『クラインの壷』


「あら、何かしら」
私がそれを棚の上から発見したのは掃除の時間で、
今までこのクラスの担任をしていて私は全くその存在に気づきませんでした。
それはほこりをかぶった白い壷です。
中身がこぼれないように蓋には新聞紙がしっかりしてありました。
大分、色あせてはいるけど何かマジックで文字が書いてあります。
「きっと生徒のいたずらなのね」
私はふと校長先生に言われたことを思い出しました。
それは昨日の校長室でのこと、
「いいですか?良子先生、貴方のクラスの生徒は学校一の問題児です」
「はぁ……」
「暴れる、教師を教師と思わない、大人をなめきった、まったくどうしょうもない連中です」
校長先生が椅子にふんぞり返ったまま言いました。
「でも、心の底ではきっとあの子達は……」
「信じるのは勝手ですがなめられないでくださいよ」
「は、はぁ……」
「若いからってなめられたら終わりですからね」
「は、はい」
そんなことはない、あの子達はそんな子達ではないと思います。
これだってきっとかわいいいたずらです。
そう思うと校長の発言が憎らしく思えました。


犬杉山中学校の昼休み。
教室の隅になにやら生徒達が集まって何かしている。
「なぁ、一、本当にこんなんでチーズできんの?」
金色に髪を染めた少年……二郎が目の前で作業する少年に尋ねた。
「こうやってチーズはできんだよ」
ツンツン頭の少年が牛乳を壷に入れていく。
「へぇ、なるへそ」
「チーズができたら皆で食おうぜ」
一はそんなことを言いながら容赦なく給食の残りの牛乳を入れていく。
おっとりとした少年……八千草和弥はそれを楽しそうに見つめていた。
なんとなく皆とこういうことをするのが好きなのだ。
「どうせならこれも入れてみようよ(チーズはできないけどね)」
微笑んだ後、天音風彦は給食で残ったヨーグルトを入れる。
「なるほど!ヨーグルトを入れてみるわけか!さすがだぜ!」
一が風彦の行為に感嘆の声をもらす。
「んーとさ、じゃあ、まぜるね」
和弥が箸で壷の中身を混ぜる。
ヨーグルトと牛乳が回転され混ざっていく。
「んで、フタっしょ」
二郎が器用に新聞紙を巻き、輪ゴムで止める。
「おう!なんか文字書こうぜ!」
「えー、何がいい?」
わくわくした顔つきで和弥が考え込む。
「琴音ちーん!なんかいい言葉ないっすか?」
二郎が教室の隅で弟の草介と日向ぼっこしていた白髪の少女に叫んだ。
「……人誅」
「うん。それがいいね。ついでに日付も書いておこうね」
風彦がにっこりと微笑む。
「よーし、後は待つだけだぜ!!」


「何かしら?人誅?」
日付は半年前?
私は蓋を開けました……。
……。
…。
!!
「きゃああああああああああああああああ!!!!!」
私は壷から離れ叫んでいました。
緑色の液体が!緑色の液体が!
教室中に強烈な匂いが広がっていきます。
何!?
何なの!?
これは!?
何の匂いなの!?
気持ち悪さを通り越して、一瞬で人を殺せそうな香ばしい匂いは!!
せ、生物兵器!?
田舎のお母さん、教師になって二年、こんなことは初めてです。
バイオテロです。
「あー、くそ。校長めー!」
「いらいらすんなって、一」
廊下から二郎君と一君の声が聞こえました。
「先生ー!何してんだ?」
教室に清掃に行っていた生徒達が戻ってきます。
まずいわ!!
このままじゃ生徒が!!
「うわぁ!すっごい匂いっすねー!くっさー!って、この匂いはやばいって!!」
二郎君が臭気に気づきます。
「こ、この壷の中でバイオ兵器が……!!」
生徒達が驚きました。
「バイオ兵器!?そんなもん捨てちまえよ!」
「ど、どうすればいいの!?」
私がおろおろしていると天音君が考える仕草をします。
「あ、窓から捨てるのはどうですか?」
微笑んだ後、天音君が言いました。
「そ、そうね。先生頑張るわ!」
「おーし!いけー!先生!」
「ファイト〜」
一君と二郎君が私を応援しています。
そう、生徒は私が守るのよ!
勇気!勇気を出すのよ!良子!
戦うのよ!
やればできる人間なのよ!
私は教師!!
「どらぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
私は力いっぱい、窓から壷の中身を捨てました。
三階の校舎から飛び散った液体が流れていきます。
すると……。
「ぎゃあああああああああああああああぐええええええ!!!!あがあがががあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
ヒキガエルを潰したような声が響きました。
窓の下には……。
でっぷりとした中年が……。
「こ、校長〜!!!!!」
私はなんてことを!!
こ、校長が緑色の液体にまみれて倒れています。
「おー、ありゃ死んだぜ」
「そうだねー、壷投げようか」
一君や二郎君が手を合わせ合掌します。
「ああ、下にいたんだね。知らなかったなぁ」
再び天音君がにっこりと微笑みました。
「しっかし、ひどいもん作るヤツがいたもんだぜ。これはこのクラスに対するテロだぜ」
「まったくですなー」
一君と二郎君がピクピクしている校長を見つめながら言いました。
「でも先生悪くねーよ。」
「そーそー。俺達を守ろうとしてくれたんだからねー」
一君、二郎君……。
「僕、先生のそういう所好きですよ」
天音君……。
こんないい生徒達に恵まれて私は……。
「私…教師になって良かった…。先生……これからも頑張るからね…!」
田舎のお母さん、良子は教師を頑張っています。

追伸:校長先生はその後一ヶ月間お休みすることになりました。

 

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