『マイセン』
 
朝、狭いキッチンで母と私でお弁当を作っていると二階から足音が響く。
今年で高校二年になる弟のフミヨシだ。
フミヨシはパジャマのまま何も言わず席に着く。
いつものことだ。
だから何も言わない。
「ほら、お父さん!ご飯食べて」
私は床をはいつくばるスーツ姿の父に言う。
口からはよだれがたれ目の焦点も合ってない。
ただひたすらに床をこすっている。
「邪魔だ」
「こら!お父さん蹴るな!」
フミヨシが父を蹴り飛ばす。
私がそうこう言ってるとガチャンというお皿が割れる音が響く。
「お母さん。もういいから」
母はぶつぶつとつぶやきお皿を洗い続ける。
言ってもやめることはない。一日中でもお皿を洗い続ける。
「おい。姉貴」
トーストをかじりながらフミヨシがつぶやく。
「なに?」
「なんでもねぇ」
「はいはい。先に学校行くから」
私はそういいながら割れたお皿を片付ける。
さっさと高校に行かねば遅刻してしまう。

私はある程度のことを済ますと着替え、登校をする。
「おはよう。高隅さん!」
私の家の前を通りかかった女生徒が話しかけてくる。
メガネの真面目そうな……。
ええと。
誰だっけ?こいつ。
名前なんてどうでもいいか。
「おはよう」
私が返事を返すと気を許し隣を歩く。
そんなどうでもいいことを適当に話しながら教室に入る。
名前も覚えてないどうでもいい連中だ。
席につき適当に机に中身をつめる。
そのあと一日何してたか覚えてないしどうでもいい。

学校を終え家に帰る。
「ただいま」
キッチンからフミヨシの声が聞こえる。
「よぉ」
私がキッチンに入るとフミヨシはキッチンでタバコをふかしていた。
たいそうなご身分だ。クソ野郎。
キッチンは夕日で橙色に染まっていた。
「学校をさぼったの?」
私なんかよりずっと成績がいいくせに。
「ああ。」
「そう。」
母は相変わらず皿を洗い父は床を擦り続ける。
「あ、姉貴の下着借りたわ」
「あっそう。ソロ活動っつうの?そういうの彼女のですれば?」
「ダルイ女ばっかだよ。一人でマスかいてる方が千倍イケルね。」
「ふーん。あ、タバコ一本くんない?」
フミヨシが私に箱ごと差し出す。そこから一本引き抜き、フミヨシの吸ってるタバコでキスするように火をつけた。
「なぁ、姉貴」
「なに?」
「なんでもねぇ」


翌日のことだった。昼休み、ごちゃごちゃうっとうしくなり始めた頃、教室にズカズカと女生徒が入ってくる。
そして入ってくるなり私の胸倉をつかんだ。
周囲がどよめく。
「アンタ!弟と何してんのよ!」
何もしてねーよ。あのばかまた何かいいやがった。
その後はなすがまま言われるがままだった。
どうでもいいことだった。

「お帰り」
家に帰りキッチンに入るとフミヨシがいた。
「ああ、いたの。」
橙色に染まったキッチンでまたタバコをふかしている。
「なぁ、姉貴……どうしたら狂えるんだ?」
「さぁ?」
「俺たち家族……終わってるよな?」
「別にいいんじゃない。アンタこないだからそれを言おうとしてたわけ?」
私は弟に背を向けテレビのリモコンを押した。
「姉貴!」
フミヨシが後ろから私に抱きつく。
「アンタだけは……姉貴だけは狂わねぇでくれよ……!俺、俺……狂いそうだよ!親父とかお袋見てると……俺……俺……」
こいつ泣いてやんの。私はテレビを切り弟の髪をなでた。
「……私は壊れてるけど狂っちゃいないよ。あ、そうそう、こないだ気づいたんだわ」
鞄を開けペンケースからマジックを取り出す。
「何んだよ」
「見てなって」
私は床をはいつくばっている父にマジックを渡す。
父はそれを受け取るとうめきながら絵を描き始める。
しばらくそれを見つめていた弟がつぶやく。
「姉貴……」
「そういうこと。」
父が描いているのはミミズがのたくったような四人の人間だ。
「俺たちのことわかるんだ……」
「まったくね。狂ってるけどさ」
私の壊れた世界。
弟の壊れかけた世界。
皆の狂ってる世界。
今日も世界は平和だ。

 

end

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