『クロス/イミテーション』

 夢を見た。姉さんに良く似た金色の髪の少女の夢。
 涙を流せない少年の夢。擦れ違う想いが互いを傷つけ合う悲しいだけの夢。それが切なくて僕は目を覚ました。
 朝の涼しい夏風が半分開いていた窓から流れてきていることに気付いた。
 カーテンからの木漏れ日が眩しくて僕はゆっくり瞳を開ける。
 上半身を起こすとまず背伸び。198cmの身体をこれでもかというぐらいに曲げた。
 その時、僕の布団から気持ちよさそうな寝息が聞こえてきた。
「……」
 僕は無言で布団を剥ぎ取る。
「……」
 キラリと――僕のプレゼントしたクロスのネックレスが輝く。
 案の定、布団の中で丸まって眠っていたのは一つ上の義姉の琴音だった。
 義姉はいつも僕の布団の中に勝手に入って眠る。
 部屋に鍵がついてないことをいい事に夜中に枕ごと持って、いつの間にか潜り込んでいるようだ。
 僕としては嬉しいけど、義姉さんとしてはただ寝心地がいいからという理由らしい。
 僕は溜息の後、ジッと姉を見つめる。
 薄いタンクトップのシャツにホットパンツという格好は少し目のやり場に困る。
 真っ白な長い髪に折れてしまいそうなぐらい華奢な体――こうして丸まって寝てると子猫だ。
 あんまり気持ち良さそうで少し起こすのが忍びないが、この人は一度寝かせたらずっと寝てるだろう。
 心を氷にして起こさねばならない。
「姉さん。琴音姉さん。琴音姉さん」
 少し肩を叩いてみる。
「姉さん」
 呼びかけると悩ましげな声をたて義姉さんが目を覚ました。
「ん……。寝て起きた時って何曜日か気になるね」
「日曜だよ。姉さん」
 コクリと義姉さんが頷く。
「ん。ありがとう、ソウ。それから姉さんはやめるように」
 いつも通りの無表情で義姉さんは再びコクリと頷いた。
「ごめん。琴音」
「ん。よろしい」
 姉は布団から起き上がり背伸びして部屋を出て行く。そろそろ海外留学する前に人の布団で眠る癖は直して欲しいところだった。でも直されたら直されたで寂しいかもしれない。
「留学する前に……」
夏の終わりには海外留学――そんなことを考えた時、今朝の夢を思い出した。
いつも通りの朝なのに変な夢を見たせいか、微妙な気分だ。
「届かない想い、擦れ違う想い……か」
 いつも通りなのに、少しだけ切ない朝だった。


 

「草ちゃん〜。ご飯まだ〜」
 着替えてキッチンに行くと出月姉さんが席について待っていた。
 いつものことだが、上は白いワイシャツに下は下着一枚という目のやり場に困る格好をしている。他の姉もそうだが、どうしてここの家の人は皆そうなのか。明らかに僕が男性ということを意識していないと思う。そもそも男と思われている――のだろうか。
「今作るから待ってて」
 僕はそう言いいながら準備を始めると、降りてきた琴音姉さんも出月姉さんの正面の席につく。
「おはよう、琴ちゃん」
 出月姉さんが眼鏡の下の瞳を輝かせ微笑む。
「ん。おはよう、出月姉さん」
 いつも通りの無表情で義姉――琴音は頷く。
「琴ちゃん、出勤前に一緒にシャワー入ろうね♪」
 出月姉さんの言葉に琴音はコクコクと再び頷いた。
 ここで嫌がると出月姉さんが一日中へこんでしまうことを琴音も重々承知している。
 血が繋がってなくても、出月姉さんは琴音を妹のように大事にする。その気持ちを受け止めているのか琴音も出月姉さんの言葉だけには従う。
 しかし、血が繋がってないのは僕も同じだ。琴音姉さんは皆野川琴音。出月姉さんは三笠山出月。僕、草介は御堂草介。
 それぞれ名前を持っている。他の姉も同様だ。家族としては少し奇妙な関係なのかもしれない。それでも僕達はうまくやってきた。そしてこれからも。
 いつも通りに、僕がお味噌汁を作っていると、琴音姉さんがキッチンの隅にあるオーディオのスイッチを入れた。
 すると、キッチンにゆったりとしたメロディーが流れ出す。
『この歌は空を切り裂いて♪どこかで♪廻るように♪巡るように♪リフレインを繰り返す♪レンズの中♪フレーズのエコーが離れない♪』
「あら、琴ちゃん。この曲いいわね」
「ん。風彦君が送ってくれた」
 元クラスメイト名前が琴音の口から出てくる。
「有名な曲なの?」
「ううん。マイナー。彼ははやりは聞かないのがポリシー」
 そう言った琴音の口調は少しうれしそうだった。家族以外にはそんな恐ろしく微妙な変化は分からないだろうけど。
 思わず豆腐を切る形がいびつになる。少し、風彦がうらやましい――と思った。
 僕は知っている。多分、琴音は風彦が好きだ。そして、僕も琴音が好きだ。
 感情を抑え、僕は作った味噌汁を三つ並べるとご飯を盛り付ける。
 出月姉さんは少し多めにもりつける。確か今日は日曜出勤だ。姉さんの働いている総合企業『皇(すめらぎ)』は案外忙しいらしい。忙しいならなおさら、しっかりと食べなくてはいけないと考え出月姉さんの御飯は山盛りになった。
 ご飯を並べ、皆で『頂きます』の挨拶をして食べ始める。これだけはこの家においての絶対だ。
 いつも通り、出月姉さんはまずお味噌汁を飲む
「うん。お出汁がいいわ。グッドよ。草ちゃん」
 お味噌汁を飲んで出月姉さんがグッドサインを出す。
「ん。ソウはいいお嫁さんなれる」
「あんまりうれしくない……」
 いや、本当にあまり嬉しくない。こんな筋骨隆々とした男がお嫁さんだなんて。それに僕は亭主関白に憧れているから。
 僕の言葉に出月姉さんは露骨に嫌そうな顔をする。まるで僕が悪いみたいだ。
「ええ〜!最高の褒め言葉なのに〜!」
「それもうれしくない気が……」
「一ちゃんと克己ちゃんはちょっとシャープすぎて無理かな〜。意外と二郎ちゃんとか?」
 出月姉さんが手当たり次第に田舎の友達の名をあげる。
「そう言えば明日、犬杉山に帰るのよね?」
 琴音がコクリと頷いた。
「あ、出月姉さん時間大丈夫?」
 僕が時計を見ると出姉さんが慌てた顔をする。
「あ、そうだ。シャワ−も浴びなきゃ……琴ちゃんと一緒に♪」
 出月姉さんは急いでご飯をかきこんだ。それでも琴音と風呂に入ることに執着するのはすごいと思った。

