『春俟ち』


けだるい夏の暑さの中、
少年は商店街を走っていた。
行くべき場所と約束があった。
シャープな顔たちと冷ややかな瞳をした少年だ。
ジーンズとハイウェストシャツが実によく似合っているのはスラッとした長身のせいだろう。
名前は芹沢克己。現在高校二年生……本来なら三年生だが色々あり留年している。
同学年の彼女持ち。
と言っても遠距離恋愛でほとんど会えない。
その上、克己が口下手なためデートに誘うこともできないでいる。
息を切らし走る。
「お〜い!克己!帰ってきてたのか!」
商店街の人ごみから声が聞こえた。
そこにいたのは、ツンツンとした針鼠のような髪型をした少年……一一。
黒いタンクトップにジーンズ、ポニーテールの凛とした美少女……皇涼だ。
皇、禊、巫、蛹の四帝属とその下に控える八属からなる組織『スメラギ』。
涼はその皇家直系の者だが、今は一属から縁を切っている。
「……一か。久しいな」
「おう!久しぶりだな」
一がニッと笑う。
「克己、風彦達を迎えに行こうぞ」
妙に古めかしい口調で涼が言った。
「……ああ。琴音達は?」
「ああ、なんか知らねぇが少し遅れるって話だぜ!」
「そうか。先に行きたい所があるんだがいいか?」
「ああ、いいぜ」
克己はもう一度走り出す。
その心はたった一人、少女のことを考えていた。
「優希……」
前にあったのは春のたった一日だった。
息を切らし神社に駆け込む。
待っているはずだ。
今日ここで会う約束だから……。
無理かもしれないという漠然とした不安があった。
それでも……会いたい。
神社の境内を見渡すが彼女の姿はなかった。
……いない。
いない。
ふと、ここで会った時を思い出した。


うぐいす色の柔らかな風が吹く。
今年も春は届けられた。
くすぐるような日差しが心地いい。
神社の縁側に二人座っていた。
「……ぽかぽかしますねぇ〜」
「……ああ」
のんびりとした口調で着物姿の少女が微笑む。
栗毛色の髪におっとりとしたあどけない顔つき……。
まるで春というものが彼女のためにあるような気さえする。
彼女の名は佐東優希。
西邑、佐東、南浄、北都。そして央華の御方賊と四つの支方賊からなる組織『羅針戒』……。
その多くは昔から政治に深く関わり多数の国を動かしている。
彼女はその佐東家の娘で克己の様な一派人とは住む世界が違う人間だ。
それでもそんなことは関係なく二人は付き合っている。
「きれいな桜ですねぇ〜。克己さん」
「……ああ」
桜の花びらがふわりと風に舞った。
「ウフフ……私幸せです……」
優希は克己の腕にそっと自分の腕をからめた。
「だって大好きな克己さんと一緒にいられるんですもの」
暖かい温もりが心に流れ込んでくる……。
克己は自分の想いを伝えようと思ったが言葉にできなかった。
「……ああ」
「いつも、なかなか会えなくて寂しいです」
「……すまん」
「克己さんは……寂しいですか?」
寂しい。
一人でいるとどうしょうもなく心にぽっかり穴が開いたような気持ちになる時がある。
両手につかみたいものは、遠くていつも心の中であふれてた。
「……時々な」
本心を言うのが気恥ずかしくてそれだけ言った。
「また会えなくなるんですね……」
「……そうだな」
「会えなくてもここで……待っててくれますか?」
「ああ」
優希がクスリと微笑むと克己を見つめる。
「克己さん……好きです……」
「……」
ゆっくりと互いの唇を近づける……。
「克己さん……」
「優貴……」
「克己ちゃ〜ん!!」
その声を聞いて思わず二人が止まった。
二人を呼んだのは眼鏡の愛らしい少女で、
まだどこか幼さが残っていて子供っぽさを感じさせる。
名前は楠楓だ。
「あれどうしたの?皆でお団子食べに行こうよ」
二人の前に立った楓が不思議そうな顔をする。
「……なんでもない」
優希も恥ずかしそうにうつむいたのだった。


夏の神社に大樹の葉が揺れる音、蝉の声が境内に響く。
今日、彼女はここに来るはずだった。
いない……。
「……」
克己は神社の縁側に座った。
「……無理だったか……」
胸が苦しくなる。
会いたくて……会いたくて……。
どうしょうもないほど会いたくて……。
思えば好きだなんて一度も言ってない……。
また会えない日々が続く……。
「優希……」
「はい」
「!!」
克己は驚いて振り返る。
「お久しぶりですね……」
着物を着た少女が縁側に立っていた……。
「優希……」
「はい。克己さん」
あのうぐいす色の風が心に戻ってくる。
「優希、好きだ」
「はい……私もです」
両手につかみたい物は、すぐそばに……。

 

end

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送