『意気地なしの歌』

 

放課後、夕焼けがオレンジに辺りを染めている。
僕達の長く伸びた影を引きずって、閑散とした田舎町を歩いた。
僕、宮古島八郎と、隣を歩く赤穂津稲穂は幼馴染だ。
稲穂は男子から人気がある。性格も良く、顔立ちはどこか幼いのだがそこがいいらしい。
……らしいという言い方は卑怯かもしれない。
僕自身そう思うし、稲穂に好意を持っているのだから。
今、噴出している汗だって、この夏の暑さのせいだけじゃないのだ。
「明日夏祭りだねぇ」
バス停に差し掛かった時、赤穂津は背伸びをした。
「そうだね」
少しその仕草にドキマギしながら僕が答える。
幼馴染だ。
僕たちはただの幼馴染。
漫画やドラマのように好き合ってるわけでもない。
この僕の抱いた恋心は一方通行なのだ。
それゆえ、この思春期特有のもやもやを抱えているわけで……。
「私、林檎飴食べたいなぁ」
「うん」
言葉を選びながら喋るからひどくぎこちない。
僕ぐらいの年代ならきっと誰だってそうだろうと思う。
僕が稲穂の事を好きなのが感づかれてしまわないだろうか?
……卑怯だ、感づいてくれるのを内心望んでいるんだ。
そして、稲穂も僕の事が好きなら……。
「近所の初生ちゃん、知ってる?」
「ああ」
「初生ちゃんは一ちゃんと夏祭り行くんだって」
「へぇ」
近所の殺姫初生と一一……。
僕と稲穂に関係が似ている。
ただ違うのはもっと僕たちなんかよりずっと自然でかっこいい関係ということだ。
「あ……」
と、稲穂が声を上げ空を見上げた。
僕も同じように空を見上げる。
パラパラとオレンジの空から光の粒が降りてくる。
それはアスファルトに染込み消えていく。
「通り雨だね……」
そう、夕立というヤツだ。
稲穂がそうつぶやいた瞬間、降雨量が一気に増えた。
叩きつけるように降る雨が肌に痛い。
「八郎君、あそこ」
稲穂が停留所の粗末な待合小屋を指さす。
「うん」
僕と稲穂は逃げ込むようにそこに駆け込むと、みすぼらしい木の椅子に隣り合って腰掛けた。
「しばらく降るかな」
「うん、そうだね」
「八郎君、夏祭り誰かと行くの?」
「いや……」
雨が屋根で弾け、リズムを刻んでいく。
それに合わせて稲穂が口笛を鳴らす。
嗚呼、それに合わせて僕の鼓動がビートを刻んでいく。
それは決してポップでもロックなんかでもない。
ゆっくりとした苦味と重みのあるブルースだと思う。
稲穂の口笛が止んだ。
言うんだ。僕は言うんだ。
『一緒に行かないか』って。
たった一言、伝えるんだ。
僕はギュッと拳を握った。
「あのさ……」
「あ! 雨やんだ!」
稲穂はそう言いながら立ち上がり、外に出た。
「いこ?」
「うん」
……口笛が止んだ。雨が止んだ。心臓のビートはやまない。
やはり僕は……卑怯だ。
握った拳を広げてかざす。結んで解いた手の中に稲穂と赤い空が映っていた。

 

end

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