佐渡間像介はいつも休み時間になると眠ったふりをすることにしている。
誰と話すわけでもなく、何をするでもない、どこに行くわけでもない。三年三組の教室の真ん中列三通り目の席で顔を隠すように頭を下げてただただそうやって時間を過ごす。
関わりあいから生じる変化とか、誰かに変えられなければ触れられなければ傷つくことはない。
友情の交流とか、誰かと換えるものもなければ与えるものも何もない。
言葉のやりとりやコミュニケーションとか、誰かに返る言葉も返される言葉もなければ何もない。
与えられたり教えられたり芽生え生まれるものとか、誰かが孵すものもなければ何も生まれない。
居場所とか世界とか、誰かの帰る場所を羨ましいとも思わないしどこにも行きたくない。
あいつがいればとか、あいつにいて欲しいとか、誰かの代わりになることもなければ必要でもない。
ずっとそうしてきた。これからもそうして行こうと決めている。ずっとこのまま教室の真ん中で眠ったフリをしようと決めている。制服の裾をギュッと握り締めてこのまま一日が終わるまで耐え続ければいい。それだけでいい。それでいい。そこから何かが始まるわけでもない。何かが起こるわけでもない。ただ傷つくのは嫌だ。踏み潰されるのは嫌だ。蹂躙されるのは嫌だ。汚されるのは嫌だ。
佐渡間像介の世界には何もなくていい。真っ黒な世界がただ広がっているだけでいい。空気も、灯りもなにもいらない。それで生きていけなくてもいい。摩擦も重力も必要ない。それで歩けなくてもいい。水も食料も必要ない。それで飢えてしまってもいい。愛や友情も必要ない。誰からも気づかれなくていい。眠っているためだけの世界でいい。
だからこの胸の痛みを消して欲しい。心の中の隙間の輪郭をなぞるような痛みを忘れさせて欲しい。
心の奥のポッカリと開いた穴から吹き付ける風が通りぬける音を消してほしい。一人ぼっちの廃墟で吹く口笛のような音を忘れさせて欲しい。
「佐渡間君ってさ、いつも寝てるよね」
ああ――。
「友達とかいないんじゃない」
知ってる――。
「いつも一人だもんね」
隣に並んだはずの机との距離は三十センチ。
「何かキモイし」
自分を中心にして前後左右三十センチの空白。
「本当はさ、いつも起きてるんじゃないの?」
「いいでしょ、別に。逆にキモくね?」
「そうそう、寝たふりして話を聞いてても何も言えないでしょ?」
佐渡間像介の世界には何もなくていい。真っ黒な世界がただ広がっているだけでいい。空気も、灯りもなにもいらない。それで生きていけなくてもいい。摩擦も重力も必要ない。それで歩けなくてもいい。水も食料も必要ない。それで飢えてしまってもいい。愛や友情も必要ない。誰からも気づかれなくていい。眠っているためだけの世界でいい。
だからこの胸の痛みを消して欲しい。心の中の隙間の輪郭をなぞるような痛みを忘れさせて欲しい。
心の奥のポッカリと開いた穴から吹き付ける風が通りぬける音を消してほしい。一人ぼっちの廃墟で吹く口笛のような音を忘れさせて欲しい。
カメレオンのように周囲に色を合わせることができないのなら、どうかこのまま眠らせて欲しい。
「てかさ、いつまでも眠ったフリが通じると思うなよ?」