我楽多博物館


『セツナさいくる×13』

○あまり本編に関係ない人物紹介

セツナさいくる12までのあらすじ&人間関係地獄絵図スパイラル。



○芹沢克己……佐東さんが好きな無口なシャイボーイ。ドラぽんと一つ屋根の下で暮らす内に互いの気持ちに気づき受け入れてしまう。一応、中学生。


○佐東優希……克己君の恋人。名門、佐東家次女。克己君とはぎこちないフレンチな関係。浮気を知りながらも克己を許してしまったが為に色んな人が苦しむことに。一応、中学生。


○一一……克己君が好きな♂。通称、ウニチビ。涼、克己、初生の幼馴染。克己への気持ちを抱えたまま涼と付き合うことになり苦悩。掛算九九と二桁の暗算ができないダメっ子。体育倉庫で克己を襲った所を涼に目撃されてしまう。一応、中学生。


○殺姫初生……一、克己、涼とは幼馴染。一と涼の関係を内心で望みつつ、疎外感を感じていた所、運悪く大好きな一三と実の兄弟と知りどん底へ。一の言葉で助けられ、それでも一三が好きだと結論を出したものの、涼とはギクシャクしたまま。一応、中学生。


○皇涼……佐東と敵対する皇の血族。一が好き。でも初生も好き。意外と乙女チックだったり強情だったりする困った人。一が克己を好きだと言う事実に気づく。一応、中学生。


○皆野川琴音……アルビノのチビッコ。施設で克己と一緒だった過去がある。克己との関係を誤解した義弟とギクシャク……してたが押し倒され吐血。一応、中学生。


○ドラグウェル・リンプビズキット……海外留学生。『グレートキャット北部及びニャイルランド諸国連合』出身。通称ドラぽん、もしくはドラ衛門。苦難の果てに克己と結ばれる。最近は何故か酸っぱいものばかり食べたり、急に嘔吐したり、体つきが女性的になってきたり。すっかりデレになりアマアマベタベタ。一応、中学生。





『涼のこと避けてるみたいだけど、上手くいってないの?あいつ、マジムカつくよね。たいして可愛くもないのに』
 授業中にそんな手紙が回ってきた。差出人はクラスメイトの今まで仲良くもない女子生徒だった。ついつい初生の溜息が漏れる。
 手紙に書かれているのはただの嫉妬だった。
 文武両道、名門皇家の血を受け継いだ由緒正しい家柄、スタイルの良さに伴った凛とした立ち振る舞いとお世辞抜きで見目麗しい顔立ち――。
 色黒で胸も小さければそれほど可愛くもなく、男女と馬鹿にされる初生と大違いだ。確かに涼は嫉妬されても仕方がないかもしれないが、こういうコソコソした真似は苦手だった。
 手紙をくしゃりと丸めると初生は窓の外を眺める。
 苦手な科学の授業も上の空――。
 ぼんやりと窓の向こうに広がる雨の犬杉山を見つめながら――。
 どうしてこんなことになってしまったのだろうと考えていた。
 一一。皇涼。殺姫初生。
 子供の頃からずっと一緒でこれからもそうだと思っていた。
 それを壊してしまったのは初生自身だと言うのに――。
 雨降りの午後、気分は憂鬱だった。
 夕暮れにはこの雨はやんでしまうらしいが心の中は晴れそうになかった。
 いつだったろうか――。
 子供の頃、涼と一緒に雨上がりの夕暮れを歩いたのは。
 こんな日はついついそんなことを思い出してしまう。
 そんなことを思い出しても仕方のないことなのに。
 もう子供の時とは違う。涼と一が付き合い、三人の関係は変わってしまった。
 一と涼が好き合っている――それは何も問題はない。むしろ、二人が惹かれあうのは当然の化学反応のように思える。
 だが、そこに初生が今までどおりにいるのはどうだろうか――と初生が思い出した頃、いつの間にか涼と初生の化学式は変化してしまっていた。
 涼のことをどことなく避けるせいか二人の間にぎこちない空気が漂いだしていた。
 それは張り詰めた空気のような――。
 薬品同士の反応で爆発する前のような――。
 周囲が不自然と感じるほどだった。
 初生が溜息をついた時、再び手紙が回ってきた。
『初生、一のこと好きなんでしょ?』
 一言だけ、『大バカ』と返事を返し手紙を回した。





