年やってる宮崎アニメで言ってるじゃん。人は大地がなければ生けていけないとかなんとか」
「あー、すぐにそういうことを言うー。真羽身はラピュタよりもナウシカ派ですよ」
 真羽身が頬を膨らませると友香も同じように夜空に手を伸ばす。
 無理と言ってしまったがなんとなく、月だって、星だって、花火の欠片だってつかめるような気がした。それは錯覚でしかないのだけど。
 子供の頃はそこに辿り着くことができるはずだと思ってた。
 星も光も月もきっとつかめる――と。
 でもそうではないと気づいてしまったのはいつだろうか。
「でも、真羽身はなんとなくその理由が分かります。人は空では生きていけないんです。だって――」
 大きな琥珀色の視線を友香から夜空に移し真羽身が微笑んだ時、フッと犬杉山の風が吹いた。夏の暑さと温度を持った風だ。
「スカートの中が見えちゃいますから」
 一瞬の間の後、友香は吹き出して笑っていた。
「くだらねー」
 やや大げさじゃないかと思えるぐらいに笑う友香。
「え?え?どうしてそんなに笑うんですか?」
 何で友香がそこまで笑ったか真羽身にも友香にも分からない。
 ようやく笑いがおさまり、誰にともなく友香は呟いた。
「まぁ、いいじゃん」
 ダブルソーダの外れ棒を月にかざし、幾分かすっきりとした表情で微笑む。
 広げた掌で作ったリボルバーで月を打ち抜けば、炸裂音と共に夜空には盛大な花火が上がった。
「たまやー」
 友香が叫ぶとそれに合わせ真羽身も叫ぶ。
「たまやー!!」
 馬鹿みたいに子供みたいに二人で叫んで笑う。
 星も光も月もきっとつかめると思ってた――。
 でもそうではないと気づいたとしても――。
 どうにもできない気持ちはある――。
 それでもいいか――なんとなくそんな風に思う。
 頬に夏の夜風。見上げればなにもかもがぼやけて見えてた夜空には、いつの間にか映らなくなっていた星空と溶け合う光があった。
 


 犬杉山の一夏はこうして終っていく。




『ループループ』


 


 差し込む秋の日差しを受け止めると少しだけ鼻がむずがゆいようなそんな気がした。ススキ花粉のせいかもしれないし、他に理由はあるのかもしれない。
「なんだかねぇ……」
 溜息と共に漏れた言葉に世界の運命や人生を左右するような重要な意味などないのだが。二十歳を越えた男が吐いた言葉にしてやや乙女チックな戸惑いを宿しつつも。やはり意味などなく。なんだかなぁという感じで、切るのが面倒で伸ばしたままの髪だがいっそ切ってしまう方が面倒がないのではなかろうか等と考えつつ、日比野暮志はアパートの古ぼけた縁側に腰をおろし呆けていた。髪同様、二十歳を過ぎた男にしてはダラシという物がなく、服装は甚平、右手にキセル、足元にはサンダルというお姿。それは現代の若者からしてみれば、なんだこいつはと少しばかり敬遠されるものであろうが、そんなことで気張るつもりもなく。なんだかなぁというのは最も当てはまるのは自分ではないかと思いつつも、やはりそんなこと考えても意味はなく。
「あ、日比野さん」
 呼び止められ、毛先をいじっていた暮志の手がふいに止まる。
 声の主を探し気だるげな視線を泳がせればアパートの玄関に立った少女が目に入る。白いセーラー服と赤いセルフレームの眼鏡、そしていつもの何がそんなに嬉しいんだと問いたくなる笑顔がそこにあった。
「ただいま。日比野さん」
煙を吐きながら日比野は頷く。
「ああ、おかえりんしゃい。カヨイさん」
 時刻は四時半。
 時間が経つのは早い物で、同じアパートの住人である雉村カヨイが帰ってくる時間になっていたことに気づいた。
「あ、またキセルなんて吸っちゃって」
「タバコもキセルも吸うんじゃない、呑むもんだよ」
なんて。ほとんど素人が少し気取ってみたりして。
「今日もなんだかだるそうですね」
『ん』と暮志は頷く。
「いつものこった。人生を楽しむことは縛られない時間を持つことだよ、カヨイさん」
「そういうものですか?」
 そう言いながらカヨイは暮志の隣に座り込む。
「そういうもんだよ。カヨイさんも無駄に歳を重ねて大人になれば分かるさ」
「歳を重ねるのって無駄なんですか?」
「いや、無駄じゃないさ。素敵に歳を重ねる方法もあるにはあるみたいだが、俺はとんとそういうのに縁はないしこういう生活が好きなんだよ」
「そういうものですか?」
「そういうもんだよ」
 ふーんと不思議そうにカヨイは首をかしげた。
「私はもっとアグレッシブな毎日の方が好きだけどなぁ」
「あれもしたい、これもしたいって奴?昔、なんかの歌であったね。ブルーハーツだったかな」
「ですね。そういうのって誰にでもありますよ。私だって夢多き若者ですから」
「俺だってあったな、そういう時期」
「ですよね。殺し屋になる前ですか?」
 無自覚で少しだけ残酷な言葉。
 少し懐かしくてむずついた鼻先がヒリッとして熱くなった。
「ああ」
 とだけ誤魔化すように答える。
 それは随分と昔、この町に流れ着く前、まだ裏事に関わる前、人を殺す前だった。
 ――アノコロノユメハ?
 そんなことを思い出しそうになってまた鼻がムズムズした。
 少しの沈黙の後、カヨイはポンと手を叩いた。
「そう言えば、図書館の管理人さんが焼き芋焼くから今野先輩とか日比野さん連れて食べに来いって」
「へぇ、焼き芋ねぇ。まぁ、面倒だしなぁ」
「私、着替えてきますね」
 日比野が再び毛先をいじりだすと、カヨイの足が縁側を蹴った。
 ふわりとマイケルジョーダンがエアウォークでもするかのように二階のベランダの手すりに着地してみせる。見事だった。さすがは護衛屋キジムラの出自。
 見事だが――。
「おーい。女の子がはしたない。そういうことするとスカートが」
 言いかけて靴の片方を上からぶつけられた。
「いてぇ」
「痛くなるようにぶつけましたから」
 なんてことを。
「その靴、後で取りに行きますから。そしたら一緒に焼き芋食べにいって貰いますからね」
 二階からそんな声が聞こえてくる。
「いや、俺は――」
 言いかけて残りの靴もぶつけられた。
「もうすぐ日比野さんが来て一年だから」
 どうやら祝ってくれるわけらしい。
「ちゃんと準備しといてくださいね」
 溜息の後、ついつい苦笑いを浮かべ日比野は返事をする。するとフッと吹いた風が髪に触れて通り過ぎていく。
「アグレッシブねぇ」
 毛先をいじりながら切ってしまおうか――そんなことを考える。
 決してセンチになったわけでもない。今だってその日暮の毎日だ。
 この町に来て考えが変わってしまったわけでもない。
 ただ、差し込む秋の日差しを受け止めると少しだけ鼻がむずがゆいようなそんな気がした。ススキ花粉のせいかもしれないし、他に理由はあるのかもしれない。
煙と一緒に飛び出たクシャミと一緒に、雁首にまるめていれようとしていた刻み煙草はコロコロと軒下を転がっていった。

 

「日比野さん」
「ん?」
「靴がなくて降りられません」

 なんだかねぇ――そんなことを思いつつも日比野は靴を拾い縁側を離れた。きっと見る者が見れば『そんな顔も出来るんだ』と驚く笑い顔で。





『アズセウ〜黒い翼のソフィア〜』


 

◎人物

〜藍空市〜
・鈴原冬架……ヴィヴィの義姉。ドクの養子
・高瀬卓士……ドクの養子。高校生。
・???

〜運搬船〜
・ヴィヴィ・ヴァージニア・天道……ドクの養子
・ムーチェ・フラッグ……珈琲好き
・ソフィア・フラジオレット・レッドウィンター……シャイ
・速水虎徹斎……老人
・???
・???

