『キャッチボール』


テレパシー使えたらなぁ。
したらさ、きっと……。
なんか、こう。



高校生の男女となればあれこれ。
まぁ、それは色々あるわけです。
それが同棲となれば尚更なわけで……。
でも、私の彼は時代に逆らうタイプで……。
私も私で学校指定ジャージを休日の普段着にしてるような高校生女子で……。
今時、プラトニックな関係のわけです。
それに多少の物足りなさがあっても、ベッドで眠る先輩を見ると……やはり幸せだと思う。
そっと短く刈り込まれた髪に私の細い指先が触れる。
それだけで、こう、胸の奥って言うんですか。
キュンとしてしまうのです。
離れた指先が切ないほどに。
ずっと触れていたくなるんだなぁ……。
「ん。どした?」
先輩の低い男らしい声。
「ん。何でもないっす」
「そういう男みたいな喋り方は……って、おい」
私が我慢できずに抱きつくと先輩はただ抱きしめてくれた。
暖かい胸と逞しい体は硬いけど心地いい。
そこで欲情してくれたらもっと良かったんだけど……そこまでなんだよなぁ。
せめてなんか、愛してるとまで言わなくても言葉は欲しいと思いました。


少しイチャついた後、
お互い制服に着替えた後はカーキの卓袱台で朝食を食べる。
おそろいのお箸と茶碗というのが、なんともまた酔いそうなぐらい幸せだ。
改めてこの人が好きなんだと再確認するのもまた幸せ。
幸せ、幸せと世界の中心で叫んでいる訳ですが、一つ不満もありまして。
なんのこたぁない、どこでもあることなのさ。
そいつは先輩が朝から不機嫌そうに私の作った煮魚をつつくこと。
本日の朝食メニューは煮魚、野菜炒め、キノコスープ。
別に好き嫌いがあるわけでもないことは把握してる。
また、なんかあったんだなぁとすぐに察しがつきますよ、そりゃ。
「愛情たっぷりです」
とか言ってしまえば、不器用なこの人も可愛いと言ってくれるだろうか。
怒ってる顔も好きですと前に言ったらそんな部分は好かんで良いと怒鳴られたけど。
それでも、ワタクシ、貴方のそういう不器用さと言葉全てが好きな訳です。
ホラ、やたらごつくて筋肉質で野球馬鹿な癖にちょっとしたことで悩むのが可愛くて……。
そして、貴方が溜息つく度に私は切ないんですよ。
目の前にいるんだから私に言えよって思ってしまうわけです。
恋人なんだからさ。
また何も言わないのですよ、この人は。
きっと学校で嫌なこととかあったんだろうけど。
そのことで、たまにお互い不機嫌なこともあるけど、喧嘩はしたことない。
それも少し物足りなかったりしてしまうんだなぁ。
「さてと……」
食べ終わった後、先輩がグローブを手に立ち上がる。
「お前、キャッチボールしたことあるか?」
突然、そんなことを言われ、番茶を飲んでいた私の手が止まった。
思ったよりは機嫌がいいのだろうか?
「あ、体育であります」
「どこ守った?」
「ん〜。後ろの方です」
体育は好きなほうだが野球はあまり好きではない。
野球をやってる先輩は大好きだけど。
「ん。じゃあ、少しやってみるか」


朝靄と昨日振った雨の水たまりが輝く中……。
私の掲げたグローブにスパンと言う心地良い音が響いた。
先輩の投げたボールが私のグローブに飛び込んでくる。
音の割には手が痺れない。きっと加減してくれてるんだと思う。
「うし、行きますよ」
「よし、来い」
私が力いっぱい投げたボールは……地面を転がった。
「お前、本当に野球部員の彼女か?」
「間違いなく先輩の彼女です」
それだけは胸を張って言わせてもらいましょう。
「ならばここまで届かせてみせよ」
「ぬ。愛の試練ですね!!」
しばらく投げ続けて届いたのは一回だけだった。
愛はしっかりと守られたわけです。
しばらくして、私たちは学校へ向かう。
「先輩……」
「ん?」
土手沿いの道をゆっくりと歩きながら……。
「疲れました」
「おいおい」
先輩が苦笑いを浮かべながら私の手を握る。
「お前はもっと運動しろ」
「文系で進学するからいいですよ」
「俺、体育大学だぞ」
「文系やめてついてきます」
「お前なぁ」
先輩がこらえたように笑った。
「私、先輩の球、大体取れましたよね」
「俺は取れるように投げるてんだ。本気の俺はもっと凄いぞ」
「取ります」
私もそっと手を握り返す。
「どんなボールでも取ります」
そうこれから投げえられるどんなボールだって取ってみせます。
カーブだろうとフォークだろうと消える魔球だろうと。
少し照れて先輩が髪をかいた。
ああ、そうなんです。
テレパシーが使えなくても。
不器用な言葉でも。
見えてしまう、分かってしまう、そんなことがあるのかもしれない。
「落とすなよ。俺だって取るからな」
「はい」
「お前の投げた球、全部とってやる」
「はい」
きっとつないだ手から気持ちが流れてるのかもしれない。
私たちのキャッチボールは続いていく。

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