 

 

 僕と琴音姉さんは故郷の犬杉山を出て都会の高校へ進学した。
 琴音は海外にいた関係もあって僕と同級生だったりする。
 正直、頭のいい琴音姉さんは簡単に進路を決めたが、僕が琴音姉さんと同じ高校へ通うのは苦労した。
 でも、大学はさすがにそういうわけにはいかない。今まで一緒だった当たり前がこれからは変わっていく。当然のことだ。当然のことなのに。
 そう思うだけで心の中の柔らかい部分がズキリと痛んだ。理由は分かってる。でもそれはどうすることもできない。
 そんな気持ちを抱えたまま食器洗いと洗濯を終え僕は縁側に腰かけ。すると琴音もやってきて隣に座った。
 髪の色と同じ色をしたヘッドホンをしている。風彦のCDを聞いているのだろう。
「ん。ソウも聞く?」
 琴音が僕の視線に気づいた。
「あ、うん」 
「ん。半分っこ」
 そう言うと琴音はヘッドフォンの片方を僕に貸す。
 必然的に距離が狭まり、少し顔が近づいて琴音の甘い香りがした。
『君のモニター♪さらけだして♪熱さだけ♪残したまま♪ここで♪眠る夜に♪消える夜に♪リバースを繰り返す♪レンズの中♪フリーズのエラーが解けない♪』
「琴音姉さ……琴音、なんて曲なの?」
「ん。NOW-HERE」
「NOW-HERE?」
「ん。そう。歌詞から考えると、多分言葉遊びだね。NOWHEREのNOをずらすと……」
「NO-WHERE。なるほど」
 ここにある、どこにもない。そういう意味合いだろうと思う。
 それはまるで――と、そこまで考えて、再び胸が痛んだ。
「琴音は……外国の大学行くんだよね」
 唐突に僕はその話を切り出す。
「進路?ミスカトニック大学?タダらしいしね」
 マサチューセッツと並べられる名門中の名門だ。
 国内特殊選抜推薦、つまりは日本代表ということだと思う。そんな人が僕の隣にいるのが不思議だった。
「そっか……」
「寂しい?」
 ふいに琴音はそんなことを尋ねてくる。
「別にそんなことないよ」
「ん。そっか」
 と、琴音は呟いた。
 言えなかった。僕は。本当は――。
「……いい歌だね、琴音」
「そうだね……ソウ」
 うとうとと琴音が僕の肩にもたれかかってくる。
 柔らかい感触――。
 優しい匂い――。
 琴音はここから、どこかへ旅立っていく。
 僕のいない、手の届かない世界へ。
 言えないことだけど、本当は――傍にいて欲しかった。
「好きだよ……琴音」
 僕はそっと届かぬ言葉をつぶやいた。
 多分、僕がそれを琴音にこの気持ちを伝えることはない。


『あくる日もまた♪一人飛び続けて♪空も越えたら♪誰もいなくなって気づくのさ♪巡り廻り辿り着くのは♪君の傍なんだよ』

 

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