〜東京〜
・天道凶事……首相。殲争屋。
・ドク・ブルースプリング……特殊公安庁長官『式志摩譲二朗』
・???
・???





 

3.


「ここが被害者の船室かぁ」
「そ、この中で死んじまったわけだね。密室殺人ってやつさ」
 のんびりとした口調で二人は船室中に飛び散った血の海を眺めていた。赤黒くこびりついた血はべったりとこびりつき、生乾きのペンキのような独特の湿り気と粘性を持っている。この夥しい量の血液は果物を搾ってフレッシュジュースを作るように人間の身体を締め上げだしたのだろう。さもなければ雑巾で絞られたような屍骸が出来るはずもない。常人には出来るはずもない芸当であり、ムーチェやヴィヴィが犯人扱いされるのも無理はないことだった。
「これってけっこうスプラッターな光景だよな。ウチの姉様さ、こういう映画好きだったんだ。怪獣とか出てきて船員とかどんどん襲ってく奴。誰が生き残るのか予想するのが面白いって」
 まだ生々しい血痕を眺めながらヴィヴィが暢気に呟く。船室内には肉と血の香りがまだ漂っているがそんなことを気にすることない。その図太さに呆れてムーチェは溜息をつく。
「ヴィヴィちゃん、女の子ならもっとこういうの気持ち悪がろうよ」
「そんな格好悪い真似できるかよ」
 普通の女の子なら卒倒する場面かもしれないが、普通の女の子よりも血生臭い世界で生きているヴィヴィがこの程度で驚くはずもない。
 こんなことでギャアギャア言うのはヴィヴィにとって実に格好悪いことだ。
ヴィヴィは臆すことなく血まみれのベッドや鞄を調べだした。そのガサツな動きには繊細さの欠片などなかったが妙な頼もしさがある。
「なんか臭いとかそういうの分からないのか、ムーチェ」
「臭いねぇ。うーん。そこら辺の能力がすぐれた種族じゃないからねぇ」
リビングアーマー。
 ムーチェの種族はそう呼ばれる。
防御能力に優れ近接戦闘には強いが、知覚能力はさほど高くなく魔術的な素養も芳しくない。探すと言う行為にはあまり向いていなかった。感覚に優れた吸血鬼種等ならばそういうことも可能だがムーチェにはそれはできない。
「じゃあ死体から何か調べたりとかは?死亡時刻のうんたらかんたらとか」
「それも無理よん。そういう知識は素人だもん、私」
 『そっか』とヴィヴィが呟いた。この密室内で犯行を行う方法をない知恵振り絞って考えたが答えに辿りつくことはなかった。
「うーん、どういう能力や技で殺したか分かればなぁ……人間の体中の骨をバキバキにするんだろ?蛇に巻きつかれたみたいに」
「それが分かれば苦労しないんだけどね」
そう言われヴィヴィは考え込んでしまう。
「なぁ、ムーチェ」
「ん?何かしら?」
「じっちゃんのこと嫌いなのか?」
 あまりにも唐突な予想外の質問だった。
 ムーチェはヴィヴィの真直ぐな視線を受け止め、肩をすくめてみせる。
「あら、随分懐いてるじゃないの」
 そう言いながらムーチェはベッドの下に手を入れる。出てきたのは血まみれのポルノ雑誌だった。
「いい人だと思うぜ、じっちゃん」
 ヴィヴィの言葉にムーチェも白い歯を見せ笑う。
「嫌いなのか?」
「私もそう思うよ」
 少し困ったような顔をしていたヴィヴィにそう答えた。
 確かに、老人のヴィヴィに向けるさりげない気遣いや優しさは信頼するに値するだろう。
 だが――。
「でもね、いい人でも嘘つきはいるのさ」
 少し難しい顔でヴィヴィが腕を組んだ。
 まだそういう人の裏表を理解するような年齢ではないし、そういうすれたところがないからあの老人もヴィヴィのことを放っておけないのだろう。
 だが、そういうことが理解できない純真さはこちらの世界では致命的だ。
ムーチェは技よりも何よりもこちらで生きることがどういうことかヴィヴィに教える必要がある。
「ムーチェは雇われてこの船に乗ったのか?」
 ベッドの下を調べていたムーチェの動きが止まった。まるでそのことを聞かれたくなかったようでもあったがそんなことにヴィヴィは気づかない。
「そ、護衛でね」
「この船の荷物のか?」
 少し考えた後、ムーチェは頷いた。
「そ。この船が何を積んでるのかは知らないけどね」
『ん?』とヴィヴィは不思議そうな声を漏らす。
「何って、珈琲豆だろう」
「それもあるさ。だがそいつぁ、カモフラージュって奴さ」
「どういうことだ?」
「いい機会だ。教えておこう」
 そう言いながら、ムーチェは部屋の隅にあった白い何かを指先でつまんだ。骨、被害者の骨だ。
「この船の本当の名前はツキシマ。元プルトニウム運搬船だよ」
「ツキシマ、プルトニウム?核の燃料か?」
「そ。ツキシマは1992年に予定されていた英仏から日本までのプルトニウム運搬船護衛用として開発されたのよ」
 その声には表情に出ない深い感情があることにヴィヴィは気づいた。
 どこか寂寞としたその声色は、何十年も昔の大切な思い出を語るようなそんな感じの口調だった。
「そんで今は珈琲豆運搬船に偽装されてるってわけよ」
「なんでムーチェがそんなこと知ってるんだ?」
「色々あるのよ、事情ってのがね」
 ムーチェが苦笑いを浮かべた時――。
 ゴトリという音がした。
 ヴィヴィとムーチェの視線が同じ場所を見つめた。
 天井だ――。
「ヴィヴィちゃん!!」
「おう!!」
 威勢のいい返事と共に不敵な笑みを浮かべるヴィヴィ。
 ムーチェの肩を踏み台にし跳ね上がり、そのまま天井に踵を叩きつける。
 容赦も加減もない力に粉砕される船室内の屋根が弾け飛んだ。
 舞い落ちる木片の中、ヴィヴィが着地する。
「逃げられた?」
 よくよく考えれば狭い天井裏に人間が入れるはずもなかった。
「ネズミか何かか?」
「いーや」
 ムーチェは殺気立つヴィヴィに向かいニッと笑みを浮かべる。
「ヴィヴィちゃん、犯人がこの密室内にどうやって入ったか分かるかい?」
「もしかして天井?でも人間にはそんな狭いトコ入るのは無理だろ?」
「人間に限る必要はないんじゃない?」
 ムーチェの言葉にハッとしたヴィヴィが口を開いた。
「D!!」
「そゆこと」
「でもなんでそんなのがこの船に――!!」
 まさかヴィヴィと同じように密航していたとでも言うのだろうか?
 とヴィヴィがそこまで考えた時――苦悶の悲鳴がデッキの方から響いた。
「ムーチェ!!」
「あいよ、ヴィヴィちゃん」
 全くタイプも人種も異なる二人――。
 かたつむりと紫陽花のように――。
 風と鳥のように――。
 二人の体が跳ねるように部屋を飛び出しデッキに向かう。

 そのリズムが僅か数日の内に合って来ていることに未だ気づいてなかった。


4.

