『星』


雪が降る。
ゆっくりと、一片が闇の中を漂い、地に落ちた。

 

三十年間、ただ必死で今まで走ってきた。
そうして、走って来た道を振り返ることもなく、周りに誰もいないことに気づいたのは一人きりになってからだった。
路地裏に雪が降っていた。月明かりもない闇の中で、アスファルトの冷たさを感じた。
痛みと熱を持った体から体温がどんどんなくなっていくのが自分でも分かった。
こうやって死ぬことを他人事のように考えている自分には少し驚かされる。
どこを刺されたかも良く分からない。ただ痛みだけが広がっていく。
いや、痛んでいたのは今更ではなく、ずっと昔からだった。ずっと、痛かった。
「アンタも運がねぇな……」
闇の中、ジングルベルに混ざり、そんな声が聞こえた。
「せっかくのメリークリスマスだってのになぁ……」
自分を刺した男は、路上に転がったバックを漁りながらクククと笑った。
自分と同じぐらいの年齢だろうか、小汚い身なりをしている。
「今日は、昔の知り合いと会う約束でね。身なりを整える金がいるんだ。悪く思わんでくれよ」
それは自分も同じだ。
今日は三十年ぶりに昔の仲間達と会うのだから。
田舎を飛び出して、三十年経つ。あの頃は仲間達に反対されても田舎で燻り続けるのは嫌だった。
故郷に帰ることも、失敗することも出来なかった。成功しなければもうあの村には戻ることはできない気がしてた。
というのも、自分には目標があったからだ。
自分の幼馴染で三つ上の兄貴分になる健一郎は、私より三年早く、田舎を飛び出した。
健一郎は田舎では何をやるにも中心だったが、都会に出て成功するとは誰も思っていなかった。大人たちは、都会の厳しさを知っていたのだと思う。
健一郎とは、村を出る前に色々なことを話した。
蛍の舞う川べりで、健一郎は夢や目標を自分に語り、誓う。
この村を出て、絶対に成功すると。あの星みたいになってやる、と。
その姿はまだ自分の中に焼きついている。
その後、村を出た健一郎からの手紙には、華々しい成功や活躍が記されていて、どうやら都会で見事に成功したらしい。その手紙も段々間隔が開き、二年経つと送られてこなくなってしまった。憧れだった、健一郎は。子供の頃から一緒で実の兄のように慕っていた健一郎の活躍には胸が躍ったいたのだ。その気持ちがどうしょうもないほど大きくなり――。
そして、十五の夜、自分も田舎を飛び出す。
健一郎を目標に自分は夜行列車に飛び乗った。
だけど、僕は健一郎のように、星にもヒーローになることはできなかった。苦労の連続で、自分の小ささを思い知らされ、そのまま飼いならされて三十年が経つ。
そんなある日の忙しい毎日の中、一通の手紙が届いた。
小さな押し花を同封された手紙だ。
差出人は随分と懐かしいな名前だった。
『どうだ、元気にしてるか、帰ってこいよ』
短くそう書かれていた。でもそれだけで十分だった。
そんな言葉が幼馴染達から貰えるなんて思ってなかったからだ。
会いたい――。
みんなに――。
自分のヒーローに――。
「けんちゃん……」
男が何故か、驚きながらこちらを見つめている。
だが、その顔も段々揺らいで白い光に包まれていく。
「けんちゃんって……なんで、こいつ、俺の名前知ってるんだ」
男が何か言っていたが、もう、良く分からない。
真っ白な光の中で――。
皆があの頃の姿のままで待っていてくれる――。
行かないといけない――。
あの村に帰るんだ――。


雪が降る。
アスファルトに沈んだ星の涙の跡に。

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