『スリーピー・モンスター』



一言、言えれば、言うことが出来れば、そう思う。
俺の手には、夕焼けに染まったチケットが一枚。
最近流行の映画で、魔法少年が魔法学園の教師しながら、未来の仮想現実世界でサムライ
と戦う――それだけ聞くとなんだか意味の分からない怪獣映画で、最後にはなまはげの一個小隊が現れ、宇宙戦争までおっぱじめるぶっ飛び方だ。しかもそれが日本の人気怪獣映画『ガジラ』のリメイクというのだから驚きだ。
怪獣映画ファンの俺としては許せなくもあり、しかもタイトルは『ガジラVS最終サムライ・エピソード4』、まったく興味も何もそそられねぇ。
だが、そんな映画が全米ナンバーワンだったりして――当然、見たがる人間もいる。
俺の隣を歩いているのは志士利島蜜柑(ししりじまみかん)とは、幼馴染の間柄なわけで、映画が好きで片っ端からチェックしているらしい。
それは俺だけが知ってることで――『それだけのアドバンテージを俺は持っている』と高らかに宣言できる関係のわけで、つまりはこのチケットを手渡し、『俺と映画を見にいかないか』と誘えばいい、それだけのこと。そこからは幼馴染卒業だぜ、俺とお前。
簡単だ、言葉を発するだけさ。
それが俺には『できないのか?』と聞かれれば、『いいや、できるね』と俺は言えるはずなのだ。言えないわけがない。 とにかく、言うしかない。さぁ、言うんだ、俺。
『ガジラが町を壊すのを見ながら、ポップコーン食べようぜ』って。
「どうしたの、カボチ君。なんか変だよ?」
と、不思議そうに蜜柑が俺を見つめる。言えません、何も言えません。自分、調子に乗ってました、言えるもんですか、そんなこと。
丸い眼鏡の奥、あどけないのに見透かすような瞳にジッと見つめられるだけで、アドレナリンが異常分泌し、汗が噴出してしまう。誰だって好きな女の子に見つめられれば、耐えられないだろう?
「いつも変だけど、八割り増し変だよ?」
多くありませんか、それは。
「いや、何でもねぇ」
と、俺は短く答えた。
「あっ、そう」
蜜柑は冷たくそう言った。どうやら、あまりいい返答ではなかったみたいだ。
「大丈夫だから」
「てか、心配してないよ」
最悪の返答です。俺はつまらない男です。
言えません、それでもいいじゃない。幸せじゃない、幼馴染というだけで。そう、幸せじゃない、一緒に登下校できるだけで。他に何を望むと言うんだ。
こうして変わらない毎日を過ごすんだ。いいじゃない、最高じゃない。
「そうそう、カボチ君」
ポンと蜜柑が何かを思い出したように手を叩いた。
「ん?」
「『ガジラVS最終サムライ・エピソード4』見たがってたよね?」
この展開はまさか――。
期待を込めながら、俺は答える。
「ん、ああ」
『蜜柑はそっか、そっか』と呟きながら、ポケットからチケットを取り出す。
これはあれですか、蜜柑さん、俺を誘うわけですか。
今、俺の心臓の鼓動はフルアクセルで加速して、コースアウト寸前だぜ。
「はい、これ」
そう言いながら、蜜柑は俺にチケットを手渡す。
「余分になっちゃったからあげるよ」
「よ、余分?」
「今度、クラスの高瀬君と見に行くことになったから」
ひびだ。俺の心に、傷が入るように細かくひびが入っていく。どうしたってんだ、足元がぐらついて立っていられねぇ。
「高瀬ってウチのクラスの高瀬卓士?」
「そうだよ?」
「あの、女顔でどっかクールぶってる高瀬卓士?」
「そうだってば」
おいおいおいおいおいおいおい。
学校内でも有名な美少年じゃねぇかよ、女子だってファンが多いのに、何、こいつ、ちょっと待ってよ。
「あいつ彼女いるだろ?ほら、金髪の小さいの」
諦めてくれよ、頼むから。俺はお前の為に言ってるんだぜ、そうだろ。俺たちは幼馴染だ。そんな強い絆があるんだ。
「あ、別に彼女でも何でもなくて幼馴染だよ?」
蜜柑は少しいらだたしげに言った。俺は悪いこと言ってないじゃない?