「まいったね、どうにも」
 太く逞しい唇から吐き出された吐息が大気の中に消えた時、ムーチェ・フラッグの姿は既に人間の物ではなかった。
 デッキに降り注ぐ月明かりが、金属特有の冷たい輝きを放つ漆黒の身体を照らし出す。全身を鋼で覆い隠したムーチェの隣にはまだあどけなさを残す少女の姿があった。
 少女はその勝気な瞳をギラつかせ眼前の光景を見つめる。波が足元を濡らすことにも気づかずにただ目の前のことを受け入れる。
 少女――ヴィヴィは子供の頃からそうだった。
 一つの命が抗うことも出来ずに消えていく瞬間から目を逸らさない。
 二人の耳に届く、波の音、命が終る音――そのどちらも闇の中に消えていく。目の前で命が一つ消えたという事実を残したままで。
「ヴィヴィ、飛び出すなよ」
 普段は飄々としているムーチェからは想像できない鋭い声だった。
 ヴィヴィが頷くと、船乗りの屈強な体からまた軋む音が響く。
「分かってる、もう死んでることは分かってるぜ、ムーチェ」
 僅かに震える声でヴィヴィは答える。
「覚えておくといい。こっち側で生きてくってことはこれを何度も見ることになる」
 だらりと船乗りの腕が虚しく揺れた。まるでバイバイと手を振るように。
 それでも容赦することなく、船乗りに絡みつく透明なゼリー状の何かがその身体を締め上げる。闇の中でもその姿がはっきりと分かるほどに発光し、透き通った姿を晒す何か。
「透明なアナコンダみたいだな、これは」
 死体にグルグルと巻きつく蛇のような細い体躯、その観察を続けながらムーチェは間合いを取る。
「ムーチェ」
 目の前を見つめたままヴィヴィが呟く。
「こいつさ、こないだ私につっかかってきた船乗りなんだ」
「ああ」
「はっきり言えば嫌いなんだ。母さんや姉様のことを馬鹿にした」
 言葉と共に一歩、ヴィヴィが前に踏み出す。
「ヴィヴィ、それ以上前に出るな」
「でもさ、ムーチェ」
 また一歩、ヴィヴィが踏み出した時、ゼリーの大蛇がヴィヴィに気づいた。
「ヴィヴィ、下がれ」
「そんな奴なのにさ」
「いいから下がるんだ、ヴィヴィ」
「目の前で殺されると腹が立つんだぜ!!」
 ダンという音と共にヴィヴィの身体が矢のように弾ける。
 勢いに任せた防御も何もない本当にただ真直ぐにぶつかっていくだけの疾駆。
 ヴィヴィの考えていることは極めてシンプルな一言、『ぶん殴る』だ。
「ヴィヴィ!」
 叫びと共に脚部の黒甲冑に炎が点火された。そのイグニッションが爆発的な脚力を生む。
 鋼鉄の踵に踏み潰されたデッキ破片が床に落ちるのとほぼ同時にムーチェの拳はゼリーを貫いていた。
 だが、貫いただけだけだった。
「冷静になれ、ヴィヴィ!!」
 貫いただけでは水のような身体を持つゼリーは死滅しなかった。
 再生したゼリーに腕を飲み込まれたままムーチェが叫ぶ。
「ムーチェ!!」
 フレデリックの船体が大きく揺れ、一際強い波が二人を包んだ。
 それはほんの一瞬のこと。僅か数秒のことだった。
 波が消え嘘のように静まり返った時、デッキには二人の姿はない。
 波が二人とゼリーを暗い水面の中にさらってしまった。
「ヴィヴィ……」
 波が消えた後、二人の代わりに立っていたのは女性だった。
 銀髪と黒衣を夜風に靡かせ、憂いを帯びた瞳で暗い水面を眺める。
「ヴィヴィ………候補者の一人……試される……は………探してる……試練の中……新たな……が……生まれる……だから生きて……」
 弱々しい声はムーチェとヴィヴィ同様に波の音に消えていった。


5.


 海が黒い――。
 空の青は周波数の高い青色の光が大気中の微粒子によって乱反射するから、海の青は太陽光線が水中に届き水中にある浮遊物に当って反射した時の色が見えているからだ。深海では闇が深くなればなるほど光は消えていく。
『あいつならこういう時に甲冑が海に浮くのかなんて言いながら笑い転げるかもしれない……』
 深海へと沈んでいくムーチェ・フラッグが思い出していたのはプルトニウム運搬船ツキシマの乗組員だった親友のことだ。
 いい奴だった。
 人間とDという種族の垣根などないと教えてくれた。
 馬鹿みたいに真直ぐで――。
 本当ならば、ムーチェの妹と挙式をあげるはずだった。
 ツキシマが消息さえ絶たなければ――。
 朦朧とした意識の中、浮んだ親友の顔がヴィヴィの顔に切り替わる。
『ヴィヴィ……』
 ガントレットに包まれた手の中にはヴィヴィの小さな手が握られていた。
 波に飲まれた時に握ったまま離さなかったおかげで何とか離れずに済んだようだ。
 力加減からヴィヴィが意識を失っていることはすぐに分かる。暗い海の中で離れてしまえば助かることはなかっただろう。
『まずいな』
 自分の呼吸は水中でもしばらくは問題なく持つが、ヴィヴィはまずい。
 両足に力を込めれば、デッキを蹴った時と同じように脚部の甲冑に小さな炎が点火の後、気泡が射出された。イグニッションが再び脚力を生み、水底に引きずり込もうとする力を振り切ろうとしていた。これを何度か繰り返せば海面に上がれるはずだ――。
 しかし、ふと、その身体の重みが急激に増す。
 まるで濡れた砂袋を持たされた時のようにずっしりとした重みがムーチェにかかる。
『おいおい』
 すぐに分かった。その重みが何なのか。
 これは水分を含んだ死体の重さ――船乗りの死体を取り込んだままのゼリーだ。
 水底に引きずり込まれようとしているのをムーチェにしがみつき必死で耐えていた。原始的な思考は未だに重荷となる屍骸を手放させないようだ。
『奴さん、しぶといね』
 グッと握り締めた左拳。
 小さな炎がガントレットに点火された。
 放たれたロケットのような一撃。それが狙ったのは船乗りの死体だった。
 水中で威力が落ちているとはいえ、十分に人間の身体を打ち抜くことができる。
 拳は皮膚を突き破り胸骨を砕く。
 胸部を拳で貫かれた船乗りの死体。
 拳が開けた穴から黒に近い緑色の血が飛び散った。
 深海100フィートで流れた血は緑色に見える、それは太陽光線のうち赤い色光が届かないからだ。
『水圧で粉々になれ』
 殴られた勢いで海底に向かって吹き飛ぶ死体。それを取り込み巻き付いているゼリーも引きずられて光のない世界に沈んでいく。
 あのゼリーが何だったのかは分からない。だが二度とムーチェ達の前に現れることはないだろう。
 水底に沈んでいくのを見送ると再びムーチェは水面を目指す。
 何としてでも船に戻らなければならない。
 そして確かめなければならない。
 ツキシマの船員がどうなったかを――。
 そして――ヴィヴィを死なせるわけにはいかない。
 ぐったりとしたままのヴィヴィの身体を抱き抱え、もう一度強く水中でイグニッションする。
『死なせるかよ』
 本当は当に気づいていた。
 朦朧とした意識の中、親友の顔がヴィヴィの顔に切り替わった理由に――
 放っておくことができない理由に――。
 無鉄砲で馬鹿で単純で真直ぐで――。
 それがどうしても重なって見えてしまっていることに――。
『死ぬなよ、ヴィヴィ』
 二人を照らす光が目の前に見えていた。


                                





 
 


我楽多幻想交響楽団


『ギチギチ』

○あまり本編に関係ない人物紹介

秋田県湯沢/中西幸一(22歳・フリーター)


 深夜二時のコンビニ、レジに立って来もしない客を待っていた時、妙な音を聞いた。
「ギチギチギチギチギチギチギチ……」
 二年間、コンビニで夜間バイトをやっていて初めてそんな音を聞いた。
 耳障りな蟲の鳴き声のような音だった。
 なんだ――そう思った時には音が消えた。冷ケースの音か何かかと思った時、
「ギチギチギチギチギチギチギチ……」
 再び、そんな音が聞こえてきた。
 どうにも気味が悪い。
 音が聞こえてきたのは隅の冷ケース前であり、やはり機械か何かの音かとも考えたがどうにも生っぽい。生き物がたてる声のように思えた。
 ちょうど、隅を映してる防犯ミラーには何も映ってない。
「ギチギチギチギチギチギチギチ……」
 だが、あのギチギチという粘着質な音だけは聞こえてくる。
 どうにも不安が背筋を這い上がってくるような気持ちに駆られ確認してみることにした。

 

 

 

 いた。

 

 

 


 子供が一人。
 野球帽をかぶった背後から見ても色白と分かる子供だった。
 冷ケースに並んだジュースをジッと見つめている。
 なんでこんな時間にと思った瞬間、子供が振り返った。