 どことなく元気のない初生の元に、涼が訪れたのは放課後のことだった。
 ちょうど、初生が鞄に教科書を詰めていると、ドアが勢いよく開き涼はスカートを翻し颯爽と教室の中に入ってくる。威風堂々、臆すこともなくただ初生の方に歩いて来た。
「初生、一緒に帰ろう」
 ピタリと初生の前で止まり、十四の女子とは思えない凛とした立ち振る舞いで皇涼はそんなことを口にした。その表情はまるでこれから果し合いにさそうようでもある。
 初生もさすがに鞄に教科書を詰めたままポカンとしてしまった。何がそこまで皇涼を駆り立てるのか初生にも分からない。
「ええと、涼――」
 初生が八重歯を見せながら頬をかくとズイっと涼が迫る。
「一緒に帰ろう」
 クラスメイト達の間でどよめきが起こり、『初生が殺される!!』そんな声が聞こえてきた。今の涼はまさに野試合を挑む武士だ。
「う、うん」
 初生は苦笑いを浮かべながら申し出を承諾する。するとコクリと涼が頷く。怒っていても基本的には素直だった。
「うむ、では一緒に帰ろう」
 こうして実に二週間ぶりに二人は一緒に下校した。
 それは初生が涼と距離を置くようになったからだったりする。
 そんなことは女子の間ではよくあることであり、些細なことかもしれない。
 だが初生は何となくそのことに居心地の悪さを感じてもいた。元々そういうことをするのが大嫌いであり、女の腐ったような真似をするのも嫌だ。
 ただ一と涼が付き合うようになってからどうにも自分の居場所が分からなくなっていた。そのせいもありついつい涼のことを避けるような感じになってしまった。
 一緒に夕暮れの帰り道を以前のように歩く初生と涼。
 今までと違うのは二人の間に会話がないことだ。
 決して涼が嫌いなわけではない。子供の頃からずっと一緒だった涼のことは今でも大好きだ。ただ自分が一と涼の隣にいることに妙な違和感を感じ、自分がそこにいる必要のない存在のように思えてしまう。
 そんな気持ちを言えるはずもなく、ただ黙って歩き続ける。
 犬杉山川堤防の土手に差し掛かった時、先に口を開いたのは涼だった。
「午後のまでの雨が嘘のように川が澄んでいる」
 ふと立ち止まり犬杉山川を見つめだした涼。
 それに合わせ初生も川を眺める。
 確かに午後まで雨が降っていたがそれが嘘のように空も張れていた。
 日本の三大清流に選ばれ、一一曰く、『四万十川と互角に渡り合えるぜ』と言われているだけあり、犬杉山川は既に美しい流れを取り戻し澄んだ夕暮れの輝きを映していた。
「あ、あのさ、涼」
 思い切って初生が話を切り出した。
 すると、トン――と涼が初生の背中を押す。
「え?」
 何が起こったか全く理解できないまま、小さく呟く初生の体は犬杉山川の清流の中へ転がっていく。古池や蛙飛び込むなんとやら、視界がぐるりと回った瞬間には、大きな水音を響かせていた。
 初生の褐色の肌を染め上げるように飛沫が高らかに舞い上がる。
 それが夕暮れの水面にパラパラと降り注いだ。
「涼!!」
 水面へ顔を上げた初生が涼の名を呼んだ瞬間、再び大きな飛沫と水が跳ね上げる。もう、本当に何が起こっているのか理解できなかった。
 ゆっくりと、水面に浮んだ涼は、頭から川の中へ飛び込み余すことなくびしょ濡れだった。
 二人の視線が重なった時、どちらともなく笑い声が漏れた。
 それはすぐに子供がはしゃぐような笑い声となる。
 ただおかしくて、おかしくて、二人は笑い合いながら水をかけ合う。
 それは今までの全てを洗い流すようでもあったし、ただ無邪気だった幼い頃のように戯れているように。通り過ぎる時間も流れてく雲も忘れてただ笑い合う。
 笑いあった後、二人は犬杉山川の流れに身を任せ水面を漂い空を見つめていた。
「つまらないことなど気にするな」
 その一言で十分だった。何を言いたいのか初生にも分かり、少しの間だけ瞳を閉じた。
「ごめんね、涼」
