『不眠症』


学校の屋上に初夏の風が吹いてる。
私達は授業を休んで……。
コトを済ましフェンスにもたれかかって座っていた。
私は隣に座った彼の手をギュッと握り……瞳を閉じる。
「眠るの?」
「うん……。ごめん。暗いと…やな夢しか見ないから…」
「いいよ。後で起こすよ」
「うん……」
彼の華奢な胸元に体を傾け眠りに落ちていく……。

 

財団法人スメラギ機関……多数の福祉系NGOなどにバックアップをしている世界的な巨大複合企業……。
私が住んでるこの街にも一切の地区開発を請負、多額の寄付を行ってる。
末端としてでもスメラギに属することは一種のステータスだった。
私の家は古い日本家屋で、ビルに囲まれた開発地区の一画にある。
昔からスメラギに仕える、それなりの名家らしい。
本家の昼間から薄暗い廊下に檜の香りが漂う。
今は私と兄、数人のメイドさんでだけがこの広い家で暮らしている。
どうやら兄は私を呼んでいるらしい。
メイドさん達に挨拶を済まし部屋で着替えた。
私は着物を着ると兄のいる居間に向かう。
「兄様、友香です」
「入っていいよ」
私は正座をし、襖を開けて中へと入った。
居間には何もない。
兄は物を置くのを嫌がるからだ。
部屋の隅にうずくまった兄が口元を歪める。
真っ白な着物……同じく顔に巻かれた真っ白な包帯……。
「やぁ、友香。こっちに座りなよ」
その隙間から見える瞳は黒く黒く黒く……。
艮埜友親(こんのともちか)……兄が今野ではなく、スメラギが名づけた艮埜を名乗れるのは直系の証であり、
一属の次期当主であった兄だからだ。
一族ではなく一属。
スメラギの言葉遊びだろう。
「兄様……包帯を取ってください……」
「嫌だ。僕はね、恥さらしなんだよ。スメラギ様に合わせる顔なんてないんだよ……だから人に見せる顔なんて……」
「だからって…」
兄の顔に怪我なんてない。
事情は詳しく知らないが、仕事で犯したミスのために……合わせる顔がないというだけで……。
それだけで兄は自ら素顔を封じた……。
スメラギにいることが全てだから……。
スメラギの言葉は……例えそれが本家であろうと、分家であろうと、一属の次期当主であった兄の全てだ。
笑えと言われれば笑い、
死ねと言われれば死に、
殺せと言われれば殺す。
「僕はね、スメラギ様の選ばれた人間なんだよ?」
「はい、貴方は一属の誇りです」
「そうだよ……それを僕は僕は僕は……」
「……」
兄は私の背に回った。
首筋に息と兄の体温を感じる。
髪の匂いを感じる。
「男の匂いだ……SEXしたのか?」
「……」
私はうつむいた。
「答えろ。SEXしたのか?」
「はい」
「ちゃんと答えろ」
「はい……SEXしました」
兄の舌が首筋をなめる。
「僕はスメラギの物だ。じゃあ、お前は何だ?」
「兄様の物です……」
兄はうわずった笑い声を立てた。
「友香……着物を脱げ」
兄は私の首筋に触れた。
「はい……」
私は唇をかみ、ためらいながらも着物を脱ぐ……。
「友香友香友香友香友香友香友香友香友香友香……」
裸で座る私に覆いかぶさる。
私の頬から涙が伝う……。
これは兄のためなのに……私は怖かった。
嫌悪感をこらえようとしたがどうにもできない。
体が震えた……。
兄には私しかいないのに。
「友香……?」
私の涙に気づき兄の動きが止まった。
声にならないうめきをもらし頭を抱えうずくまる。
「ああああああああああああああ!!!!!」
「兄様!!!!」
「僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は……僕はね……友香。世界が怖いんだ。この世界の匂いも、
この世界の色も、この世界の音も、何もかも何もかも何もかも……怖いんだ」
「兄様……誰も貴方を否定しません……だから……」
兄は立ち上がると部屋の隅に戻ってうずくまった。
「さがっていいよ……」
「兄様……」
「いいから……」
「はい……」
私は着物を手に廊下を飛び出したのだった。


私が起きると既に黄昏時だった。
「嘘……!」
風彦から手を離し思わず立ち上がる。
「あ、起きた?」
隣で座ってた風彦が笑う。
「え?え?起こさなかったの?」
「うん」
私は風彦のほっぺたの両端を引っ張った。
「……ばか?」
「いふぁい」
「アンタねぇ……」
私はため息をついて風彦の隣に座る。
「もう夕方じゃない」
「うん。そうだね」
「別に何とも思わないからね」
「うん」
「でも……手、握っててくれてありがと…」
「どういたしまして」
またあの笑顔で微笑む。
ああ、手がまだ暖かい……。
大きな夕焼けは赤く世界の色を染めていた。

 

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