『シネマ』

 

魚の気分というのだろうか。水の中から空を見上げてた。
蒼と白い光の限りなくクリアーな世界。
私は水泳部の練習が始まる少し前にこうして漂うのが心地良くて好きだ。
「初生ー」
私を呼ぶ部長の声。
水の中から出てみれば皆プールサイドに立ってる。
「はーい」
私もプールサイドへ上がろうとした、その時、
グラウンドで楽しそうに走り回るツンツン頭が見えた。
幼馴染の一だ。
私は水泳部、一は陸上部。
小学校までは私も陸上をやっていたが中学からは水泳を始めた。
よくよく考えれば、夏休みに入ってから毎日こうやって見てる気がする。
お互い部活ばっかりだもんねぇ。
一と私。
子供の頃からずっと一緒。
多分、それは、これからも、ずっと。
この小さな町で変わらない。
「初生!準備運動するよー?」
「あ、うん」
私は慌てて皆の所に駆けていった。
……。
…。
正午、今日は珍しく部活が半日で終わった。
顧問の先生が家族で旅行にいくらしい。
「じゃね、初生」
「あ、うん」
部長はこの後、高校生の彼氏とデートだそうな。
水泳部部室の鏡に残った私の姿が映る。
殺姫初生(さつきはつおい)の見慣れた容姿。
きれいに焼けてしまった肌と対照的に白い八重歯。
残念ながら薄い胸。
ショートカットの前髪は昨日、ザンバラにカットしてみたが誰も気づかなかった。
少しやるせない。
私が着替え終わり外へ出ると、
グラウンドには誰もいなくて蝉の音だけが響いてた。
一の姿もない。
たまには時間ができたんだから一緒に帰ろうと思ったけど……。
私は自転車に乗って部活帰りの道を歩く。
国道沿いの田舎道がずっと続いてる。
生暖かい空気と熱気が体にまとわりつく。
水の中から上がった後だと余計にその感覚が強い。
静かで蝉の声しか響かなくて。
改めて夏なんだと実感した。
一体いつ始まったんですかね、私の夏休みは。
もうすぐ残りも半分。
あーあ、結局このまま部活で終わってしまうんだろうねぇ。
たまに時間ができたせいで余計にそれを感じてしまう。
行きたかったとことか見たい映画だってあったのに。
このまま残りの夏もすぎる気がする。
私の夏なんて部活と蛍の墓の再放送見るぐらいで……。
とりあえずナウシカはもういいや。
楽しみと言えば部活帰りのガリガリ君と爽とダブルソーダで……ってアイスばっかだ。
そんなことを考えて自嘲的なため息。
こんな田舎町だもんなー。
特に楽しみって言ったら皆で遊ぶくらいか。
都会っ子はいいわ。
クーラー効いたクラブとかで踊り狂って遊ぶんだろうなぁ。
私の家クーラーなんかないっての。
涼、一、楓、二郎、優希、克己君、琴さん、風彦君、草君、今ちゃん……。
皆どっか旅行とか行ってるしなぁ。
髪型変えたのに誰も気づかないで夏は終わるんだ。
そう思うとどうにもこうにも……。
通りかかった駄菓子屋さんの前、少し段差のついたアスファルト。
そこに座り込んだツンツン頭がYシャツの胸元をパタパタさせてるのが見えた。
「一」
「あ、初生。部活帰りか」
「うん。何してんの?」
私は自転車を駄菓子屋の脇に止めた。
「ここの風が微妙に気持ちいいんだ」
開きっぱなしの駄菓子屋さんから流れてくるアイスボックスの冷気のせいだろう。
「図書館行けば?」
あそこに行けばクーラーもある。
「だって、眠くなんだろ?」
まったく、こいつは。
「ちょっと待ってなさいよ」
私は駄菓子屋の中に入る。
「あら、初生ちゃん」
店のおばあちゃんがレジで、カタカタとノートパソコンをいじってた。
「こんにちわ」
おばあちゃんなら髪に気づくかな、と思った。
「今日も暑いねぇ、部活帰りかい?」
「うん」
