『家系図』

 

夢を見た。
親父の出てくる夢だ。
親父が眼の前で燃えてく夢だ。
顔なんて分からないのに、
覚えてないのにあれが親父だと思った。

国道沿いの静かな農村地帯に民家が点在している。
「ここら辺のはずなんだよなぁ」
俺は地図を手に辺りを見回す。
横から芹沢が地図を覗きこむ。
後ろからはポテトチップスをかじる音が聞こえる。
「……あっちだ」
芹沢は遠くの民家が群集している辺りを指差した。
後ろからはポテトチップの音が……。
芹沢克己……背は高く顔つきもシャープで女子から人気もある。
ただ口下手で彼女以外の女子としゃべるの苦手らしい。
「はぁ。あそこまで歩くのか」
俺はため息をついた。
芹沢はこくこくとうなづく。
「どれぐらいあるんだ?」
「知らん」
一人スタスタと歩きだす。
後ろからは……。
「だぁ〜!うるせぇ!さっきからパリパリパリパリ!!」
西御は俺の怒鳴り声に動じることなく食い続ける。
西御伊佐美……名前のかわいい肥満男児。みてくれはまん丸の風船腹。
そんななりのくせにボーリングやビリヤードなど球技がやたら得意でスポーツ刈り。
奴が言うには「俺はデブと一緒にするな。太ったソクラテスだ」がポリシーらしい。
「食う?」
「いらん!ってお前さっきも何か食ってただろ」
「ああ、チョコエッグ。食う?」
「いらねぇ!さっさと歩くぞ」
「おーう」
俺達は歩きだした。


ことの起こりは数日前、俺が叔父の診療所を訪ねた時だった。
叔父は医者をやっていてガキの頃から随分世話になっている。
「健。その後はどうだ。まだ夢を見るのか?」
診療室で叔父が正面に座る俺に尋ねた。
叔父は机に何か書き物をしながらファイルを開く。
「ああっと、治ってません」
最近の不眠症のことだ。
「眠ってると夢に出るんすよ。親父が……」
「義兄さんか……」
叔父が俺の方を見る。
「いつも俺の目の前に現れちゃ、火だるまになって……」
俺の親父は俺が三つの時、親父の本家で自殺した。
火だるまになって。
「なんで健がそんな夢を……」
叔父が苦虫を噛み潰すような表情をした。
「深層心理って奴すかね?」
「……あるいは……。なぁ、健。お前、今年で確か十七か?」
「あ、はい」
「じゃあ、そろそろいいか」
「?」
叔父はじっと俺を見つめる。
「健……いいか。俺も詳しいことは知らないんだが義兄さん筋の一族でまともに生きているのはお前だけらしい」
「……どういうことすか?」
「聞いた話では義兄さんの弟は行方不明。義妹さんはまともな状態ではないらしい。他の者は皆……。俺達側でもあの本家には近づかなかった」
とんでもねぇ。
そういえば親父には本家に近づくなって言われてたな……。
「……お前が見る夢は幼少時の心理的な物が原因だろう……」
「どういうことすか」
「……本家に言ってみるんだ。多分……全て分かるはずだ。いいか、一人で行くなよ?絶対に何人か連れて行くんだ」
「別に一人でも……」
「ダメだ!一人で行くな!」
「はい…」
叔父の目はどこか遠くを見つめていたのだった。

 

