『我楽多博物館』
本編とあまり関係ない人物紹介
・僕……上司を殴って会社を首になる。わりと普通の人。
・彼女……僕を追い出す。ナイス判断。
『スタンディング』
会社を辞めてしまった、社会人二年目。 彼女から結婚を切り出された二ヶ月前。 上司のことをぶん殴った二時間前。 彼女にしばらく帰ってくるなと言われた二分前。 スーツとネクタイを脱いだ二秒前。 交差点の人ごみに飲まれていく、二十五の秋。 どうしたもんかと思いつつも、鬱屈と暗澹で彩られた波が打ち付けるように押し寄せてくるわけでもなく、以外にも、夕暮れ時の人波を歩くと驚くほどに体が軽いことに気づいた。十字の真ん中で歩みを止めると、自分の脚が、沸き立つ細胞の一つ一つが、ゆらいで、わめいて、叫んで、寂しさの靴音の中にありながら、そこにしっかりと立っていること、今いる足元を確かめている気がした。 それは不思議な感覚だった。 数えたらきりがないほどの夜を重ねてきたけど、いつも僕は僕の答えも道も見つからず伸ばした手に 朝日が宿るのを待っていて、どうせ、朝日が訪れるなら目を閉ざして眠ったフリをしてる方が簡単だと知っていた。やり過ごしてまう方が無問題なことばっかりで、損得の言い訳を自分に言い聞かせてそれが大人の賢いやり方と主張してきたわけで、正しいとか間違ってるとかナンセンスでたった一秒を生きるためにはそんなものは必要ないと思ってた。 なーんて。青臭い。それをどうこうしてどうなる。 そんなこんなをどんだけ考えたって感じたって僕は何も成長してないし、悟ってなんかない。 僕は僕の二十五年間の魂を捨てきれるはずもなく、ただ少しだけ『こんな自分でいいんですか、いいんですよ』と肯定してあげることができるようになっただけであって、『それってすげぇ成長じゃね?』とかなんかそんな風に思うけどきっと他所様からみたら、そう、なんでもない、どうしようもないんだろうと薄々気づいてる。それだってきっと意味も何もないことではなくて大いなる一歩を踏み出す前進――でもなればいいのだけど。
結局は僕の背中を押すのは僕自身であって、どうにかしていくしかないわけであって、それでもどうにかまだ僕は僕をやめないで生きてるわけであって、きっとこれからもそうなんだと思う。
だからどうだって言われれば、ただ目を開き、足元を確かめ、指先に力を集め、そう、本当に動き出すとき一番熱いのは指先ということを感じながら、点滅の始まった道路の向こうへ走り出す二秒前。もう一度彼女に電話する二十分前。
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