私は返事をしながらアイスの詰まった冷凍ボックスから一つアイスを取る。
もちろん、当たりつきダブルソーダ。
これはアイス二つがくっついて一つになっているという優れものだ。
私はおばあちゃんにお金を渡す。
「はい、あ、初生ちゃん」
「ん?」
私の変化に気づいたのだろうか。
おばあちゃんはブラインドタッチでキーボードを叩きながら私を見た。
「今度、パソコンの外付けについて琴音ちゃんから聞いといておくれよ」
「うん、分かった」
そう返事をしながら小銭を渡した。
ダメ。
気づいてもらえませんでした。
少しため息。
ダブルソーダを手にお店を出て一の横に座る。
「お!ダブルソーダ!」
私はパキッと二つに分ける。
「はい、あげる」
「サンキュー!」
一は受け取るとおいそうにアイスにかじりつく。
シャクシャクとアイスを食べるのがまるで子犬みたいだ。
「夏、終るねぇ」
私はぼんやり遠くを見つめたまま言った。
「ん。そうだな」
「お互い部活ばっかだったよね」
そうだ、終るんだ。夏休みが。
「ん?初生」
「?」
お互いの目が合うと、一はジッと私を見つめる。
何?何なの?
一は少し間を置いた後、置き驚く。
「おお!髪切ったな!」
「え……!!」
私は一瞬、キョトンとした。
「あ!分かる!?」
まさか最初に気づいたのが一とは……。
絶対、この世の終わりがこようと気づかないと思ってたのに。
気づいてくれたのがかなりうれしい。
「当たり前だろ。いつも見てるもんよ」
一は白い歯をむき出しにして笑う。
急に私の胸がドキッとした。
いつも見てる……。
気づいてくれたこともそう言われたこともうれしかった。
そ、それは私のことをいつも意識してるってことですか?
「お!当たり!」
一はアイスの棒を頭上に掲げた。
私が少し戸惑ってるなか、一がうれしそうに笑う。
「俺もう一本もらってくるな」
「あ、うん」
そう言って一は店の中に入っていく。
ああ……。
こうやって二人で過ごすのもいいかもしれないね。
始まらない夏休みなら、このままこうやって……。
来年もこうしてこいつと過ごすのかな?
同じ夏が来るのかな……。
棒アイス、願わくばこの夏をもう一本。
心の中で念じた後、
太陽に棒だけ残ったアイスをかざす。
棒に書かれた文字……。
私の当たりくじは…………見事にはずれだった。
店の中から一が出てくる。
「へへ、アイスよりいいもんもらったぞ」
一は私に手にしたそれを見せた。
キラキラと輝き夏の匂いが漂う。
それは太陽の色をしたきれいな夏みかんだった。
「わぁ、いい匂い……」
「へへ……」
一はそれに皮ごとかじりつく。
また胸がドキっとした。
なんでこんな仕草にドキドキしてエイトビート刻んでるだろう。
夏の暑さにやられたんでしょうか?
アイロンみたいに湯気が噴出しそうだよ。
「初生も食うか?」
「え……うん」
私はためらいながらそれを受け取ると、一の真似してオレンジにかじりついた。
皮の苦味の後、酸っぱさ、
口の中いっぱいにみかんの香りが広がっていく……。
やっぱり胸がすごいドキドキしてた。
棒アイスなんかに願っても夏は多分来ないかもしれない……。
踏み出さなくちゃ。
私の夏休みを始めないと。
一と一緒にいる夏休みを。
「ねぇ、一」
「ん?」
「時間ある?犬杉山シネマ座に映画見に行こうよ」
一はにっかりと笑う。
「おう!」
立ち上がり私たちは一緒に並んで歩き出した。
田舎町で何もないけど、この町にはこの町の夏があるよね。
やっとこさ、私の夏休みが始まろうとしていた。

 

end

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