……こうして今に至る。

本家のある場所はすでに人のいない廃村だった。
わらぶきの家や日本家屋の廃墟が立ち並ぶ中の一画だ。
廃墟に止まったカラス達は不気味に鳴いている。
まるでこちらに向かって鳴いてるようにさえ見えた。
「あ、ここだな」
俺は地図と目の前の廃墟を交互に見つめた。
色褪せた門は所々朽ち果て、抜け落ちた屋根瓦からは雑草すら生えている。
「……漆原」
「ん?」
「……来るなと言っている」
屋根を見つめていた芹沢がつぶやいた。
屋根の上にはカラス一匹いない。
「誰がだよ」
「……」
「おいって!」
芹沢は黙って屋根を見つめる。
「飯……ぐらいじゃ割に合わないかも……」
西御の飴を砕く音が響いた。
その時、
「君たち……」
俺達は突然後ろから声をかけられ振り返る。
そこにいたのは黒い僧服を来た中年の男だった。
「この家に何のようだね……」
「貴方は……」
「この近所の寺の者だが君こそなんだね」
「いえ、俺この家の関係者で……」
坊さんは少し驚いたような顔をした。
「そうか……どおりで……」
坊さんは一人頷くと立ち去る。
「あ、ちょっと……」
俺が呼び止めるのも聞かず読経しながら……。
背筋に冷たい物が走る。
「……行くのか?」
屋根を見つめたまま芹沢がつぶやいた。
「ああ……」
「飯……高くつくぞ」
西御が新しいポテトチップスの袋を開けた。
「わぁってるての」
「……デート」
芹沢は彼女をデートに誘いたいから協力する約束だ。
自分の彼女なのにそういうこと言い出すのは苦手らしい。
「ああ……。行こうぜ……」
なんだかんだ行ってこいつらが手伝ってくれるのは友達だからだ……と思う。
俺は門に一歩踏み込んだ。
ひんやりとした空気が体の中に染み込む。
空気が一瞬にして変わった感覚。
心なしか西御の食うペースが速くなった気がする。
「こっちだ」
俺は玄関の前を通り庭に回った。
何も無い草むら……。
親父が燃えた部分だけ今でも赤黒くなっている。
他の所からは草が生えてるのに……。
多分ずっとこのままだろうな。
ずっと。ずっと。この跡は消えない。
「ここで俺の親父が死んだんだ」
俺は何の感情もなく言った。
「んで、思いだした」
「何をだよ」
ポテトチップスを食べながら西御が言った。
「俺は親父が燃える所を見てる……」
二人が俺を見つめた。
「俺達さ、おじさんに会いに来てたんだ……確か警察官の……」
自分で言って唇が震えてる。
「あの時、俺は親父に連れられてここに来てたんだ……なんで今まで……」
「……中に入るぞ」
芹沢が西御と俺の袖を引っ張った。
「え?あ、おい!どうし……」
「いいから入るぞ!」
芹沢が珍しく声を荒げて俺の言葉をさえぎる。
窓ガラスが割れて吹きさっらしになった廊下から家屋の中へ慌てて入った。
「……もう大丈夫だ」
芹沢は額の汗を拭った。
「あ、ああ……」
うなづくしかねぇ。
何か見えてるってことか?
床は所々腐り暗い縁の下が見えている。
まるで永遠に続く闇……。
どす黒い暗黒だ。
「なぁ、仏間どこ?」
後ろから西御が尋ねた。
「こっちだ。確かこっちに仏間があるんだけど、なんで仏間なんだ?」
「だいたいそういうとこに家系図ってのがあんだよ。この家のことが見ればもっと詳しく分かるだろ」
「さすが太ったソクラテス」
西御はまんざらでもなさそうだった。
慎重な足取りで廊下を歩いていく。
ギスギスという床の音と西御の食う音が響く。
「なぁ、西御。悪いけど食うのやめねぇか?」
「……さっき引っ張られた時……落として今は……」
「……悪い。聞かなかったことにする」
廊下を曲がった先にあるのが仏間だ。
他の部屋の障子はほとんどボロボロだというのに仏間は違った。
ピシリと戸は閉められ……。
ビッシリと障子に呪文が書いてある……。
なんだろうこの感覚は……。
「開けるぞ……」
俺の言葉に二人はうなづく。
俺は力いっぱい戸を引いた。
……絶句の後、
……後悔した。
三百六十度、部屋いっぱいに飾られた一族の黒縁写真…。
写真の中のその目は虚ろな絶望しか映してない。
棚を埋め尽くす不気味な日本人形…。
ただの人形じゃない皆、笑顔だ。
アルカイックスマイルなんてナマヤサシイ。
全てが全て歪な笑顔を浮かべてる。
まるで写真の者達をあざ笑うように。
呪うように。
もう俺達はしゃべる気はなかった。
畳がキシキシと鳴った。
なんだろうこの圧迫感は……。
まるで押し潰すような。
拒むような。
汗が……止まらない。
足が進まない。
部屋の隅の仏壇から感じる妙な気配……。
まず先に西御が部屋の中へ入り隅の仏壇の前に立つ。
俺達も部屋の中へ踏み込む。
西御がためらいながらも引き出しを開けた。
……ある!
目の前にあるのは黄ばんで元の色さえ分からないが巻物だ。
……。
目の前が歪む。
またさっきの感覚だ。
……辺りが暗くなっていく。
声が出ない!!!!!!!
足元がざわつく。
何だ?
どうなった?
俺はどうなった?
誰か、おい?
助けてくれよ?
足元の畳から黒い塊が這い出てくる。
日本人形の瞳からも同じ黒い塊が床にびちゃびちゃ滴る。
くぱりと日本人形の口と眼が開く。
全て一斉に。
口の中は醜く歪んだ歯がびっしり並んでる。
まるで人間の歯みたいだ。
黒い塊を丸く開いた眼から流しケタケタ笑う。
すると黒い塊は俺の足元から侵食していく。
助けてたたたたたたたたたたたたたた……誰か!誰か!誰か!
口まで塊が這い上がってくる。
やめろ!やめろ!
口の中から体内へズルズルと入っていく……。
あつい!体が裂ける!
俺の体から腸や胃をばらまきながら血の代わりに黒い塊が飛び散る。
また眼の前が歪む。
……。
…。
どれくらいたったろう。
生きているのか? 
気がつけば俺はどこかの庭に一人で立っていた。
なんだ……?
どうなってる?
俺の目の前で誰かが喧嘩してる。
大声で罵り合いながら……。
とっくみあい…。
殴ってた。
殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。
あれは…。
……父さん?
殴られてるのは父さんだ。
ぐちゃぐちゃで、赤くて赤くて赤くて赤くて赤くて赤くて赤くて赤くて赤くて赤くて赤くて赤くて。
赤と白いモノを飛び散らす。
父さんの眼がグルンと回った。
誰かが動けなくなってうめく親父の首を絞める。
逆光で顔が分からない……いや違う!
そう、おじさんだ。
親父の体にポリタンクからガソリンをかける。
ライターに火を火を火を火を………。
ああ……親父が燃えてる……。
赤い炎につつまれてく。
肉は焦げ、黒く黒く黒く黒く黒く黒く黒く黒く黒く黒く黒く黒く黒く黒く黒く黒く黒く黒く黒く黒く黒く黒く黒く黒く黒く黒く黒く黒く黒く黒く黒く黒く黒く黒く黒く黒く黒く黒く黒く黒く。
赤く赤く赤く赤く赤く赤く赤く赤く赤く赤く赤く赤く赤く赤く赤く赤く黒く黒く黒く黒く黒赤く赤く赤く赤く赤く。
ここは……昔の本家だ。
俺は泣いてる……。
泣きながらただ眺めてる……。