 

「ひっ……」

 


 子供の顔を見た瞬間、思わず声が漏れる。
 そんな俺の姿を、子供の白目と黒目が逆転した瞳が見つめていた。
 真っ白な瞳が左右に動く。
 ついで不自然に真っ赤な唇も左右にぎくしゃく動き、


「ギチギチギチギチギチギチギチ……」


 あの音が響いた。

 

 俺が戸惑っている間に子供は出口に向かって歩いていく。
 開いて閉じる自動ドア。
 その音だけが妙に響いて聞こえた。
 しばらくあの音は忘れられそうにない気がする。



第二回『ゴボゴボ』

○あまり本編に関係ない人物紹介

(秋田県湯沢/中西鏡子22歳・フリーター)




 私がシャワーを浴びていた時、排水溝からゴボゴボという音がした。
 酷く耳障りで清潔感の欠片もないげっぷみたいな音。
 特に違和感を感じることもなく、水の流れる音かなと思った瞬間――。

 

 


 足元から真っ赤な水が逆流してきた。
 ぬらぬらとさび等とは思えないほどに生々しい血のような赤。
 むせ返るような匂いが鼻孔まで届いた瞬間、悲鳴がアパート全体に響いたことは言うまでもない。

 


 数日後、業者の検査で排水溝に小動物の屍骸が何十匹も詰まっていたことが分かり、私はそのアパートから引っ越した。詳しいことを聞く気にはならないが、未だに原因は不明らしい。


 

第3回『ギシギシ』

○あまり本編に関係ない人物紹介

(秋田県湯沢/中西靖男20歳・フリーター)


 

 


 ギシギシ――。

 ああ、今日も――来る。


 布団の中で僕は耳を塞ぐ。


 ギシギシギシギシ――。


 段々と近づいてくるいつもの足音。
 アパート中の誰もが知ってて気づかないふりをしてる音。
 知ってしまった瞬間、何かが変わってしまうことを確信させる音。


 ギシギシギシギシギシギシ――。


 どうか早く朝になってください。


 ギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシ――。


 どうか、どうか、どうか、どうか、どうか、どうか、どうか、どうか、どうか、どうか、どうか、どうか、どうか、どうか、どうか、どうか、どうか、どうか、どうか、どうか、どうか、どうか、どうか、どうか、早く。


 ギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシ――ガチャ。


 早く朝に。



第4回『ガサガサ』

○あまり本編に関係ない人物紹介

秋田県湯沢/中西正子 45歳・主婦)



いつも通りに生ゴミを捨てに地区の集積場に行きました。ゴミを捨てようとした時、おや?って思いました。
私達の住んでいる街では半透明のゴミ袋の使用が義務付けられているのですが、他のゴミに混ざって黒いゴミ袋が置かれているではありませんか。
そこからはなんとも言えない悪臭が漂ってくるのです。
誰がこんな物を――。
そんなことを考えながらゴミ袋に手を伸ばした瞬間――。

黒いゴミ袋の中でガサガサと何かが動いたのです。

まるで袋の中で苦しんでいるかのような弱々しい動きでした。
目の前で動くゴミ袋を見つめていることができず、生ゴミを放り捨て私は逃げ帰るように走り去りました。


その後、袋の中身がニュースで流れましたが見なくて良かったと心底思いました。






 

『犬杉山センチネル』
Chapter-1/R (序章ノ壱/再)〜魂の21グラム〜



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『犬杉山センチネル』

”僕たちは目覚めてく”

守りたいもの、叶えたい願い、贖罪、
地方都市、犬杉山で繰り広げられるそれぞれの戦い。
己の運命を切り開け。

 

Chapter-0 (犬杉山案内のしおり

Chapter-1 (序章ノ壱)

Chapter-2 (序章ノ弐)   

Chapter-3 (序章ノ参)  

Chapter-4 (序章ノ肆)

Chapter-5 (序章ノ伍)    

Chapter-6  (序章ノ陸)   

Chapter-7  (序章ノ漆)

本編

Chapter-8 (壱章ノ壱:芹沢克己)

Chapter-9(壱章ノ弐:仁内京)

Chapter-X(?)

【生存者数→0】


”永劫の螺旋は終らない”

Chapter-1/R (序章ノ壱/再)〜魂の21グラム〜 1
【現在生存者数→101710人】 



 
 

