『家系図〜マーダーズ〜』


○今回の人物

燎原地完済(りょうげんじかんさい)……暗殺者。『デラシネ(根無草)』。
久能伊丹(くのういたみ)……殺人鬼。ルーキー。
漆原鏡子(うるしばらきょうこ)……狂人。『ファニーホッパー(跳梁跋扈)』。

藤山麓雄武(フジサンロクオウム)……人間。サラリーマン。
珠喜代羽那日(タマキヨハナビ)……人間。ロッカー。ボーカル兼ギター。



 
 誰にだって生きるルールがある。ボクにだって些細なルールがあってヘアースタイルをいじくるのは三ヶ月に一度と決めている――のだけど。
 変えたばかりのボブカットが気に喰わなくて、早くもルール破りたくて仕方ない。
 残りの期間をこの髪型で過ごすのは少し憂鬱に感じながら、お気に入りの赤いマニュキュアを塗った指先で珈琲を口に運ぶ。
 こうして、週末は喫茶『ハニービー』で珈琲を飲みながら夕刊を飲むのは、ボクのルールの一つでもある。友人にはおっさん臭いとよく笑われるがそれほど気にしてはいない。今更また流行り出したビタミンカラーの服を着ている連中の方がよほど恥ずかしい。流行なんかクソクラエ、夕刊の中に散りばめられた流行すたりに踊らされるつもりはない。大事なのは好きか、嫌いかであり、合わせる必要なんてないと思う。
 『なぁ、そうだろう?』とボクは夕刊の中の三面記事に語りかける。
 『小学生男子連続解体殺人事件』――そこにはそう書かれていた。
 この事件は小学生の男の子を、徹底的に、これでもかというぐらい、パーツごとに分け、額縁につめて送りつけるという事件だ。ニュースは『小指狩り殺人事件』と『小学生男子連続解体殺人事件』で二分され、連日ワイドショーで取り扱われている。ボクは『頑張ってるなぁ』と故郷を離れた友人が活躍しているのを知った時のような誇らしい気持ちで活字を目で追う。犯人の友人としては頑張っていることが自分のことのように嬉しかった。