「……おい!漆原!漆原!漆原健!」
「あ……」
気がつけば俺は芹沢に殴られ倒れ込んでいた。
「しっかりしろ」
芹沢が差し伸べた手を握り起き上がる。
体がガクガク震える。
「思いだした……」
「何をだ?」
「俺……親父が死ぬとこ見てた……見てて何もできなかった」
「お前のせいじゃない」
「親父……殺されたんだ。多分、おじさんがさ、殺したんだ。それなのに、俺…俺…」
「誰もお前をせめない」
「芹沢……」
まっすぐな眼だった。
きっとこいつの彼女はこういう所に惚れたんだろうな……。
「なぁなぁ、この家系図見てみ」
巻物を眺めていた西御が声をあげた。
「最後までこの家にお前のおじさんが住んでたらしいな」
西尾の言うとおりだった。
漆原一属。
一属?
どういう意味だろう。
怖ろしいのはこの家系の者、ほとんどが早死にしていることだ。
病死、狂死、自殺、遺産争い……。
まともな死に方なんてほとんどいない。
「おいおい……」
なんてこった。
「あとさ、これ……」
西御が汚れたノートを取り出した。
「これは……」
俺は帳面を開いた。
これはおじさんの日記だ。
『漆原勝雄、病死』
『漆原雅子 事故死』
……。
最初はただの日記なのに、途中からたんたんと家族が死んだことを書いてる。
どんな神経だ。
ゾッとした。
どんな割り切り方をしたらこんな風に書けるんだ?
「これが俺のルーツ……」
「これで用は済んだか?」
芹沢の言葉に頷く。
「あとさ、最後につきあって欲しい所があるんだ」


