『スーパーライト』


 メンソールは炭酸の味がする。弾けて消えるあぶくの味だ。
 吐き出せばフッと消えてくのに、匂いだけがスカートに染み付いて取れやしない。
 突き刺す九月。グラウンドの声が遠く聞こえる季節。
 図書室で参考書を開いて、少し汚れた眼鏡をセーラーの裾でこする。
 もう走ることのない代わりに髪が伸びた。
 もう合わないコンタクトで酔うこともない。
 私の信じた精神論は死んだ。神も死んだ。ロックも死んだ。
 でも新しい敵が生まれた。
 『己の敵は内より生ずる己自身』――なんて素敵な精神論。
 きっと、自分より強い相手と出会わなかった幸福の王子のお考えに違いない。
 いつだって敵は現実だ。才能と努力のいたちごっこ。勝つのはいつも決まってる。少なくとも私に限っては兎を追い抜くことはできなかった。
 『叶わない夢なんて見てるんじゃないよ』、なんて言ってしまうのは戦う以前に放棄した負け犬の嘲笑だけど。
 でも、凡人がつかめる物なんて、手が届く狭い範囲だけで。
 たったそれだけのセンチメートルで何がつかめるって言うんでしょ。
 少なくともあそこで目指すものには、指先すらかすめることもなく。
 私の夏は終わった。太陽は死んだ。蝉は死んだ。私も死んだ。
 でも煙草を呑む趣向が生まれた。
 『人は何かを失くし何かを手に入れる』――なんて素晴らしいお言葉。
 きっと、何かを失うことで手に入れる物なんて本当に欲しい物なんかじゃない。所詮はオルタナティブだ。
 もう戻れない場所で新しい季節が始まっている。
 私はメンソールを片手に参考書を捲る。
 メンソールは炭酸の味がした。弾けて消える淡い泡沫の味だ。
 吐き出しても出てくるのは煙ばかりでなんでか涙がこぼれた。

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