『精液』

 

六月の雨。湿った空気が身体に纏わりついて、ジメジメとした喪服に汗をにじませます。
露は人を狂わせる力があるではないでしょうか。蝕むようにゆっくりと人を狂わせるのです。
私は止まない雨音を聞きながら、お兄ちゃんの膝の上に座っていました。馴れ合う肌と半端な温度が気持ち悪いのに。そして、ぼんやりと大お姉ちゃんの御葬式を思い出してしまうのです。
……。
…。
沈鬱で鬱蒼たる白と黒の世界。
漂う煙の匂いが淀んだ空気に混ざり、黒い服の中に染込みました。
なんで花なんて飾るのかしら、という私の疑問は意味のないことでしょうね。
私は大勢の中で、ただただ祭壇の大姉ちゃんを見つめてました。
一度だって泣くこともせず、さよならも言いませんでした。
黒い縁取りがされた大姉ちゃんはとても綺麗な笑顔だと思います。
おおよそ、感情という物が一片もなく。
お兄ちゃんも、中お姉ちゃんも、小お姉ちゃんも、私も泣きませんでした。
みんな涙一つ流さないセピアのトーキー。
こなし仕事のように、演じるように、てきぱきてきぱきと進み、大お姉ちゃんのお葬式は終ってしまいました。慣れすぎているのですね、私たちは。こういうことに。
誰もいなくなった後、お兄ちゃんだけはずっと、そこで、燃えカスの灰に手を合わせていました。
焼け焦げの骨クズに。
私はただ、黙ってそれを蹴り飛ばしてやりました。
嗚呼、白いのが飛び散ってなんて綺麗だろう。
「……」
白い大お姉ちゃんだったものが畳の上に広がります。
きっと、大お姉ちゃんもこうだったんでしょうね。
そう思うと可笑しくて私は狂ったようにケラケラ笑ってしまったのです。
お兄ちゃんは何も言わず、ただ私を見つめています。
私は狂ったふりをやめるとお兄ちゃんに尋ねました。
きっと、私は淀んだ半月のような瞳だったことでしょう。
「皆、なんで泣かないの?」
お兄ちゃんの膝の上に座り込んで、ただそれだけ言いました。
……。
…。
そして、そこからは言葉も交さず、ただそうしていました。
どれだけそうしていたのかも分からないほどそうしていたのです。
分かっています。分かっているのです。
セキヲキッタヨウニ、ナダレコンデ、シマウコト。
だから泣かないことなんて分かっています。
「いいよ、抱いてよ」
鏡台に映る私は腐った魚の目で、濁った言葉を吐きます。
お兄ちゃんの膝に座ったまま、ギュッと、お兄ちゃんのおちんちんを握り締めました。
ズボンごしなのにドクドクと脈って気持ち悪くて仕方ありません。
「大お姉ちゃんみたいに抱いてよ。どうせ他人なんだし」
お兄ちゃんはただただ、黙っていました。
「ほら、抱けよ!!このちんちんを私に突っ込んでさ!!」
お兄ちゃん。どうか、泣かせるぐらい私を殴ってください。
このまま狂わせてください。全部忘れさせてください。
「……」
「卑怯なんだよ、そうやってさ!!」
吐き出す言葉に意味なんてありません。
分かっているのです、本当は。
「私は……」
言いかけた時、お兄ちゃんが私を抱きしめました。
ただ、ただ、何かの感情を込めて私を抱きしめるのです。
今にも泣きそうな顔で。
「君は泣いてもいいから……」
「そんなこと言わないでよ……」
私はお兄ちゃんのおちんちんを握る手に力をこめました。
「抱いてよ……」
その言葉の後、お兄ちゃんは私の唇を奪い、抱きました。
嗚呼、突き上げられる度に私の液体がお姉ちゃんの灰に混ざります。
それが綺麗だと思うのはいけないことでしょうか?
荒い吐息が六月の空気とお線香の残り香に溶け込んでいくのも、大お姉ちゃんの上で交わるのも、大お姉ちゃんに触れているような気がしてしまったのです。
それは行いに対する自己弁護であり狂ったフリ、一番卑怯なのは私なのですね、きっと。
私はかすれた声で、お兄ちゃんに囁きました。
「なんで泣かないの?」
お兄ちゃんは腰を止めて私を見つめました。
「私だけ泣けるわけないじゃない……」
「泣いてくれよ、僕の分も」
泣いてしまえば、分かってしまうでしょう。
狂ったフリをやめれば、認めてしまうことになるでしょう。
崩れるのが嫌で皆耐えてたことなんて分かっていたのです。
「いいの……?」
ゆっくりと、ゆっくりとお兄ちゃんが頷きました。
ただ、何とも言えない表情を浮かべて。
「泣いていいの?」
お兄ちゃんがもう一度、頷いた瞬間に私は泣いてました。
みっともなく声をたてて、嗚呼、ホロホロと私の中の何かが壊れていきます。
ほぐされれるように、ゆっくりとお線香の中に流れていくのです。
私はお兄ちゃんの分も泣きました。抱かれたまま、ずっと、ずっと。
私の涙とお兄ちゃんの流す白濁が、大お姉ちゃんの白に混ざります。
灰の中にこぼれた二人分の雫は、大お姉ちゃんにまで届くのでしょうか?
「あ……」
私は思わず呟きました。
お兄ちゃんに抱かれたまま見上げた空。
涙で滲んだその先に、狂った季節の終りを告げる青が広がっていました。
小さく私の唇が声を震わせます。
弱く消えそうな言葉を空に向かって。
それはあの時、言えなかった言葉です。


「さよなら、大お姉ちゃん……」


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