 随分と前――。
 それは居酒屋で飲んでいた時のこと。
 彼はボクの右隣でこう言った。
『人殺しで食って行きたいんです。自分はプロになりたいんです』
 その言葉を聞いてボクの左隣にいた殺人鬼が嫌な顔をした。
『いつの時代もそういう若者はいるがね。勘違いなんだよ』
 左隣、燎原地さんがグラスを手に笑う。
 燎原地完済(りょうげんじかんさい)さんは三十年以上も人を殺し続け、未だ現役最前線で殺し続けてるベテランだった。
 箸を持つより早くナイフを持ち、歯が抜けるより早く人を殺したという。
『勘違い――ですか』
 と言った右隣、久能伊丹(くのういたみ)君は少し肩を落としたようにも見えたが、瞳の輝きは一片も損なわれていなかった。
 その瞳を見てしまうと、実のことを言えばボクも燎原地さんに同感だったということは口に出来ない。
 両親はボクがほんの子供のころから、人を殺すことがどういうことか徹底的に教えた。それは当時のボクは『両親から買って貰った人形をバラバラにし顔を黒く塗りつぶす』という現在に至る兆候が見えていたこともある。
 そして漆原家の本家から犯罪者が出たことがあるらしく、それも原因のようだった。
 いかにそれが悪いことで社会悪か繰り返し教え、人殺しに成るなら『私達がお前を殺す』とまで言った。
 そこまで言ってくれた両親を手にかけた時は本当に心が痛んだ。
 ボクが初めて人を殺した時、両親は『うちの娘はおかしくなったので病院にいれました』と親戚や近所中に触れ回ったらしい。親戚の医者は未だにそれを信じている始末だ。
 両親はその後もボクを何とか世間には出さないように足掻いたが、最後には疲れ果て、ボクに刃物を向ける結果となった。
 『先にボクを殺そうとしたのは両親だ』と、殺した時は自分に言い聞かせたが、中々割り切れることでもない。漆原鏡子(うらしばらきょうこ)二十四歳、今では立派に中堅どころの人殺しになってしまった。
 本家の人間がポコポコ病死や怪死してるのは案外、ボクみたいな人間のせいかもしれないさえ思う。一族の中にボクみたいなのが高い確率で生まれるのではないだろうか。それを隠したり殺したりするから一族の血縁者がほとんど残っていないのかもしれない。
 ボクや燎原地さんのような人間はそういう因子を持ち自然とこちらに来た。今では自然なことだったと思うが、それでも両親から見たらこういう人間が生まれたことは最悪だろう。
 ボクは、人殺しをやらない人間は人生を損していると思っている。
 殺人鬼ほど素晴らしい職業などないと、本気で思っている。
 自分の本業である殺人鬼を誇りに思っている。
 それでもボクたちのような人間はゴミクズだ。サイコパスとひどい言われ方をしたり、壊れてるように扱われる。
 世間様から見れば、ボクたちよりアルバイターやフリーターの方がまともな人間だろう。ニートの方がましというレベルで見られると傷つくが、そういう風に世の中は出来てしまっている以上、仕方ないことかもしれないしボクは殺人鬼以外の職業に就いている人を軽視したりはしない。真面目に生きている人が一番偉いのは当たり前のことだ。だからボクも負けないように真面目に殺すようにしている。何より人を殺すと言うのが好きだからだ。大事なのは好きだと言うことだと心底感じる。
 少し肩を落としていた久能君は、
『自分は好きなんです。人を殺すのが本当に好きなんです』
 と、ビールのジョッキに向かって呟く。
 ボクの知る限り彼の殺人初体験は十七の時だった。
『何故、殺人はいけないか』をテーマに子供達と女性コメンテーターが討論する番組中、見事に女性コメンテーターを子供達の前でこれでもかというぐらい残虐に殺してのけた。初めてにしては『やらせじゃないか?』とおもうぐらいに素晴らしい出来だったと思う。あれだけのことは本当に好きでなければ出来ない仕事だ。本当に人を殺すことだけを考えている人間でなければ難しい。
 ボクは子供の時も学生の時も殺すことしか考えてなかった。つまらない数学の授業中、ノートの隅に『人気アイドル凌辱&惨殺公開生放送プラン』等と書いていたのを覚えている。
『君が本当に好きならば、きっとこっち側に来るよ』
 とだけボクが言うと嬉しそうな顔で久能君は笑った。
 好き嫌いか、それが大事だとボクは信じている。
 そして、そういう因子を持つ人間は必ずこちらに来るのだから。


 ◇


 そんな昔のことを思い出しボクは活字から目を離す。
 あれから二年経つ。仕事柄、同業者から久能君の話を良く聞く。
 やはり久能君はプロとなってこっちの業界で懸命に働いているらしい。
 何でも最近は燎原地さんと組むこともあるとか。
 ライバルが増えてしまったという感もあるのが嬉しくもあり、誰か殺したくなってくる。ふと、隅に座っていたカップルが目に入る。パンクロッカーのような金髪の女の子と冴えないサラリーマン風の男だった。
「だからね、ふうちゃんはいつもそうなんだって。自分から誘ってくれたと思ったらさ。ロックじゃないにもほどがあるよね」
 女の子が早口でまくしたてると男の子が頭を抱えた。
「いやね、だから俺が悪いって」
 なんだか大事な話をしているようで、殺してしまうのも悪いと思い辞めることにした。こういう問題を抱えたカップルを殺すのは好きではないしルールを破ることにはならない。
 そう、大事なのは好きか嫌いかだ。
 ボクはもう一度、彼の仕事の載った記事を読む。
 『小学生男子連続解体殺人事件』は間違いなく歴史に残る事件だ。
 いつか彼とは、どちらがより多く美しく殺せるか競い合いたい。
 その前にこの髪型をどうにかしないといけないのだが、どうしたものだろうなどと思った。





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