『犬杉山センチネル』Chapter-1/R (序章ノ壱/再)〜魂の21グラム〜


【犬杉山市犬杉山町 現在生存者数:0→101710人

 夢を見た。酷い夢だった、としか形容の仕方が無いほどに、汗が体から露となって落ちるほどに、全身の産毛が天を向くほどに、激しいブリザードの中で立ち尽くすような凍える寒さを感じるほどに、まるで現実に起きたことのように、それは限りなくリアルな――悪夢だった。
 夢の中で親友や知り合いが大勢死んだ。
 犬杉山という二面性を持った町の秩序と空気はテンペストの中で狂い、壊れ、乱れ、荒み、その機能と昨日までの姿を失った。
 知らず知らずに暴力を根源とする大きなエクストリームに飲み込まれ、昨日まで近所だった者たちが武器を取り合い殺し合い、犯し合い、血肉と死臭の世界が出来上がった。
 『芹沢克己』は力を使い果たし、友に願いを託し死んだ。
 『一一』は友との約束を果たす志半ばでその命を終えた。
 『皇涼』は地獄の悪鬼も泣きながら逃げ出すような凌辱の中で命を落とした。
 『殺姫初生』は――『佐東優希』を守れなかったことから、発狂の果てに大勢の人間の命を奪い死んだ。
 『御堂草介』と『琴音』が死んだことは一の死を看取った時に聞いた。
 他の仲間たちがどうなったか分からない。
 市内最強と謳われた暴力坊主『重久重松』も、虎王と呼ばれた剣聖『三笠山出月』も死んだ。
 大勢の人間が、あまりにも多すぎる人間が、死ぬべき理由もない人間が死んでいった。大きな力の流れには誰も逆らうことは出来ず、飲み込まれていった。
 止むことのない銃声と獣声が途絶え阿鼻叫喚の血宴が終結した時には、音も声も命も消えてしまっていた。
 全てを飲み込み貪る破壊のヴォルテックスが消え去り、その出口に立てたのは三人だけしかいない――。
 誰もが望んだ平穏と
静けさは全てが死に絶え齎された――それがこの事件の結末だ。
 根こそぎ荒らしつくされたような、何も残らない瓦礫の荒野。そこに立った男は昇る朝日を背にただ呟く。
『知っているか』
 ただ、そう言った。
『人が死ぬ瞬間に体重が21グラムだけ減ることを』
 その男はただ語りかける。孫に御伽噺を聞かせるように、旅人に唄を送るジプシーのようにただ語る。
『20世紀初頭、米国の医師マクデゥーガルは、危篤状態の患者を精密な秤の上に乗せ、死の瞬間の体重の変化を計測した。その瞬間、秤の目盛りはわずかに動き、21グラムだけ軽くなった。無論、見解は当時も支持されなかった。その重さは体からガスが抜けていくからだ、と』
 思い出そうとしても男の顔が浮んでこない。まるで最初からそこにいなかったような錯覚さえしてくる。
『その魂の重さを集めることができないかと考えた男が一人いた。21グラムを何十万人、何百万人から集められないかと考えた。そして男はそれを実行する為の器を作った。君はどう思う?八千草和弥。21グラムを君は信じるだろうか。後、何度君にこの問いをすればいいだろうか。君は答えることができるだろうか』
 そこで男の姿がフェードアウトしていく。
『君は知っているか。その答えを――私に教えて欲しい』
 そこで悪夢は終わった。
 拭いきれない嫌悪感の中から八千草和弥はゆっくり目を覚ます。
 少しぼんやりしたまま青いレースのカーテンを開けると、そっと差し込む優しい朝の光が眩しかった。いつもと変わらぬ毎日が始まる――でも、それは、これで何回目だろう?
 一瞬、ほんの刹那だが、そんなことを考えた。しかし、意味のない疑問はすぐに消えた。
 何も変わらぬ朝、母が台所で包丁を刻む音が響く。変わらない、いつもと何も変わらない。そのことに首を傾げた。理由は分からない。だがきっと、友人の芹沢克己ならこう言う。
『俺がクリームパフェを食べる。そのことに理由はない。それは訳もなく苛立つのと同じだ。理由のないことも世の中にある。あまり悩むな』
 と、口元だけでフッと笑うだろう。いつもと同じように。
 そんな克己のことを思い出し、和弥は学校でノートを返す約束になっているのを思い出す。
 思い出した、思い出したのに――そのノートはもう一生、渡すことはない気がした。そんなことを考えた自分に首を傾げながら、ゆっくりとパイプベッドから起き上がり制服へ着がえる。
 そして、まだ目覚めたばかりの重い身体を引きずりながらキッチンへ向かう。
 いつもと同じだ。今日も一日が始まる。今日も一日が始まる。今日も一日が始まる。今日も一日が始まる。今日も一日が始まる。今日も一日が始まる。今日も一日が始まる。今日も一日が始まる。今日も一日が始まる。今日も一日が始まる。今日も一日が始まる。今日も一日が始まる。今日も一日が始まる。今日も一日が始まる。今日も一日が始まる。今日も一日が始まってしまう。
 階段の途中で和弥は動けなくなる。身体が、指先が嵐の中にいるように重く冷たい。重苦の中であえぎ続けているようだった。
 それでも、和弥は『そんなことはない』――と、その言葉を頭の中に浮んだ言葉と同じ数だけ呟き階段を降ていく。
 キッチンへ行けば、まだ若い二十代前半ぐらいの女性が朝食を作っている。均整の取れた肉感的な体つきに母性を感じさせる。
「あら、おはよう。和弥」
 義母であるスズカは、やんわりとした明るい笑顔を浮かべる。いつも通りに。
「あ、おはようございます。スズカさん」
 寝ぼけまなこでテーブルにつく和弥の前に味噌汁がおかれる。湯気が薫りおいしそうな匂いが目を覚ましてくれるようだった。
「こら、ちゃんと母さんって呼びなさい」
「はいはい」
 少しはにかみながら二つ返事で味噌汁をすする。
 ふと見たテレビのニュースでは、真北であった暴走族の抗争事件が報じられていた。
「今日帰りは早いの?」
「ないよ。放課後の戦闘訓練もミーティングだけだし」
 味噌汁を飲みながらご飯をかきこむ。
「じゃあどっか食べに行こうか?」
 スズカがクスリと笑うと和弥も笑う。
「あ、手抜き」
「何言ってるの。こんなこと滅多にないんだから。遠慮しないで好きな物頼みなさい」
「はいはい」
 和弥は二つ返事をしながらも朝食を食べ、それが終ると立ち上がり食器を片付ける。
 スニーカーを履いて玄関口に立った時、ふと夢の中のことを思い出す。
 スズカも親友達と同じように命を落としていたことを。
 複眼のような大きなサングラスの男に抱きしめられたまま、微笑んだ後、燃え尽きるようにその命を――。
 ドアのサムタ−ンに触れたまま和弥の動きが止まる。
「どうしたの?」
 見送ろうとしたスズカが不思議そうな顔で和弥を見つめていた。
 なんでもないはずだ。なんでもない、そう何の意味もない不安だ――和弥は自分にそう言い聞かせ笑顔を作る。
「ううん。何でもないよ。行ってきま〜す」
「気をつけてね」
 といつも通りのやり取りの後、玄関から出て学校に向かう。和弥の自宅から学校まで十五分、犬杉山中学校はほぼ町の中心にある。犬杉山市はどこにでもある小さな地方都市で、真北と呼ばれる開発区域を中心とした大小の町で成り立ち、商店街をメインとした犬杉山町もその一つであった。しかし、それは表の顔に過ぎない。
 町に吹く優しい風や町全体の暖かい雰囲気と裏腹に、犬杉山町内は異能や裏事に関わる人間がほとんどだった。
 金物屋の一家は壊し屋であったり、宅配屋はゲッタウェイドライバーだったりする。担任の教師にいたっては欧州の魔術師教会で修行した魔術師だ。何故そんな者達ばかり集まったかは定かではないが、犬杉山ではそんな人々がこれと言ったもめごとを起こさず、ごくごく普通に、学校や会社、一般社会の中に溶け込み生活している。それは皆がこの町の雰囲気を愛し大事にしているからだ。根底に抱えられた想いがこの町独特の呼吸や優しい風を作り出している。それが犬杉山町の持った二面性だった。
「おーい!和弥!」
 商店街を抜けて、民家の点在する国道沿いを歩いていた和弥が呼び止められた。
 後ろから二人乗りした赤い自転車が走ってくる。乗っているのはクラスメイトの二人だった。
「あ、ジロさん、涼。おはよう」
 自転車が和弥の横で止まった。
「おっす。和弥」
 そう言いながら、馬鹿みたいな金髪の頭をした少年が笑う。稲花二郎のいつもと変わらない笑顔に和弥も笑顔で答える。
「うむ。おはよう、和弥」
 ポニーテールの凛とした顔つきの少女が自転車から降りた。皇涼。二郎と同じく和弥のクラスメイトでいつも学校に行く途中で会う。本当は毎朝リムジンで学校に通ってもいいほどのお嬢様だが、そういうのが嫌いらしい。その分、子分の扱いされる二郎が苦労するわけだが涼のことが好きな二郎には何の問題もないだろう。二郎は普段から露骨なほど涼への好意をアピールしているが、涼はそのことに全く気づかない。涼にも好きな相手がいるからだ。それでも二郎は諦めていないらしい。
「和弥、今朝のニュース見た?見た?」
 二郎が道端で世間話をするおばちゃんのような口調で、手をパタパタさせた。
「うん。暴走族の抗争でしょ?」
「そうそう。あれって絶対ダムドが犯人……」
 二郎の腹に涼の肘鉄がめり込む。セロリをまとめてへし折るようないい音がした。普段から体術を鍛えようと努めている涼の力は予想以上の威力がある。普段から怠けようと努めている二郎には予想以上に効いただろう。
「町内会で、ダムド、スレイヴ……こちら側の世界についての発言は控えろと言われているはずだ」
「ご、ごめん……涼。愛の制裁ってか」
 もう一度セロリが折れるような音が響いた。引いていた自転車を倒し二郎が悶絶するのを無視して和弥と涼は歩き出す。いつものことで慣れてしまっている。
「涼さん、相変わらずジロさんに容赦ないなー」
 涼が『うむ』とさも当たり前のように言うと、追いついた二郎は得意げに笑う。
「へへへ、これもまた愛……ぐは!!」
 涼の裏拳が二郎の鼻っ面にめり込む。
「あれ?草君たちは?」
 と和弥に問われて、二郎は鼻の頭を抑えながら呟く。
「ああ、後から来るっしょ。一はちっと機嫌が悪いね」
「あ、そっか……もうすぐ命日だもんね……」
「そ、琴音は学校さぼりそうだけどね」
「一君は……?」
「どうだろね、まぁ、あいつは給食になればくるでしょ」
 涼は一のことを考えたのか、少しうつむいた。
 いつも涼を見ている和弥は知っている。涼が好きなのは一一(にのまえはしめ)だからだ。何故、知っているかと言われれば、二郎と違って言葉にはしないが涼が露骨なほどにアピールしているのもある。
 和弥はキュッと痛む胸を押さえた。いつも感じている痛みのはずなのに慣れることはない。
「どうした、和弥」
 涼の涼しげな瞳がジッと和弥を見つめる。
 静だった湖面が嵐の中で乱れ荒れ狂うように、それだけのことで心臓が脈打ってしまう。
「ううん、なんでもない」
 そう言って和弥は照れた顔でそっぽを向いた。涼には何のことか分からなかったかもしれないが二郎だけは『ありゃりゃ』と苦笑いを浮かべていた。
 それも、またいつものことだった。
 それなのに涙がこぼれだしてしまうのは何故だろうか――。


