『ファンタナスプリズム』
彼女をはじめて見つけたのは――。
どれぐらい前のことだろうか。僕がまだ犬杉山中の生徒だった頃だから十年ほど前だろうか。
放課後の黄昏時、赤い果実のような空が今にも弾けてしまいそうなほど鮮やかに輝く頃。
生徒会の用事をこなす為に静かになった校舎を歩いていた僕は、通り過ぎる教室の中に君の姿を見つけた。
僕は呼吸を忘れるほどの眩暈を感じながら、言葉を紡ぐことも忘れてしまったのを覚えている。
オレンジよりも濃い落日の赤に染まった華奢な後姿に、忘れてしまった約束を思い出したような、過去という遺失物置き場に置いてきてしまった物と出会ったような、そんなどうにもできない切なさが胸に込み上げてきて声をかけることなんてできなかった。
少しだけ開いた窓から吹く風に、長い黒髪がフッと踊るのが何故か儚く見えた。
オレンジのプリズムに君の姿が溶けて消えていってしまうような気がしてた。
そんな彼女の後姿を僕はただ見つめ続けてた、僕がまだ中学生の頃のことだ。
職員室で生徒の答案を整理していて、ふと彼女を始めて見かけた時のことを思い出していた。
結局、彼女にいつか声をかけようと考えていたが、触れればそのまま消えてしまような気がして僕は見つめ続けるだけで三年間を過ごした。
そんなことは母校に赴任するまではすっかり忘れていた。
時計仕掛けの毎日の中で、街角に張られたポスターが色あせていくように記憶の彼女は薄れ、考えることも少なくなっていた。それこそ、溶けて消えてしまったように。ここに戻ってくるまでは。
ふと、窓の外を見れば焼け落ちそうなほど赤い空。
黄昏時、赤い果実のような空が今にも弾けてしまいそうなほど鮮やかに輝く頃。
僕は職員室を出て廊下を歩き出す。
あの頃のように、ふと教室を覗いて見れば――今日も、そこに彼女が居た。
僕がそのことに気づいたのは赴任してすぐだった。
あの頃と何も変わらず、ただ彼女はそこに立ち夕陽を眺め続けていた。
僕はそれを確認すると廊下を通り過ぎる。
野暮なことを考えるつもりはない。ただ僕は彼女の後姿を見れればそれでいい。
例え、彼女が夕陽の作るプリズムだとしても、心を奪われた僕は彼女の後姿を見つめ続ける。
ただ彼女が振り向いてくれるのを待ち続ける。触れれば消えてしまう儚い幻像の輝きを。
黄昏時、赤い果実のような空が今にも弾けてしまいそうなほど鮮やかに輝く頃。
今日も、彼女はそこで夕陽を眺め続けている。
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