L'ecame des jours(うたかたの日々)1
  

 

 鈴原冬架。本名、カフユ・ラ・ハズス。赤のオルタナティブ。プロトコルF。紅眼王。破壊神。魔術師。吸血鬼種。天才――。
 その存在を現す全ての単語、そんなものに何一つの興味もない。
「くふふ、たっちゃん」
 語られる伝説も、怖れられる偉業も、鈴原冬架にとってはどうでもいいこと。
「たっちゃん、たっちゃん」
 鈴原冬架の起こした奇跡は、全てたった一人の為。
 世界中の全てよりも何よりも尊いたった一人の為に行われたこと。
 それゆえに鈴原冬架本人を目の前にしたものは疑問を持つ者が多い。
 金色の髪、蒼い瞳、141.2センチ、性悪、運動音痴、発育不良――鈴原冬架
の存在を疑問視させる単語達。
 そんな疑問も本人はどうでもよく。
「鍵をかけ忘れるなんてうかつだよ、可愛い御寝坊さん」
 頭から白い毛布に包まれた卓士の身体を抱きしめ心底幸せそうな甘い声で囁く。
 小さな身体で子猫がじゃれつくように甘え、全身を駆け巡る高瀬卓士への愛を表
現する。その度に身体の中で新たな『好き』という感情が生まれ、それが冬架の心を心地良い幸せで満たしてくれた。
「珍しく寝坊したね、たっちゃん」
 時刻は十時。普段の休日ならば、卓士が冬架の暮らしている探偵事務所を訪れ朝食
を作り終えている頃だった。
「たっちゃん、おっきしないとほっぺにチューしちゃうよ?」
 等と言いつつ、そっと毛布の上から卓士の胸元に指を這わせる。
 人間からしてみれば少々過剰な愛情表現もD(ダムド)からしてみればスキンシ
ップ程度に過ぎない。普段はそれを卓士がするりとかわしてしまうが今は違う。今はマスターとスレイヴの愛情関係を十分に堪能することができる。
「よーし!添い寝しちゃうかんね!いざ、大人の階段っ!」
 冬架が細い指先が白い海原を捲り上げる。
「ああ、冬。おはよう」
 淡々とした――。
「え?」
「珍しいね。冬が早く起きるなんて」
 感情を感じさせない、抑揚を持たない、いつもの声。
「たっちゃん?」
「どうしたの?何か問題があったの?敵?とりあえず動けなくする?」
 玄関口でグリフォンを抜く高瀬卓士。
 今まではとりあえずで人を殺していたが、最近は動けなくする程度に止めるよう
に学習したらしい。
「あ、あれ?」
 買い物袋とグリフォンを片手に玄関に立った卓士を見つめたままだった冬架。
 ゆっくりとその視線が眼前で眠っていた人物に向けられる。
 先ほどまで心地良い眠りの中に居た少年は、毛布をはがれ少し眠たそうに眼をこ
する。
「あ、おはようございます、冬架さ――」
 そこまで言いかけて少年は仰け反らせられる。
 冬架の握りこぶしが鳩尾を打ち抜いていたからだ。
「ふ、冬架さん、何を――」
「この獣が!!」
 容赦なく放たれる冬架の拳。普段の冬架からは想像できないほどの破壊力を秘めた一撃は憎い恋敵を叩きのめさんとしていた。
「ふ、冬架さん!?」
 瞳を潤ませ怯える高瀬終――本名、山崎終、二つ名、『ダブルトリック』(終える対なる槌)、高瀬卓士の義弟。
 卓士同様に女の子と間違われるほどに可愛い――それが冬架は気に喰わない。
 卓士と毎晩一緒にお風呂に入っていると推測されるのが気に喰わない。
 卓士と毎晩一緒に眠っていると推測されるのが気に喰わない。
 とにかく何もかもが気に喰わない。
「このどちくしょーが!!しかもそのYシャツはたっちゃんのだろが!!」
「だ、だって、僕パジャマ持ってないから――」
「おらー!脱げー!!それは私が着るんだー!!」
「ちょ、冬架さん、拳が全部急所とレバー……に、兄さ――」
 殴り続け暴れる冬架。
 泣きながら助けを求める終。
 買い物袋の中身を整理しながらぼんやりと二人を見つめる卓士。
「終と冬は本当に仲がいいね」
 全く抑揚のない声で淡々と卓士はそんなことを口にする。卓士の中ではじゃれて遊んでいると判断されているのだろう。
「おらー!脱げー!お前には葉っぱ一枚で十分じゃー!」
「冬、言ってることがやくざみたいだよ」
 生卵の賞味期限を確認しながら卓士がボソリと呟く。
「やだー!やめてくださいー!!」
「可愛い子ぶってんじゃねー!!たっちゃんはお前なんかに渡すか!!」
「違います!僕は卓士兄さんのことは大好きだけど――」
「なんだとコラァァァァァァァ!!それが狙いか!!」
「やめてくださいー!!」
 ぬがされまいと必死で抵抗する終と、暴れまわる冬架。
 鈴原冬架。本名、カフユ・ラ・ハズス。赤のオルタナティブ。プロトコルF。紅眼王。破壊神。魔術師。吸血鬼種。天才――。
 その存在を現す全ての単語、そんなものに何一つの興味もない。
 語られる伝説も、怖れられる偉業も、鈴原冬架にとってはどうでもいいこと。
 鈴原冬架の起こした奇跡は、全てたった一人の為。
 世界中の全てよりも何よりも尊いたった一人の為に行われたこと。
 そのたった一人は――。
 二人の争いに興味を示さず、牛乳の賞味期限を確認した後、三人分の朝食の準備に取りかかろうとしていた。
 そんな風に藍空市での休日はのんびりと過ぎていく――。