外は雨が降り出していた。
「……」
畳張りの床…。
たくさんの観音像…。
俺達三人は正座して正面の人物を見つめた。
そこは本家の近所にある寺の本堂だ。
「……」
目の前に座る和尚は何も言わない。
昼間会った坊さんだ。
「……なんでですか?」
俺は乾いた口を開いた。
「何でなんですか?おじさん」
「……」
「俺は思い出しました。全部……親父と貴方は口論になって……」
「……すまない。あの一属にまともな人間なんていなかった…」
おじさんは咳き込んだ。
「……」
「昔からそういう一属だったんだ」
「私は子供の頃から兄さんが嫌いだった。兄さんが笑いながら……私のインコを握りつぶした時、いつか殺してやると思ってた」
「それだけで親父を……?」
「違う!私の十五の時できた彼女を家に呼んだことがある。器量が良くて優しくて、それをあいつは……」
「まさか……」
「犯したんだ」
吐き気がしてきた。
狂ってる。完全に狂ってる。
「憎かったんだ。ずっと。だから私は……」
……。
「それだけじゃないでしょ?何で自分から言ってくれないんですか?」
俺の言葉におじは体を震わせた。
「うう……」
「家計図見たんです」
「!!」
「おじさん……!俺は貴方の奥さんと親父の間にできた子供だって!」
和尚の瞳から涙が流れた。
「なんで?言ってくれないんです」
「……すまない。健。すまない……」
「すまないじゃない!なんでだよ!」
「妻は子供ができたって喜んでたよ。私もうれしかった。違ったんだ。全部違ったんだ」
おじさん……いや父さんは俺を見つめる。
「妻はお前を生んですぐに自殺した。分からなかった。何に不満があるのか。悩んだよ。その答えとして、私は実の子を大事に育てようと思ってた。でもな、違ったんだ」
そこでまたその言葉を繰り返す。
「知ってたんだ。他の一属の者、皆、お前が兄さんの子だって。知ってて黙ってたんだ。妻の遺書見たよ。笑顔の裏はいつも苦悩にまみれてた。私は自分を抑えることができなかった」
おじはごほごほと咳き込む。
「おじさん……!」
口まわりが赤く染まる。
「今、医者を……」
西御が携帯を取り出した。
「いや、いい。余命半年らしい……」
「おじさん……!!」
「すまない、すまない、健。私はお前が呪われた血に巻き込まれることが怖かった。すぐ会いたかったよ。でも、こんな呪われた男が傍にいていいのか?罪人が?そう思うといつも苦しかったんだ。心の鬩ぎあいだ」
これ以上、何も言う気になれなかった。
時効は成立してる。
許すつもりはない。
けれど……。
「私は……私は……」
叔父さんの車の音が聞こえてきた。
「おじさん……皆が安らかに眠れるように祈ってください……」
おじさんはただ静かに頷いた……。
外の雨はいつの間にか止んでいたのだった。


「健……お前は一属のように生きるな。お前なら一属の呪いに打ち勝つことができるかもしれない……」
「はい」
「調べるんだ。何でこんなことになったか……お前は一属最後の希望だ。」
「はい……」
叔父から託されたもの……。
未来への意志……。
俺がグッと空に右手を掲げた。
「どした?」
西御が笑いながらチョコレートをかじる。
「……帰るぞ」
芹沢がつぶやく。
「……おう!」
俺達が歩きだした。

「おい、約束覚えてるだろうな」
「あんだよ、太ったソクラテス」
「ステーキだよ、ステーキ」
「グレード上がってるぞ、おい」
「……デート」
「お前はそればっかりかよ」
「いいから何かおごれよ」
「だぁ、うるせぇ!」

 

end

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