『両性具有』


「出てけ」
「嫌よ、アンタが出てきなさい筋肉ダルマ」
「俺の部屋だ、女狐」
「何言ってんの?私の部屋よ」
狭い室内を分けるように張られたガムテープの境界線。
線の外は一秒も気の抜けない無法の荒野だ。
線の向こうでテレビを眺めてる眼鏡の女は巴里居美紀(ぱりいみき)。
目つきが吊り上がり気味で見た目通りの性格だ。台所の生ゴミのように腐っててきつい奴。
湯澤大学一年。無所属。
一応ここの寮の住人になる。
そして、俺は印度原人(いんわたりはらと)。湯澤大学一年。空手部エース。
になる予定。夢は警察官。もしくは正義の味方。
そしてここ、湯澤学生寮、一年棟200室の住人だ。
「おい。テレビのチャンネルを変えろ」
さっきからくだらない音楽番組ばかり見おって。
「嫌よ」
「俺はNNKの今日の空手が見たいんだ」
「何それ。ダサッ!」
愚かな!空手を馬鹿にするとは。この女狐!
我慢だ。我慢。
俺は手元のリモコンでチャンネルを変える。
「あ!何すんのよ!」
女狐がチャンネルを元に戻しテレビの電源前に本を立てる。
小賢しい!リモコンが効かん!
「……風呂に入る」
仕方なく俺が立ち上がった。
「あ、先入んないでよ。アンタの筋肉から出るエキスが混ざりそうだから」
この女狐……!!
「お前、こっちの線に入る気か?」
風呂、トイレは俺の領域だ。
「いいわよ。外の使ってくるから」
「そうしろ。そして戻ってくるな。そうだ、風呂に入る前に飯だ」
「ああ、私は自分で作るから」
女狐がテレビを見たまま答える。
「おい、俺の分は?」
「台所はこっちでしょ?」
「ぐ……!」
「何?何か作って欲しいわけ?」
「いらん!貴様の料理などいらん!!」
俺は部屋を出たのだった。


なぜ、こんな女と寮生活をしなければならなくなったか。
……手違い。
それだけだ。
それに気づいた時には女子寮はいっぱいだった。
それがこの生活の始まりだった。
こいつに友達がいるとも思えん。
せっかく住ませてやってるというのにガムテープなど引きおって!
愚か者めが!!
しばらくこの生活が続くと思うと、ええと、ゆううつだ。有打つ?優うつ?いや、
漢字でどう書くかは知らんがゆううつとはこういう気持ちだろう。
俺はコンビニで山ほどカレールーを買うと寮に戻る。
「あ、帰ってきたんだ」
「ふん!俺の部屋だからな」
玄関からすぐの半分に仕切られた台所では女狐が飯を作っていた。
「アンタ、ルー買ってきてどうするつもり?」
「見てろ」
俺は風呂場のドアを開けた。
出かけ前にお湯は入れてあるため、湯気が昇っている。
カレーのパッケージを開けた。
「アンタ、まさか……!」
俺は風呂の中に大量のカレールーを入れようとする。
「俺はカレーを食う」
「バカ!あんたおかしいんじゃないの!」
「俺はカレーを食う」
「それは分かったわよ、バカ!」
「食った後に入れる優れものだ。それにバカという方が馬鹿だ、愚か者」
「もういい……何か作ってあげるから」
タメ息の後、女狐が料理を作り始める。
「ルー買って来たならカレーでいい?」
「おう」
包丁で野菜を刻む音が響きだすと俺はゴロンと仰向けになった。
「なにしてんの?何リズムに合わせて上下運動してるのよ」
「見て分からんか?腹筋だ」
「余所でやれ!」

女狐が作ったカレーは意外とうまい。
まぁ、俺ほどではないがいい線いっていると褒めよう。
「アンタさ、夢とかあんの」
カレーを食べながら、突然妙なことを尋ねてくる。
「ある。警察官になりこの世から悪を抹消する」
俺はそう言うとカレーをかきこむ。
「アンタでもあんのね」
「どういう意味だ」
「別にー」
「そういう貴様はどうだ?その性格でお嫁さんなどとぬかすなよ」
「ないわよ」
俺は驚いた。あまりにも冷静に女狐は即答した。
「な、ないのか?」
「なに驚いてるのよ」
「貴様、愚かな奴だな。夢がなければ生きていけないんだぞ」
きっと暗い生活を送ってきたに違いない。
学校では友達もいないだろう。
「愚かで結構。大学なんて就職するまでの逃げ道だから」
小難しいことを。
「探せばいいだろう?夢なんて」
「夢見たって叶うわけでもないし……」
「何もしてない奴のいい訳だな。努力しろ。俺はそうする」
「無駄なことじゃない……叶わないんだから」
「お前、なんだか格好悪いな。夢がないとか言うのは子供の証明だ。愚か者」
「……」
「クールな振りして格好つけるのは簡単だが、何かに一生懸命になったことあるのか?」
「意外だわ……アンタ考えること案外まともなのね」
「ふん。当然のことを言っている」
「……子供頃はあったわよ、夢」
女狐はスプーンを口先でくわえ目をそらした。
「どんな夢だ」
「……終わった夢だけど、画家」
「いい夢だな」
そうか、つまり終わったまま次にいけてないのか。
「同じ夢を追うのも悪くないと思うぞ」
「……あんがと。シャワー借りていい?」
女狐が立ち上がる。
「おう。飯の礼だ。先に浴びろ。待っててやる」
「シャワー浴びるってそういう意味じゃないからね……!!」
「どういう意味だ?」
「どういう意味って……あー!もうこんな生活嫌っ!!この筋肉バカ!」
女狐が突然暴れだす。
しばらく、この互いにゆううつな生活が続きそうだ。


……『寮生・愚・憂』

 

end

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