【犬杉山市犬杉山町:八千草和弥、皇涼、稲花二郎→学校へ移動。現在生存者数:101710人



犬杉山センチネルChapter-1/R (序章ノ壱/再)
〜魂の21グラム〜A


【犬杉山市真北裏路地 現在生存者数:101492人
 どんな街にも朝日が届かない場所、光を拒む場所、日常の死角とも言うべき場所が存在する。
 光も当たらぬような暗く淀んだ路地裏で何かが蠢いた。それが男だということは、日常から闇の中に一歩踏み出し、男の腕が届くほどに
近づかなければ分からないだろう。
 その姿は奇妙としか形容できない。金髪の半分は長髪、もう半分は虎刈りという嫌でも目立つ姿なのに、闇のシェードは隠すようにその
姿を覆っている。むしろ闇が守っていると言った方が適切かもしれない。ここで闇に潜んでいなければならないほどに男は衰弱していたか
らだ。
 異常なほどに吹き出た汗が、闇に染まったような黒いジャケットをぐしゃぐしゃにしていた。男はその重苦と苦渋に満ちた顔に流れる汗
をハーフフィンガーグローブで乱暴に拭う。針金みたいな長い手足が小さく動くのがまるで痙攣しているようだった。
「くそ、くそ、このグラスホッパー様がこんなことで――」
 唇が千切れるほどに激しく歯軋りをしながら、鈍重なイメージを連想させる声で呟く。
グラスホッパーは定まらない思考でぼんやりと昨夜のことを思い出していた。

【狭間市開発特別地区】
 蒼い月が綺麗な夜だった。グラスホッパーには好きな物が三つある。
 人殺し、女の下着、蒼い月だ。
 今宵の月の輝きはグラスホッパーの心を高揚させるには十分だった。
 高揚した時のグラスホッパーは本能的な衝動で女が欲しくなってしまう。
 何故、女やその下着が好きかは自分でも分からない。
 アジャスター、ストラップ、上カップ、下カップ、バック、土台布、サイドボーン、カップくり、フック、フックアイ、全てが芸術だ。
 現在のブラジャーが発明されたのは1912年のイタリアでのことで、マリイ・クロスビーが、コルセットを切り離し、胸当ての部分だ
けを単独の下着にすることがきっかけだった。なお、ブラパットを入れるブラジャーを発明したのは日本人だ。ブラジャー、それがたまらなく、たまらなく、好きだ。誰もがグラスホッパーの異常思考を理解しないだろう。嫌悪するだろう。だがグラスホッパーはそれでいいと
思っている。他人に好かれる為に自分の嗜好を変えることほど愚かなことはない。
 女を嬲りながらそのブラジャーを剥ぎ落とし胸が顕になる――その瞬間に最高のエクスタシーを感じる。特にプライドが高そうな雌臭く
て体つきのいい女がいい。
 そういう女の羞恥に満ちた表情も好きだし、その一挙一動が自分の野生や欲望をを満たしてくれると感じる。これから犯されプライドを
砕かれ壊されていくことに対する絶望感も好きだ。
 自分が狩る者であることを自覚するのも最高に気分が良い。最高に最高に最ッ高にハイになる。ハイでハイでたまらなくなる。さながら、自分を中心に世界が回っているような、何もかもが思い通りに動かせるような、自分だけが特別であるような、世界中が自分を肯定してくれてるような陶酔感が足元から脳天までを突き抜ける。その感覚が最ッ高にハイということだ。
 それ故にグラスホッパーを女を犯すことを楽しみ戦利品である下着を狩る、そして、その夜も用事がてら獲物になる女を捜していた。
 獲物を探す場所は狭間市と呼ばれる大都市の開発地区であり、人気もほとんどない。
 人気がないながらも、丹念に獲物たりえる好みの女を探し、乾いた靴音を開発地区の路地裏に響かせる。
 結局、その日は獲物が見つからず、絡んで来たのはスーツ姿のサラリーマン風の男、チーマー、暴走族、グラスホッパーにとってなんの価値もないクズだ。
グラスホッパーはただそこにいただけという理由でそのクズどもを殺した。実に容易なことだった。歩くよりも容易い、呼吸するよりも単
純なことだった。
 ただ、拳を突き出せば触れた物は自然と壊れる。特殊な力でもない。ただの純粋な暴力だ。生まれつき、チャクラと呼ばれる気門が解放
されているグラスホッパーは人間がセーブしている筋力を当たり前のように使うことが出来る。跳躍すれば誰よりも高く、殴れば誰よりも
強いと自負していた。少なくとも上の存在を知るまでは。ケチがつき始めたのはその頃だ。
 結局、夜が更けてもグラスホッパー好みの女もハントできなかった。
 とりあえず、適当にそこら辺に通りかかった女を犯して殺して遊ぼうかと考えていると、待ち人が来た。スーツ姿の男が路地裏の入り口
でジッとグラスホッパーを見つめている。
「待っていたぜ、案内人」
 グラスホッパーは蒼い月を背にした男に語りかけながら、足元のクズどもを踏み鳴らし近づく。
「知っているか?月の力の影響を」
 案内人と呼ばれた男は唐突にそんなことを語りかける。
「新月の夜は犯罪や交通事故が増加する。また女性の月経も、平均が28日周期と、月齢に近いことも月の影響ではないかと言われている
がそれは違う」
 男が何を言っているのかグラスホッパーには分からなかったがただ背筋から汗が流れた。
 危機感を本能的に悟っているのに、何故、この男のことを知っているような気がして離れることができないのか不思議だった。
「科学的に考えてみても、重力や潮汐力などは確かに人間に何らかの影響を与えるかもしれない。だが、正しい物理学の知識に照らし合わ
せてみると、意外にも月の影響というのは小さい。そもそも重力は、距離の二乗に比例して弱まる。潮汐力にいたっては、距離の3乗に反比例する。潮汐力は距離だけでなく対象とする物体の大きさにも比例する。『海水のまとまり』に対しての潮汐力は潮の満ち引きを起こすほど大きくなっても、一人の人間に与える潮汐力を計算してみると野球のボールが人間に与える潮汐力よりも小さくなる。さらに、生理周期に関しても、人間以外の哺乳動物の平均生理周期を調べると、チンパンジーが36日、マウスが4日、ウシが14〜23日、ブタが18〜24日と
なっている。少なくともこれを見る限りでは、人間の28日周期はたまたま、偶然の結果としか判断のしようがない」
 闇のせいで男の顔がはっきりと分からないが笑っているようにグラスホッパーには見えた。
「だが、月は不思議と気分を高揚させてくれる。蒼月の美しさに魅入られそうなほどにいい夜だ、グラスホッパー」
 スーツの男が静かにそう言った。勿論、グラスホッパーもそう思う。月はいい。殺しはいい。女はいい。最ッ高という奴だ。
「ゲームに参加したい」
 グラスホッパーはそう言いながら足元のクズの頭をつかんだ。
「俺にはその力はあるが資格はない。参加資格のエンブレムをよこせ」
 エンブレム、それは力の象徴たる魔神器。伝説的なエンチャンターが魔力を込めて作った物であり、それを手に入れれば神すらも平伏す
力が手に入るという。グラスホッパーがそれを知ったのは所属していた傭兵部隊でだった。そして、ゲームとはそのエンブレムの所有者が
集い戦う祭典だと知る。
 グラスホッパーは欲する。己より上の存在に出会った時に知った、己の無力さを克服する力を。
「欲しいのか?」
「ああ」
「やるわけにはいかない」
 そうセンチネルは言った。
 グラスホッパーが感情のままにクズの頭を壁にめり込ませると、めこりという音と共にコンクリートにクレーターができあがる。
「どうすればいい?」
「欲しければ奪え。参加人数は12人。お前がその一人になればいい」
 スーツの男はグラスホッパーに向かってリストを投げる。
「お前の魂の21グラムを見せろ」
その言葉の意味は分からないが、もっともシンプルな答えは既に導きだしている。
「簡単なことだ」
 クズを捨ててリストをキャッチするとグラスホッパーは禍々しく笑う。純然たる悪意を隠すこともなく。ただ邪悪に笑う。最ッ高の自分
を想像して。