 
L'ecame des jours(うたかたの日々)2

  冬架が受けている体育の補習が終るのを待とうと、山野夕陽が屋上のドアを開けた時、オレンジに染まった藍空市の風景を見つめていた佐東総司に気づいた。
「あら、佐東君」
「山野か」
 社交辞令の挨拶を交し、何の興味もなさそうに夕陽はフェンスに持たれ手にした本を読み出す。
 総司はそれを気にすることなくぼんやりとオレンジに染まった藍空市の風景を眺め続ける。
 本人達は全力で否定するが、卓士と夕陽の間には奇妙な友情と信頼がある。酷くストレンジで歪で不安定な関係だが、確かにそれが存在していた。
 だが卓士の友人である総司と夕陽の間には何の感情も存在しない。どちらかと言えば互いのことを苦手としていたし、夕陽は総司に全く興味はなかった。同じ友人を持ちながら、このまま係わり合いになることはないと互いにそう思っていた。
 つい先日までは――。
「なぁ、山野」
「何かしら?」
 呼びかけられ、夕陽は本を読んだまま答える。投げやりとおも取れる適当な態度だった。
「この世界ってどこまで本当なんだ?」
「私が知りたいわよ、そんなこと」
 佐東総司、山野夕陽。
 互いに四月まではごくごく普通の世界で生きてきたごくごく普通の高校生だった。
 ――と本人達は思っている。
「なんかさ、目の前のいつもの景色がすっげぇ遠いんだよな。俺って本当に何も知らなかったんだな――って」
「こっち側の世界に入門したっばかりの私達が言うことじゃないわ」
「そうだけどさ、今までのことが全部嘘みたいでさ」
 非現実はいつも自分の隣にあった――。
 幼い頃に冬架と関わっていた夕日はずっと昔からこちら側への入り口を知っていた。それは、卓士が日本に来た頃から関わっていた総司も同じだ。
 常に、異分子はごくごく身近な隣に存在していた。
「どこまで本当か、なんてくだらないわ」
 そう言うと夕陽は読んでいた本を閉じる。
「私にとって大事なのは冬架さんよ」
 きっぱりと、はっきりと、山野夕陽はそう答える。
「どんな世界だって関係ないじゃない。どっちが本当だろうと知ったことじゃないわ。冬架さんが側にいてくださる、それだけで世界は薔薇色よ」
 あまりにはっきりとした山野らしい答えに総司は苦笑いを浮かべた。
「佐東君は佐東君らしくいつも通りにアダルトビデオ見ながら不純なことを口走ってればいいのよ」
「ちょ、それが俺のイメージかよ」
「それ以外にないじゃない」
 あまりにもきっぱり、はっきりと山野夕陽は言い切るので総司は背を丸めため息をつく。
「確かにそうかもな」
 大事な者は総司にだって存在する。
 いつも無茶ばかりして飄々としてる親友の卓士。
 折れてしまいそうに華奢なくせに、尊大で意地っ張りで不器用な――もう一人の親友。
「関係ないんだよな、種族とか世界とか」
「私はそう信じてるわ」
 総司が呟いて、僅かに夕陽が微笑んだ時。
「夕陽ちゃん!!」
 ふいに屋上のドアが開き、そんな呼び声が聞こえた。
 その瞬間、夕陽は総司に見せたことのない満面の笑みを浮かべる。
 山野夕陽の守るべき者の隣には、佐東総司の守るべき親友達が。
 金髪碧眼の少女、無表情な少年、そして片目を隠した少女――。
「ふむ、総司君、今日も暇をしているようだね。どうかな、たまには一緒に帰らないかい?」
 いつも通りの素直じゃない言葉に総司は意地悪く笑いながら答える。
「仕方ないから一緒に帰ってやるよ、チビ介」

 どこにいようが関係ない。
 例え世界が嘘であろうと構わない。
 世界はここに在る――。

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