『カレードスコープ』


 目が覚めたとき俺たちは死に、夢の中に入るとき俺たちは生まれるのだろう。
 そして辿り付いた時、もう俺たちは忘れてしまっているのだろう。
 温もりや暖かさ、思いや希望も。
 少し肌寒くて俺は目を覚ました。
「お、起きたか」
 視界にツンツンとした髪型、子犬みたいな子供っぽい笑顔が映る。
 一は薄手の毛布に包まって大きな瞳で俺を眺めていた。
 思考の配線回路が様々な機能と繋がっていく。
「ああ」
 周囲を見渡せば真っ暗な闇の中に星が瞬いている。
 冷たい夜空に輝く星のカレードスコープだ。
 今夜は琴音達と学校の屋上に星空を見に来たのだった。
「琴音たちはどうした?」
「買出し。少し冷えてきたからな。スープでも持ってくるって」
「そうか」
 そう言うと俺は草介お手製の毛布を羽織る。
「なぁ、克己」
「どうした?眠いのか?」
「ちげーよ。お前こそガキみたいに眠ってたくせによ」
 一は声を弾ませて言った。
「こうして星見るのってガキの頃以来なんだぞ」
「そうだな」
「こうやって毛布くるまって彗星だったけ?流れてくるまで待ったんだよな」
「ああ」
 少し懐かしく感じる。
 随分昔のことを引っ張り出してくるものだ。
 あの時は、確か――。
「そんでさ、お前ってば昔っから無口だからずっと俺から話題振ったんだぜ」
「覚えてる」
「変わらねーよな、俺たち」
「変わった」
「そうか?俺はそうは思わねーけど」
「そうだ」
 一が珍しくため息をつく。
「それって少し寂しいな」
「……そう思う」
「克己、実は少し眠たいだろ」
「ああ」
 一は俺が包まった毛布の中に侵入してくる。
「俺も寝る」
 星を見るのは琴音達に任せ任務から離脱することにした。
「問題はない」
 俺達は身体を寄せ合い一つの毛布で体を覆う。
 一の冷たくなった衣服が肌の体温を奪っていく。
「最近さ、克己……佐東と付き合いだしただろ?」
「あ、ああ……」
 一応、男女交際をしている。最近はその第一歩として交換日記を始めた。
「寂しいなぁって思ってたんだ。お前って全然そっけないし」
「……」
「俺……。俺、本当はけっこうネガリブだから」
「ネガティブだ」
「うん、それだ。それなんだ。克己みたいに強くねぇんだ。皆が変わってくけど俺だけ……」
 俺の肩にもたれかかった一が言う。
 一の呂律は少し怪しかった。
 眠たいのに無理して起きてたからだろう。
「俺は……お前が思ってるほど強くない」
「強いよ。弱いとこ含めてさ。克己は強い。俺は克己みたいになりたい」
 身体が温まり、ゆっくりと温もりが訪れてくる。
 変わらないでいて欲しい。
 それは俺にはできなかったことだ。
 俺にはお前が眩しい。
 真っ直ぐなその瞳で俺を見つめて、バカみたいに俺を信じる。
 苦痛だった。俺はお前が思ってるよりも弱い。
 その瞳に耐えられなかった。
 悟られるのが怖かった――お前の信じてる俺よりずっと卑怯で、弱い人間だと。
 その弱さに気づいて受け止めてくれたお前は、強い。
「一……」
 返事はない。
 俺の横で一は心地良さそうに寝息をかいている。
 それを見計らったように流れ星が闇の向こうに消えていく。
 あの時と同じように一は見逃した。
 寒夜のカレードスコープが見せる温もりは優しくて切ない。
 目が覚めたとき俺たちは死に、夢の中に入るとき俺たちは生まれるのだろう。
 そして辿り付いた時、もう俺たちは忘れてしまっているのだろう。
 この温もりや安らぎを忘れてしまうとしても。
 いずれは消える暖かさだとしても。
 変わりゆく俺たちだとしても。
「お前は……お前のままでいろ」
 俺は隣で眠るイヌ科の一にそう呟いていた

 

end

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