『エターナル』
本編とあまり関係ない人物紹介
○木更津由美……刹那主義。犬杉山高等学校在籍。
今しかない。いつだってその気持ちに駆られ突き動かされてる。それは本能のごとく心の内から湧き上がり、足元からジリジリと焦がしていく。老いに怯える少女のように、死に怯える少年のように、必ず訪れるその時に足しての苛立ちや焦りかもしれない。 今しかない――その瞬間を過ぎてしまえば全てゴミクズだ。 木更津由美はそう信じているし、その考えを疑ったこともない。学校ではおんやりとしているし、いまいちはっきりとした考えを持ってない子と思われがちだが、刹那を感じ取る感覚は誰よりもはっきりとしているつもりだった。自分に迫る刹那に気づかない連中はそのままババァ、ジジィになって生きればいいとさえ思っている。もうすぐババァになってしまう自分達には今しかない――眼を覚ましても感じるのは過ぎ去ることへの焦りだった。夢を見ている暇なんてない。 意識がはっきりしてくると部屋の景色が遠く滲む。焦点を合わせる前のファインダーを覗いているようだった。瞬きをすると同時に水滴が纏わりつき、ぼんやりとしていたラブホの内装と強い照明がはっきりと映った。眉毛を押し上げて睫毛をなぞると指の先がうっすらと濡れる。その指先が隣で眠る少年の頬に伸びる。汗の弾がまるでパールみたいで由美の欲しいネックレスとよく似ていた。朝靄をゆっくりと切裂いて落ちる雫のようなその輝き、それをそっと指先で弾く。指先一つでそこにあった輝きは簡単に消える。輝きも玲瓏さも刹那の中でしか存在できない。全ては刹那だ。 クラスメイトの少年から指先を離し、たゆたう白い海に寝転んだままヘソからなだらかな下腹部へ指を這わせる。このすべらかな手触りだって今だけだ。きっと、もう何年かして女子高生を卒業してしまえば皮膚の垂れ差下がったババァになる。だから今しかない。 由美の細い指先が下腹部から茂みを通り過ぎ、濡れそぼったシンボルに到達する。 男の粘液と自分の粘液の混ざったモノが指先を伝い零れ落ちていく。 雌の匂いと雄の匂いが混ざったその匂いは欲望そのものだった。 クラスメイトは由美が欲しくて金で買う。 由美は欲しいものを手に入れるために金が欲しい。 そんな欲望と情念が交錯しあい、互いを満たしてくれる。 少なくとも少年は満足しただろう、由美を抱くことができて。 だが、由美はまだ足りなかった。今夜のうちに二人は客を取らないといけない。でなければ目標金額に届かない。 その明確な意思が由美の身体を突き動かし立ち上がらせる。 明日では遅すぎる。明日には全てゴミクズだ。 欲しいと思ったものはその瞬間に手に入れなければならない。絶対に。 次の客を取る為にベッドから起き上がった時、少年が小さく唸った。 由美は起こさないようにその顔を除きこむ。手に入れた満足感だろうか、心地良さそうな寝顔だった。しかし、そうではない。満足そうに見えるが、彼は何一つ手に入れてない。これからも、この先も。それなのに何故、こんなに満たされた顔ができるのだろうか? この少年が由美に抱いている感情は由美も知っている。女の察するという能力は男のそれを上回る。分からないはずがない。 由美はそれを打ち砕いた。 刹那の感情だとせせら笑って腰を振った。 きっと、由美に失望しただろう。 金の為に身体を売るような女だと分かっただろう。 心の中にあった輝きはパールを指先で弾いた時のように消えてしまっているだろう。 それなのになんで、こんな表情をしているのだろうか。 赤ん坊が安堵の中で眠るような顔をしているのだろうか。 何を得たと言うのか。 抱けたからだろうか? セックスできたからだろうか? 違う。一時の快楽ではない何かがそこにはあることを由美は察した。 彼が手に入れたと思い込んでる物――。 それは――。 それこそが――。 焦燥感の中で刹那こそが真実と思っていた由美が――。 求めていた――。 そこまで考えた時、こぼれた数的のパールが少年の頬を濡らした。 グッと歯を噛み締め、由美は自分の頬を拭う。
「分かってる? 私達ね、もうすぐ大人になるんだよ?」
全ては刹那。だから行かなければならない、今しかないのだから。今手にいれるしかない。 ハンガーにかけてあるブラウスとスカートに手を伸ばした時、指先が震えていることに気づいた。 ブラウスを抱きしめたまま震える指先を押さえる。幾ら止まれと念じたところで、心の奥の芯から揺さぶる震えが止まることはない。 指先に残るパールの感触を握り締め、由美はその場に崩れた。
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