「蜜柑って怪獣映画好きだったけ?」
「ううん、嫌い。キモイし。話題だから見に行くだけだよ」
まるで怪獣映画好きが気持ち悪いみたいな言い方だった。
何だよ、それ。何だよ。俺たちの毎日を崩すようなこと言わないでくれよ、頼むよ。
「やめとけよ、あいつ、そんなにいい奴じゃないって」
ついつい口からそんな言葉が出だ。
言ってしまったと、気づいた時には遅かった。蜜柑は足を止めて俺を睨みつける。
「なんで、そんなこと言うの?」
「いや、そのさ……」
言えるかよ、そんなこと。
「カボチ君、なんかキモイよ?」
身体を何かが突き抜ける。
心にできた罅(ひび)は音を立てて崩れてく。
二人で過ごした日々は音を立てて壊れていく。
「てかさ、カボチ君。いい歳して怪獣映画好きとかさ、変だよ?」
ぐにゃりと視界が歪んで蕩けてく。
こいつ、何言ってるんだ、もういいだろ、やめてくれよ、俺が悪かったから。
「いつも勝手に、私の後ついてくるけど、もうそういうのやめにしない?」
なんで、俺がこいつにそんなこと言われないといけないんだ?
「ぶっちゃけさ、前々からキモイと思ってたんだよね」
その目で俺を見るな、見透かすな。
ぐにゃりとした歪みの限界を感じた時――俺の中にガジラが現れた。
俺は蜜柑を路地裏に引きずり込む。
蜜柑は少し大げさに路地裏に転がる。白い、足が、制服から、見えて、喉が、鳴った。
怪獣だ、俺の頭の中にガジラがいる、壊せ、壊せ、と囁き続ける。
「か、カボチ君?」
「蜜柑が、蜜柑が悪いんだからな……」
俺の、両手が、グッと、蜜柑の、その細く、白い首、をつかむ。
壊せ、壊せ、犯せ、犯せ、ブッコロ――ガジラは俺に囁く。
蜜柑の指が、宙で、もがく、口から、涎流してさ、ヘヘヘヘヘヘヘヘヘ。
「なんだよ、俺より、おおお前の方がキモイじゃねぇか」
なぁ、いいのか、壊して。いいんだよな、悪いのは俺じゃないし。
その権利が俺にはあるんだ。あるんだよな、幼馴染だしな。
俺がパッと手を離すと、蜜柑の奴、ガフガフ咳き込んでやがる。犬みたいで可愛いな。
「あああ、っへへへ、ガジラがさ、壊せって言うんだ、壊せって」
「ま、えから……」
蜜柑が咳き込みながら呟いた。
「へへ、謝るのか?」
なら、俺たちはまた幼馴染に戻れるよ、蜜柑。
さぁ、謝ってくれよ。それで、一緒に帰ろう、これからも、ずっと。
「アンタ、のそう、いうとこがキモイのよ!!」
「うるせぇぇぇぇぇぇ!!」
壊せ、壊せ、壊せ、壊せ、暗がりに転がるビール瓶。ガジラ、ガジラ、ガジラ、ガジラ。
殴る、殴る、殴る、殴る、殴る。赤い白い赤い白い赤い白い。
「ハハハハハ……」
俺が、笑いながら、ビール瓶、だった物を、捨てる。
すると蜜柑は立ち上がり、ゆっくりとスカートの汚れをはらう。
そして、俺に向かって頭を下げた。
「ごめんなさい、私言いすぎたみたい……」
「いいよ、俺も悪かったし。大丈夫」
「うん、大丈夫。カボチ君優しいんだね」
少し、頬を赤らめる蜜柑。可愛い、俺の幼馴染。
「気にするなよ、幼馴染だろ」
「うん……」
「映画のチケットが一枚、あるんだけどさ、貰ってくれる?」
「うん……」
蜜柑に、そっと、チケットを、差し出す。
言えた、言えたよ、ガジラ。俺は言え――。
蜜柑が、チケットに、触れた時、俺の身体が、ふいに動かなくなった。
「あ――」
あ。あ。ああ。あ。
気がつけば、変な奴等が俺の身体を抑えてた。青い服の変な奴等、似合わない帽子までかぶりやがって。
何してるんだ、こいつら。なんだよ、その白黒のうるさい車は。
蜜柑は俺と映画に行く約束してくれて――。
「被疑者確保!!」
「確保!!」
なんだよ。
「はい、数週間前に殺害した志士利島蜜柑の遺体を持ち去り――」
何、言ってるんだ。
蜜柑とはいつも通り一緒だったじゃないか。いつも通り学校行って、帰って――。
「行方を眩ましていた被疑者の――」
何、言ってるんだ、こいつら。蜜柑はほら、微笑んでくれてるのに。
なぁ、ガジラ。助けてくれよ。
こいつら、俺たちの日々を邪魔しようとするんだ。学校に言って毎日楽しく暮らすんだ。
こいつら壊してくれよ、なぁ――ガジラ。


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