 謝る初生の顔を見つめ涼が微笑む。
 いつもの凛とした表情では考えられない穏やか表情だった。
 濡れて潤んだ瞳に初生は少しだけドキリとさせられる。
「謝るな。何度も言うが私は一も初生のことも好きだ」
 照れも何もない、真直ぐな言葉だった。ストレートなだけ破壊力がある。
「真顔でそういうこと言われるとなんか照れるのですが」
 照れた初生は真っ赤な顔で頬をかく。
 性格的にこういうのはどうにも苦手だった。
「私はちっとも恥ずかしくないぞ」
 そんなことを言いながら得意げに涼は笑う。
「何度でも大声で叫んでもいい。私は初生が好きだ!!」
 ふいに涼は大声でそんなことを叫ぶ。
 初生の中の恥ずかしさメーターが振り切れそうだった。
「ちょ、涼!?」
「好きだぞ、初生が。短い髪も子犬みたいな笑顔も、八重歯も褐色の滑らかな肌も、控えめな胸も――!!」
「やめ、やめて、涼!!ご近所で噂になるよっ!?」
 大慌てで涼の口を塞ぎ、何とか黙らせる。
 以前の涼は自分の気持ちを口にするのは恥と考えていたはずだ。
 一体、誰の影響で――と考えてすぐにあのウニ頭が浮んできた。
「涼。誤解してるかもしれないけど、本当に私はウニ頭のことが好きとかそんなんじゃないからね」
「初生……」
「私がいると一と涼がまたぎくしゃくしないかなって思い込んでただけだよ」
「そんなことない!!」
 強くはっきりと涼はそれを否定すると、初生は『うん……』と弱々しい声で頷いた。
「そんこと全然ないんだって思ったら余計寂しくてさ」
「あ……」
 大事にしたいなら触れなければいい――初生はずっとそう思ってた。
 自分がそこにいなければ心の中で変わらず、ずっと大事にできると――。
 涼と一から離れなければならないと――。
「でもさ、今までの関係とかそういうのが壊れたって大丈夫――って、今は思えるよ」
 ニッと、子犬のような笑顔を浮かべ初生は涼の瞳を見つめる。
「私の涼に対する気持ちは変わらないもんね」
 迷いも何もそこにはない。ただ真直ぐないつもの初生の瞳がそこにあった。
 誰が何と言ったって、この気持ちはきっと変わらない。
 どんな物が化合されても絶対に揺るがない。
 涼が初生ことを好きなように、初生は涼のことが好きだ。それはこの先もずっと同じだ。
 その初生の気持ちを感じ取ったのか、涼は少しだけ声を震わせる。
「初生……」
 呟いた涼の瞳から涙がゆっくりとこぼれていく。
 初生はそれを抱き抱えるえるように慈しみ慰める。
 同時に激しい後悔が襲ってくる。寂しい思いをしていたのは初生だけじゃない。 涼だって初生と擦れ違って寂しかったのかもしれないと思うと胸がズキンとしてくる。
「泣かないでよ、涼」
 そう呟く初生もまた泣きそうになるのを堪えていたがどうにも我慢することができなくて空を見上げ涙を堪える。
 擦れ違って、無くなってそんなありきたりなことを繰り返し――。
 少しずつ変わって行く切なさの中で今日も過ぎていく――。
「あ――」
 赤く染まる空を見上げたまま初生が呟く。
「虹、虹だよ。涼」
 初生に合わせ涼も虹を見つめ『あ』と呟いた。
「虹だ……」
 二人の頭上に架かる七色の光。それは子供の頃から何も変わらない。
 虹を見つめたまま言葉もなく、ただ互いの手を重ね合う。
 重なる気持ちが化合され、新しい何かに変わっていく。
 二人はもうそれを恐れない。好きという気持ちは揺るがない。
 言葉もない二人は子供の頃と同じように、ずっとそうしてた。
 重なって、見つかって、そんなありきたりなことを繰り返し――。
 少しずつ変わって行く切なさの中を明日に向かってく――。




 涼が初生に告白し、ずぶ濡れになって透けた制服のまま二人で抱き合っていたという話が町中に広がるのは後日のことだった。



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