『タンポポ』



私のすぐ隣で寝息をたてる君。
朝起きて最初に、庭にいっぱいに咲いたタンポポと、君の寝顔を見れるのは幸せだと思う。
優しい朝の光を纏った君の横顔。
そっと君の柔らかな前髪に触れると、ハラリ。
すべらかな黒髪が指から滑り落ちる。
私とたった一つしか違わない君。
私の可愛い弟。
きっと君は私に気づかない。


「ねーね、帰り遅くなるね」
「あ、部活?」
いつも通り、君と二人で向き合い朝食を食べる。
両親は朝早くから出勤して残されたのは私と君だけ。
そんなことにもいつのまにか慣れてしまった。
「大会近いんだよ」
「そっか。気をつけて帰ってね」
「うん、大丈夫」
トーストをかじりながらニカッと弟は笑う。
あ、タンポポだ。理由も分からずそう思った。
その笑顔があまりにも可愛らしくて、目線をそらしサラダを食べる。
直視なんてしてられなかった。
きっとまともでなんかいられないから。
「あ」
君がクスクスと笑った。
悪戯っ子のような表情みたいでやっぱり可愛い。
「ねーね、お弁当ついてるよ」
「あ……」
伸びた細く白い指が私の頬に触れた。
ドキリと心臓がふいに高鳴る。
君のうすい子供っぽい唇がパンくずを――。
きっと、君は私の気持ちになんて気づかない。
こんなの全然普通じゃないってこと――私だって分かってる。
それでも――。

身支度を終えて私たちは学校に向かう。
「ねぇ、ねーね」
「ん?」
朝焼けの土手を二人で歩く。
並んで咲いた蒲公英のように。
それはずっと、昔から、そして、これからも。
「オレ、そろそろ部屋移ろうかな、って思って」
「え――?」
「そろそろさ、ねーね離れしないと」
そういって君は笑う。
「そっか。そうだね」
そういって私も笑う。
分かっていた。いつかこうなること。
タンポポだっていつまでも咲いてるわけじゃない。
いつかは綿毛になって飛んでくんだから。
「ねーね、さびしい?」
「バカ」
私は少しだけ嬉しかった。
君に意識されてるような気がして。
きっと君は気づかない。そのまま綿毛は飛んでいくのだと思う。
それでも――いい、そう思った。
私の少し先を歩き、君は手を振る。
「ねーね、おいてっちゃうよ?」
「あ、待ってよ」


今だけ、タンポポ。


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