本当の怪物が誰なのか――きっと誰も気づかない。


『ファミリー』

 

家族旅行なんて、一体何年ぶりだろうか。
一家四人を乗せた黒い軽自動車は、颯爽と紅葉が輝く森の中を進んでいく。
柿原一家は四人家族で、どこにでもいる中流家庭だ。
一家の大黒柱である柿原実は商社勤めであり、来年は娘の初穂が高校へ、聡は中学へ進級する。
そのこともあってか、お金のことを苦心するようになった。
仕事、仕事、それがいつの間にか口癖となり家族でどこかに行くことなんてなかった。
実は家族の為と思い仕事にのめりこんでいったが、家族との溝は広がっただけだ。
だが、どうだろうか。家族の幸せそうな顔は。
ミラー越しに見える初穂と聡も、助手席の妻もにこやかな笑顔を浮かべている。
商社マンの実はそんな感慨に浸りながら、家族のこれからを考えて目頭が熱くなってしまったのだった。


〜柿原芳江〜
夫の実と芳江が出会ったのは、芳江が商社に勤めていた頃だったろうか。
特別なことなんてない。どこにもあるような社内恋愛の末、寿退社。
翌年には、長女、初穂が生まれた。
それ以来、特に何もなく、問題なく、全てはうつろっていった。
それがとても寂しいと感じたのは、夫が疲れたしか言わなくなった頃からだ。
いや、本当はもっと前から寂しいと感じていたのかもしれない。
子供達も自分の手を離れ、家にはいつも自分ひとり。
このまま歳をとって朽ちた枯れ木となるのだ。
そう気づいた時、芳江の目に入ったのはパチンコのチラシだった。
思えばそれが悪夢の始まりだった。
人には分相応という物がある。
芳江は普通が嫌だった。当たり前が不満だった。
だが、それが芳江が抱えるべき宿命であり、芳江はごくごく普通でなければならなかった。
パチンコにのめり込んだ芳江は、ほとんどの時間を自宅から数キロ離れたパチンコ屋で費やす。
夫はほとんど家に帰らない。初穂も聡も塾と学校でほとんど家にいない。
止める者は何もなかった。当然のこと雪達磨式に膨れた負け分は、夫が必死で稼ぐ貯蓄から引き出され、それが底を着いた時、自分は何をしてたのかと猛烈に後悔した。
後悔したのだ、心の底から。
それなのに――思い知らされた。
パチンコやギャンブルは麻薬と同じだ。一度依存すると抜けることは容易ではない。
骨の髄まで犯され中毒になっていたのだ。
次の日には極々自然と足はパチンコ屋に足が赴いていた。
お金は街の金融業者から借り、借金はさらに膨れていく。だが、大丈夫。勝てばいいのだ。勝って借金は全て返せばいい。嗚呼、こんなつまらないドライヴは終らせて早くパチンコ屋に行きたい――。

 

〜柿原聡〜
本能と言うのだろうか。
時折、女を見ていると妙に爪先が疼く。
聡は現在、小学六年生であり真面目で内向的な生徒だ。
教師からの信頼もあり、生徒会長も勤めている。
ただ他の生徒達と違うのは――疼きに大して従順であることだ。
鴎外祥子はクラス内で委員長と呼ばれている真面目な女子生徒だった。
江戸川栄子は吹奏楽クラブの部長であり、学年で一番可愛くて胸が大きい。
担任の金田一舞は、陸上部の顧問を務める若く肉感的な女性だった。
横溝実弓は――。
夏目敦子は――。
与謝野里美は――。
みんな、聡が犯した。
ぐちゃぐちゃの精液塗れになるまで。
泣き叫んで、血を流して、鼻水と唾液まみれで、慟哭の声、嗚呼――。
爪の疼きに、本能に従って。
その時だけ、聡は本当の素顔を見せる――純然たる悪意の化身。
壊せと疼く爪が教えてくれる。自分は狩猟者なのだ。
嗚呼、自分の隣に姉が座っている。こんなにも近くに獲物がいるなんて。
その柔らかそうな胸も足も、髪も――。
喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う――。

 

〜柿原初穂〜
柿原初穂は窓の外を眺め、学校でのことを思いだしていた。
ゆっくりと指先が動いて――淫らな粘液が指先でトロリと糸を引く。
くぐもった熱い吐息と、衣擦れの音が個室トイレの中に溢れる。
指先が丘の上を走るたびに、熱を帯びた身体は電気に支配される。
脳髄からつま先間を駆け巡る官能の電気。
――授業中教室を抜け出してこんな淫らなことをしてるなんて。
そう思った瞬間、また電気が身体を走り抜ける。
これで何回達してしまったろうか。
スィッチが入った初穂は誰にも止められない。
まだだ。まだ足りない。
本当は学校になんていたくない。
ずっとこうやって快楽の坩堝の中で甘露を貪っていたい。
刹那の刺激に酔いしれていたかった。
誰も必要ない。この世界には誰も要らない。
自分さえも必要ない。快楽だけがあればいい。
あとはみな、刹那の彼方に消えてしまえばいい。
流れる窓の外を眺め溜息。
父親がドライヴなんて言わなければ、ずっと今日は部屋の中で自慰をしているつもりだったのに。
どうして、今日に限ってドライヴなのだろうか。
今更、家族ぶったところで何も変わらないだろうに。
弟の異常な性癖を知っているのだろうか。
母の依存症を知っているのだろうか。
何も知らないふりをいつまで続けるのかと思った時――快楽へのスィッチが入りそうになった。


〜柿原実〜
実はミラー越しに映る、初穂や聡の姿を眺め少し涙ぐんでいた。
今日はドライヴに来て良かった、心の底からそう思う。
――会社が倒産した。
そのことは家族に知らせてない。
――友人の保証人になり逃げられた。
そのことも知らせてない。
自分がいなければ家族は生きていられないだろう。
満足に食事もできず、学校にも行けない。
それではあまりにも不憫すぎる。
借金に負われ、これから先もずっと苦しんで生きていくことだろう。
――車はスピードを上げた。
そんな苦しみを背負わせるものか。
素直で愛らしい我が子達。
優しく家庭的で最後まで自分について来てくれた妻。
これ以上、苦しみは背負わせない。
――車両進入禁止の標識が景色と一緒に流れていく。
この先も笑ったまま行こうじゃないか。
家族なのだから。
この道の先は天国に続いてるだろうか。
それとも地獄だろうか。
どちらにしろ、これで楽になることは確かだ。
ありきたりな毎日からも、疼きからも、衝動からも、苦しみからも解放される。
――車はさらにスピードを上げた。
目の前には――。
目の前には――。
家族の劈く悲鳴の中、柿原実は笑っていた。
家族はこうでなければならない、と。


back

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送