『バイバイ』


「向こうでうまくやってけるの?」
きっと、それは別れの日に言う言葉なんかじゃない。
僕が今更そんなことを尋ねると、彼女は小さく頷く。
「大丈夫。何もところないけど悪いところじゃないから」
助手席で窓の外を見つめながら彼女は答える。
いつも通り、どこか儚い笑みを浮かべて微笑んでいた。
別れがいつも悲しいとは限らない。
高校の頃から六年続いていた僕たちの関係は、よくあるような理由で簡単に終わった。
お互いの性格では、遠距離恋愛を続けてくことが出来ないのは分かっている。
それに、僕は彼女のために自分の生活を壊す勇気がなかった。
緩やかな、最後の瞬間までいつも通りの別れ。
「なんかさ、俺さ」
「ん?」
「俺たちが別れる時って大喧嘩するのかって思ってさ」
「ん。私も。毎日泣き続けるぐらい大喧嘩するかと思ってた」
そんなこと言い合いながら僕達は笑う。
いつも何一つ変わらず、このままいつまでも続きそうな時間。
でも、それは目的地についてしまえば終る。
車道脇に車を停車させると、僕らはバス停のベンチに座った。
「なんか、学生の頃みたいだな」
「そうだね。こうやってたよね」
長い間、ずっとこうしてきた気がする。
でも、それも今日で終わりだということを改めて理解した。
「なぁ、寒くない?」
「うん、少しね」
少しだけ、彼女が身体を寄せ僕も同じように彼女に身体を傾ける。
ブランケットに二人で包まっていた時のように、寄り添い合い僕らはバスを待つ。
そして――。
恋人同士のように、昨日までのように、そっと肩を寄せ合い、そっと手をつなぐ。
やり直せるんじゃないか――。
そんなことを考えたけどそれだけは言えなかった。
道の向こうから、彼女を連れて行くバスが予定通りに訪れる。
「じゃあ、行くね」
「ああ」
と、だけ僕は答えた。
ゆっくりと、君の体が離れていく。
それを見つめながら、僕はいつも通りに振舞う。
最後の瞬間まで。
この先なんてないのに。
バスを待つ人の流れに押されて消えていく、彼女の姿を見送る。
自信はないし、なんだかもう自分の気持ちが分からないけど、僕はさっきまで彼女が握っててくれた掌を見つめる。
「バイバイ」
本当は彼女の背中を押していたのは僕なのかもしれない。
別れがいつも悲しいとは限らない。
でも、緩やかな別れなんて、優しい別れなんてない。
涙が今更、溢れて、震えるやるせなさと一緒にこぼれていく。
本当は子供みたいに泣いて、彼女を引き止めれば良かったのかもしれない。
それでも――僕は。
手を振るよ。彼女は振り向くことなんてないだろうけど。
きっと、僕達はそれでいい。
彼女は先へ、僕はここで。
きっと、それでいい。



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