『バンド』

彼女と喧嘩した。
彼女はうちのバンドのマネージャーだ。
夢ばっかり追ってないで現実を見ろって。
分かってる、そんなこと。
ついでにいつまでも「河合」と苗字で呼ぶなって。
なんだかなぁ。
のう、河合、それってそんなに大事なことか?

それは高校卒業を控えた前日の早朝だった。
枕もとの携帯が鳴る。曲は俺たちのバンドが作った曲だ。
俺は眠い目をこすりながら電話に出る。
「おう、佐藤。朝早くから悪いけんね」
同じバンドの鈴木だ。
この春大学への進学が決定している。
「どうしたと?」
「皆集めて学校行かんかね?」
「学校?なんでまたこん寒かなか……」
「じゃ、待っとるけんね」
電話はそこで切れた。
仕方なく起き上がり俺は着替える。
コートを着て外に出ると、真っ白な雪が辺りを白く染めてた。
「おお」
雪の感触が心地いい。
俺たちの住む街は大隈県の田舎街だ。
何も無い街だけど皆でバンド組んで演奏するのが何より楽しかった。
鈴木はギター。
山田はドラム。
田中はシンセ。
俺はボーカル。
音楽やって飯食ってけたらと思ってた時もあるが皆もそれぞれ進路が決定してる。
大学行って音楽続ける奴なんて俺以外誰もいない。
「おはようさん、佐藤」
駄菓子屋も前を通るとそこに山田と鈴木がいた。
「なんね、お前、それは」
俺は鈴木のギターケースを指差す。
「ははは、今な、田中が親父さんのトラック借りてドラムとシンセ運んでるけん」
「は?何すると?」
「ええことじゃ、ええこと」
山田が口元を押さえて笑う。
「なんね、俺だけ仲間外れね?」
俺が口を尖らせると鈴木が肩を叩く。
「さっさと学校に行かんかね?」
俺たちは雪を踏みしめ走り出した。
多分、都会に出る俺にとってはこうやってこいつらと走るのもこれで最後だろう。
「おい!見てみ!」
山田が指差すグランドに、一番のりした田中のトラックがいた。
真っ白な雪の中にドラムやアンプがセットされてる。
思わず絶句という気分だ。
「お前ら、バカか……」
「粋なはからいじゃろ?」
鈴木がギターの準備をしだす。
「最後じゃ、派手にやろうや」
俺たちはそれぞれの楽器を手に取った。
最後。これで最後の演奏。
思えば小学校の頃からのバンドだった。
中学でもずっと四人でバンドやって、
高校でも四人でやって……。
これからは……。
のう、河合。夢ってそんなに大事か?
バンド……音楽とって俺に何が残る?
……。
…。
「のう、佐藤」
鈴木は雪の中へ寝転んで言った。
隣には、俺、山田、田中。
雪が心地いい……。
「なんね?」
「俺ら、東京出て音楽続ける」
俺は思わず起き上がった。
「こんか?お前も。今夜この町を出るんじゃ」
「おう、じゃあ行く」
「えらいあっさりじゃ」
田中が笑う。
「漫画やドラマだともっと引っ張るだら?でも俺ら田舎もんだけん。思ったことはすぐする」
「さすがボーカルじゃ」
ボーカル関係ないと言いたかったが、まぁ、いい。
「最後にええかのう?手伝ってもらいたいことがあるんじゃ」
「何するかね?」
「彼女の名前を校庭に雪掘ってでっかくハートで囲むんじゃ」
三人がそろって言った。
「ばか」
「なんじゃ!ええじゃろ、別に」
後味悪いんじゃ。こんままじゃ……。
そう思った時、
突然、俺の後頭に雪がかけられた。
「あ?」
振り返るとそこにいたのは……。
「言い忘れ取った。マネージャー付きだけん」
鈴木は意地悪く笑った。
「うち忘れてくとはいい度胸じゃ」
「あ、その、河合。ごめん」
河合は俺のデコをピンと指で弾く。
「いつまで苗字で呼んどるんじゃ?」
「ごめん、河合」
俺はわざとそう言った後、不意打ちでキスしたのだった。

佐藤来螺(さとうらいら):ボーカル
鈴木五郎之助衛門(ごろうのすけえもん):ギター
山田針葉樹(やまだはりはき):ドラム
田中陸尊(たなかりくそん):シンセ
河合竜胆(かわいりんどう):マネージャ

 

end

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