【犬杉山市真北裏路地】
 グラスホッパーにとってゲーム参加者になるのは簡単なことだったはずだった。
 それなのに、今は理由の無い不調にあえぐ有様となってしまっている。
 グラスホッパーの頭の中に記憶が存在する。それは全く別の記憶だ。
『おいおいおいおい。このゲームがエンブレム所有者どうのこうの戦いだと思ったのか?ん?ばかだねぇ。エンブレムなんてのは最初から
お前等を釣る為の餌なんだよ』
『お前はさ、どっちにしろ死ぬんだよ。何万回でもな』
 グラスホッパーの頭の中で自分自身が何度も何度も惨めに殺されていく。同じことを何度も繰り返し殺されていく。何故、自分の中には
っきりと場所も音も思い出せるようなリアルな記憶があるのか理解できない。気持ち悪い。限りなく気持ち悪い。
 身体を這い回る悪寒がこのまま動くなと告げている。このまま動けば死ぬことになると。
「くそくそくそくそ!!」
 自分は狩る者。その自負があった。グラスホッパーは震える身体で立ち上がる。
 エンブレムを手に入れればこの身体も治るはずだ――そう信じて。


【犬杉山市真北裏路地:グラスホッパー→移動 現在生存者数:101410人






犬杉山センチネルChapter-1/R (序章ノ壱/再)
〜魂の21グラム〜B

【犬杉山市赤鎖工業高等学校 現在生存者数:101410人】
 その日もいつもと変わらない毎日が来て、いつもと同じように終っていくはずだった
。特別なことも特になく、生徒達は必死で黒板の文字を追って、教師達は神経をすり減らし無事に一日を終えるはずだった。
 誰もがそう信じていた。誰もがそう思っていた。根拠のない安心感を刷り込まれてい
た。個性を殺した喪服の集団の中で、子供達は大人になっていく。
 本当に重要なことも知らず、生きる術も習わず、どう使うのか分からない知識を今日
も教室で教え込まれる、それが日常だった。
 だから――怖いものが分からない、知らない、気づかない。非日常が隣で息をしてい
ようと、混ざっていようと、嘲笑っていようと分からない、知らない、気づかない。
 いとも容易く、呼吸するよりも、笑うよりも、歩くよりも、簡単に簡単に簡単に、非日常
は校門から校舎を見つめ授業開始の予鈴に耳を澄ましていた。
「いい鐘の音だ。こう、学校の鐘の音ってのはどうしてこう澄んで聞こえるかねぇ」
 そんなことを呟きながら、ギターを肩に背負った少年は両手を広げた。
 伸ばしたその両手にはチェーンのシルバーアクセ、シンプルなディラードジャケットの下
にフーデッドスウェットを着込んでいる。学業の場には相応しくない姿だが、この少年のとってはそんなことは全く関係なかった。場違いどころか、元からそのようなカ
テゴリーの中にはいない。
 ふいに校舎の中から悲鳴が響く。授業開始後の静寂を突き破るようにけたたましい絶
叫だった。それを聞きながら少年はフッと笑う。
「ロックは閉塞感の中から生まれる自由を愛する心――ってか」
 そんな意味の分からないことを呟きながら、少年は手にしたギターをかき鳴らそうとした。
「おおーい、ビリー」
 ビリーと呼ばれた少年はギターの弦に触れたその手を止める。
「ビリーってば」
 校舎の方から声をかけられ、そちらを見ると一階の窓から身を乗り出し、金髪の少女
が手を振っていた。ダボダボのサテンフードジャケットを纏っているが、かなり華奢で小柄な少女だった。ビリーと呼ばれた少年の顔つきがどちらかと言えばシャープな
のに対し、どことなく人懐っこくニコニコと楽しそうだ。
「聞こえてんよ、カノン・ザ・トリックオアトリート」
 その声と笑顔に気づきビリーがそう言うと、少女は窓からポンと何かを投げた。転がる『それ』をビリーは靴
底で止める。まるでサッカーボールを無造作に扱うようだった。
「そっち終わったのかい?」
 ビリーは少女が投げた『それ』をつま先で蹴り上げながら尋ねる。ビリーが『それ』を蹴り返
すと少女はそれを片手でキャッチし、お手玉のように宙へ放り投げた。
「ういうい。こっちは完全に皆殺しだよ」
 人差し指だけでクルクルと『それ』を回しながら笑う。
 少女は『それ』を――人間の首を、女性の生首を、まるでボールでも投
げ捨てるように、ポンと放った。元音楽教師だった女性の首はコロコロと机の上を転
がっていく。最後に辿り着いた先には肉塊が無造作に転がっていた。
「ねぇ、ねぇ。ビリー。ボスが来る前に少し学校見てこうよ」
「そっか。カノンは学校とか始めてだもんな」
 カノンと呼ばれた少女は尖った耳をパタパタとさせながら頷く。
「うん。給食食べたいし、プールも入りたい!」
 『お前なぁ』と呟きながらビリーは溜息をつく。
「いいけど、ちゃんと人間どもをぶっ殺してからだぜ? 仕事は仕事。ステージ中ってのはプレイ
に集中するもんだ」
「大丈夫だよ。職員室と一階は全員殺したよ

「二階はどうだ?」
「執事のお爺ちゃんとぐっさん達。けっこう盛り上がってるみたい。たーちゃん、お腹減って
るって話しだから人間を何人か食べちゃうかも」
 ビリーは『うん』と頷いて少し考える。 だいたいのことは想像できるが問題はない。
 『独眼射手(サジタリウス)』の二つ名をもつ、執事こと『レイゼンビー・ザ・ブラッドカルナバル』も上にいるなら尚更だ、コードのミスは在りえない。
 そもそも、大事なのは演奏しきること――どこで誰がどんなことをしていようと主から与えられた命令を全うすればそれでいい

「じゃあ問題ねぇやな。適当に一階に降りた奴も殺してくれや」
「ういういー。ビリーもちゃんと仕事してね?」
 ビリーは校舎の一階、入り口から飛び出そうとしてくる男子生徒に気付く。
 わけも分からず虐殺される生贄だ。そのことは気の毒には思う。やはり中は地獄だろ
う。地獄以外に例えようがないだろう。それは分かってる。
 しかし、どんな理由があろうと逃すわけにもいかない。入れるわけにもいかない。
 ここはこれから始まる虐殺の拠点と成り得る場所、最高にピーキーなビックバ
ンドにはいかしたステージが必要不可欠だ。
「わーってるよ、わーってるての」
 相槌を打った瞬間、ビリーと擦れ違った男子生徒達の身体は銀の煌きと共に――。
「分かってんぜ、ロックの神様に誓ってよ」
 肢体がバラバラとなり宙を舞った。降り注ぐ血と肉片の雨の中、『ウルフビリー・ザ・ギターヴィリーヴァ』の手にしたギターのクールな音が鳴り響
く。
「ピーキーにシャープによ。一曲、派手におっぱじめようや」
 これはまだ十万人の命が奏でる前奏曲に過ぎなかった。

【犬杉山市赤鎖工業高等学校:虐殺中 現在生存者数:101199人


犬杉山センチネルChapter-1/R (序章ノ壱/再)
〜魂の21グラム〜C


【犬杉山市犬杉山町壬生区】

 
 それは絶対にして覆すことのできぬ予め決められているプログラムのような物。
 避けることも逃げることも叶わぬ物――御堂草介はそれに立ち向かえたことを後悔していなかった。
 壁にもたれた草介の背後で金属と金属をぶつけるような音が聞こえてくる。。
 その崩壊を告げる音が響くと床や壁に亀裂が生じていく。無数の罅割れは建物事態の崩壊が近いことを告げている。神の怒りを受けた聖書に記された町のように跡形も消える定めだ。
「琴音……」
 呟く草介の体にも無数の亀裂が生じ、その赤黒い傷口からは夥しい血が流れている。腕、足、腹、全てが致命傷だった。
 それでも、その腕の中で瞳を閉じる少女のことを離す事はない。
 強く、強く、抱きしめ、もう二度と――離れたくはなかった。
「やり遂げたよ……琴音」
「ン……ソウ」
「ギルガメッシュは……」
「ん。多分、粉々に吹き飛んだ」
「そっか。僕たち、勝ったんだね……」
 瞳を閉じたまま少女が呟くと草介はその髪をそっとなでる。
「ごめんね、琴音。本当は琴音だけでも生きて欲しかったのに……」
「ん。気にするな、ソウ。目的どおり複合結界に穴も開けたし電子機器の支配も解いた。私達のしたことでこの町の人間が助かるならそれでいい」
 キュッと琴音の小さな手が草介のシャツをつかむ。
「長かったな、ソウ」
「そうだね。うん。長かったよ」
「死ぬときは一緒だ」
 ゆっくりと草介は頷く。
「うん……みんな待ってるかな」
 克己が死んだ――。
 初生も死んだ――。
 犬杉山最強と言われた重松も未来を繋ぐ為に死んだ――。
 死村家の男達も守るべき者の為に死んでいった――。
 皆、自分の為すべきことの為に死んでいった――。
 琴音と草介もまた同じだった。
 結界で街中が分断され電子機器も乗っ取られ混沌とした状況の中、為すべきことのの為に命を賭けた。
 その代償はあまりにも大きかった。
 ここまで多くの仲間達が死んでいった。
 残る敵は三人――そして、その先で目覚めようとしている大いなる悪意、無謬の神。
「あとは一が何とかしてくれるよ、琴音」
「ん」
 琴音が呟いた時、崩れる校舎の破片がパラパラと雨のように降り注いだ。
「琴音……あのさ」
 草介は腕の中で琴音の力が急速に失われていくのを感じていた。ロウソクが溶けていくように、命の焔が燃え尽きようとしている。だが、それは草介も同じことだった。
 後悔はない、それは琴音も同じだろうか。
 二人で闘い抜くことを誓った時からこうなることは覚悟していた。
 このまま死ぬ――そのことに対する恐怖も不思議とない。
 ただ気持ちを言えないまま死ぬのは嫌だった。
 ずっと言えなかったことを今更ながら口にするのは遅すぎるかもしれない。
 だが、今、言わなければいけない気がした。
 だが、今、伝えなければいけないない気がした。
『僕たちの命は、未来は、誰かに決められたものなんかじゃない!!この町は、この世界は一人一人の想いが作り上げたものだ!!』
 誰の言葉だったかは思い出せない。ただ、その言葉が草介の心の中に刻み込まれ草介の心を突き動かす。
 この気持ちが予め決められていた通りであってたまるものか――。
 この胸の震えも痛みも何もかも、誰かの決めたものなどではない――。
 草介自身のものだ――。
 今までの積み重ねた思い出が音をたて崩れたとしても――。
 自分の足で今日を歩いていける。
 間違いや擦れ違いを繰り返したとしても自分の意志で生きていける。
「琴音、僕は……」
「ん……」
 弱々しい声で琴音は草介に答える。
 いつものアルカイックスマイルで草介は琴音を抱きしめ微笑む。
「琴音のこと、ずっと好きだった」
 次の瞬間、琴音の返事を待つことなく二人の体は落ちてくる瓦礫の下に消えていった。
 二人の肉片と血だまりも降り注ぐ瓦礫の下に飲み込まれていく。
 ……。
 …。
 ゆっくりと夢から覚めていく。
 まるで生まれ出でる子供が恐る恐る世界を初めて確認するときのように、ゆっくりとその赤い瞳が闇の中で開かれた。
 真っ暗だった。底なしの闇のように黒い夜のように何もかもが飲み込まれている。
 闇の中で手を伸ばせばすぐそこに草介のぬくもりがあった。それが皆野川琴音を安心させる。
 布団の中から顔を出すと陽光が部屋の中を満たしていることに気づいた。
 今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。今日も朝が訪れる。
 魂の21gを集める為だけに今日も朝が訪れる。
『知っているか』
 夜の終わりの瞬間、あの男は言った。
『人が死ぬ瞬間に体重が21グラムだけ減ることを』
 その男はただ語りかける。孫に御伽噺を聞かせるように、旅人に唄を送るジプシーのようにただ語る。
『20世紀初頭、米国の医師マクデゥーガルは、危篤状態の患者を精密な秤の上に乗せ、死の瞬間の体重の変化を計測した。その瞬間、秤の目盛りはわずかに動き、21グラムだけ軽くなった。無論、見解は当時も支持されなかった。その重さは体からガスが抜けていくからだ、と――』
 あの男が語った言葉が真実だとしたら――。
『その魂の重さを集めることができないかと考えた男が一人いた。21グラムを何十万人、何百万人から集められないかと考えた。そして男はそれを実行する為の器を作った――』
 十万人、何百万人から集める為に朝が再び繰り返される。
「ソウ……」
 隣で眠る草介の身体を抱きしめた時、真紅の瞳から涙がこぼれた。
 ずっと今までのことは夢だと思いたかった。
 何度も繰り返される死と再生はただの夢だと。
 だが、琴音は確かめてしまった――。
 何度も繰り返され、その絶対記憶に刻まれる夢が夢でないことを。
 きっかけは些細なこと――本来は聞くはずのない言葉が草介の口から出てきたことで夢と認識することができなくなった。
 決まったように動くはずだった運命のレールから、繰り返されるパターンから外れることができたのは草介のおかげだった。
 草介が作ってくれたこのチャンスを無駄にしてはならない。
 この螺旋を断ち切らなければならない。
 魂の21gが何千万人分の命から集まりきってしまった時、この町に朝はもう来ない。
 だから行かねばならない。
 大切だと思う人たちの為にも――。
 思いを伝えてくれた草介の為にも――。
「……私もだよ、ソウ」
 琴音をこの繰り返される悪夢から目覚めさせるきっかけになった言葉の返事を返す。
「嬉しかったよ」
 いつも通りの無表情などではない心からの笑顔を浮かべ、隣で眠る草介の前髪にそっと触れた。そして、その額にゆっくりと口付けする。
 軽く唇が触れるだけのフレンチキスだが、それは生まれてはじめての口付けだった。
 胸がトクントクンと音を奏で白い頬をほんのりと染め上げる。
 誰よりも琴音自身が自分の感情に驚いていた。
 それは誰にも心を許すこともなく、ただ人を殺す為だけに製造された琴音にとって初めての感情だった。
 琴音は少しの間真っ赤なで俯いていたが、ジッと草介の寝顔を見つめ呟く。
 憂いと切なさが瞳に宿った時、琴音の小さな唇が言葉を発する。
「さよなら、ソウ……」
 それが別れの言葉だった。
 たった一人で闘いに向かう琴音から草介への最後の言葉だった。
 思い合うが故に擦れ違い、失くした物も足りない物も側にあるのに――二人は別れていく。

 

【犬杉山市犬杉山町壬生区:皆野川琴音→移動:現在生存者数:100212人

 



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『シガイ・ターンライフ』

○人物紹介

・四外符人……グラインダーディガー(墓荒しの左手)
・羽鳥ナビスコ……探偵助手
・死村一三……殺戮式、死村第六位・甚六(じんむ)
・工藤坂帳……ザ・ブラック・スリー(破滅兆候)

第一回  第二回  第三回    第四回    第五回 第六回   第七回 第八回  第九回  第十回  十一回


 




屈折恋愛物語『ナチュ!』

学生アパート/人物紹介
・糸子規想宇→ダメ人間。学生アパート二階。
・御堂草介→巨人またの名を仏陀。学生アパート二階。
・皆野川琴音→無表情無口なコロポックル。学生アパート二階。
・山田先輩→キャベツ。ふけ顔超人。学生アパート一階。二年生。
・七三→本名不明。比較的常識人(軽く情緒不安定でオタク気味)。愛読書は水木しげる。学生アパート二階。
・???
・???
・???


第一回:『上野クリニックなら大丈夫!!』

第二回:『ストーカーなら大丈夫!!』

第三回:『魁なら大丈夫!!』

 

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