4.


「ディラック・M」
操殿のルーンだ。市内でも多分これだけのものを仕える資質保有者はいないだろう。
巨人はゆっくりとした機械的な動作でライフルを構えた。
すると操殿の手にも同じ縮小版のライフルが具現化される。
「乾坤一擲。外せばそれまでですね。行きますよ」
ライフルが淡く輝きだした。
周囲の気と操殿の気を吸収しているのだ。
それを弾丸として放つために。
力を弾丸として放つ……それが操殿のルーンだ。
威力は恐ろしいが、その反面消耗する体力精神力も同様だ。
ディラック・Mがライフルを携え宙に浮上し、目視できるぐらいの中空でその動きを止めた。
高い場所ほど狙撃に適するのは素人の考えだと聞いたことがある。
たしかに高所は広い視野が得られるが、過剰に高すぎるのは射撃自体の難易度をあげる。
下向きの射撃では重力の弾道に及ぼす影響が大きくなるからだ。
長距離なら尚更だろう。
操殿はライフルのモノアイスコープをじっと見つめる。
感覚を共有していてディラック・Mの視覚情報が直接入り込むらしい。
「時刻三分前……距離五キロメートル。遮蔽物なし。ターゲットの伊集院紫苑確認」
操殿の身体がわずかによろめいた。
それと同時にディラック・Mの光が弱まる。
力が足りていないのだ。
この一撃を外したら全てが終る。
一体どれだけの力がかかっているのだろうか。
しかもこの間使ったばかりだというのに……。
「操殿……」
私は操殿のグリップを握る手にそっと触れた。
「私の力を使ってください」
「ダメですよ!!そんなこと…」
「確かめたいんです。私に何ができるか」
「虎徹ちゃん……」
「何もできず顔を下げていることなどできないんです」
操殿は私の家族だから……。
「分かりました……」
操殿はトリガーに私の手を運ぶ。
その瞬間、身体中の力が抜けた。まるで血液が一気になくなるようなそんな感じだ。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫……」
「いきますよ……」
操殿の指に力がこもった。
「五、四、三、二、一、零」
ディラック・Mから力の弾丸が放たれた。
その瞬間、まるでこの世界を穿つような轟音と共に光の螺旋が空を翔る。
それはまるで空を泳ぐ白鯨……モービィディックだ。
私と操殿は光を見送るとその場に倒れた。
「あは、やるだけのことはやりましたね」
私はそれにゆっくりとうなづく。
「後は冬架さんに任せましょう」

風が止んだ。
倒壊しかけたビルは軋んだ音を奏でている。
トルネードの消えた後とボロボロの紫苑は立っていた。
服ははだけ両腕は今にも千切れてしまいそうだ。
「これで私の勝ちですね……」
紫苑は唇のない笑顔で笑うと冬架もニッと笑った。
「時間通り。そこはポイントだよ」
「?」
その瞬間、だった。
閃光が紫苑に近づいたのは。
それこそ八重柿操の射撃が能力を持ったルーンであるディラック・Mの一撃だ。
「あああああああああああああ!!!!」
紫苑は下方から光の塊がうねりをあげ迫る。
「ぐうううううう!!」
身体をむりやり捻りギリギリでそれをかわす。
光は紫苑の背後へ消えていった。
「はははははは……」
自然と笑いがこぼれた。
「勝ちですね……私の」
「……三角だよ」
「は?」
その瞬間、光は紫苑の耳元をかすった。
一瞬のことで気を取られる。
通り過ぎたはずだ。
それが何故……。
「な!?」
「三角だよ、儀式のポイントは」
紫苑の背後で冬架のリフレクトスペルは砕け散っていた。
「まさかあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!」
その粒子が紫苑の頬をサラサラと流れていく。
紫苑は自分の意識が遠のくを感じた。

「しゃれになってねぇな」
甚六は爆風に巻き込まれ負傷した身体のままベルデッキオの前に立った。
隙だらけの姿だというのにサブマシンガンを構えベルデッキオは止まる。
「貴様……何故そこまでする。忠誠心か?」
ベルデッキオの問いに甚六は笑う。
「そいつが俺のもっとうでね」
「……久しく見ぬ良き男だ。もったいないが我が忠誠心のため死んでもらう」
「忠誠心?アンタ、トライセラトップスの一人だろ。ヒューゴの支配から反逆したんじゃないのか」
「私の役目はトライセラトップスを儀式に導くことだ。ヒューゴ様のためにな。神を降ろしそれをヒューゴ様に捧げる。そのためにここで死ぬことそれが俺の使命だ。消滅など恐ろしくもない」
「……そこまでして仕える男なのか?」
「……」
「答えられないところを見ると違うらしいな」
甚六がたははと笑った。
「まだあの方は戻ることができる……」
それが暗示のように言い聞かせるものだということは甚六にも分かった。
「アンタの忠誠心が泣いてるぜ」
「小僧に何が分かる!!!!」
「アンタこそ本当は分かってるんだろう」
「黙れ!!!!」
「俺の忠義は……ポリシーはアンタの歪ンだ忠義に負けやしねぇよ」
「だまれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
甚六がベルデッキオに向かって走り出す。
足を怪我してるためかその動作に精彩ない。
「無駄だ!!!!」
それに反応して薄氷のエッジが大地を突き破る。甚六はまたしてもその直前で止まった。
「かわしたところで……どうすることもできぬ」
ベルデッキオがトリガーに指をかけた。
「こうするのさ」
甚六の声と共に、薄氷の根付いた大地に轟音と共に拳が突きたてられる。
一瞬にしてその力は大地を伝わり無数の亀裂を生じさせた。
それはまるで月面のクレーターのようでもある。
地面の破片が宙に舞う。
ベルッデキオの足元が不意にぐらつき、それに巻き込まれてバランスを崩し倒れた。
次の瞬間ベルデッキオの視界に映ったのは土、闇、氷のエッジだった。
地面ごと巻き上げられた氷の刃があろうことかベルデッキオの喉元を切裂く。
ベルッデキオは自身の声にならない声と漏れる空気の音を聞いた。
「こいつは土産だ。とっとけよ」
甚六の拳がベルデッキオの口の中に何かをねじ込む。
それは……先ほどの不発弾だった。
「殺戮参式獅子」
甚六の拳が手榴弾を含んだベルデッキオの顔を正面から殴り飛ばした。
その瞬間、甚六の腕をも巻き込み爆発がベルデッキオを包んだ。
「ぐぅぅ!!」
甚六は片腕を失いながらもなんとか退避できた。
身体も所々焼き焦げて傷は赤く焼き焦げている。
「終わったか……」
風が土と血の匂いを運んでくる。
これで……終わったと思った。
「いやいや、まだだ」
そう風に声をのせたのはベルデッキオとは別の声だった。
それでも声は地面から響く。
「おいおい、おいおい」
ゆっくりとベルデッキオは地面から現れる。
すでに頭はなく身体も半壊していた。
「ゆっくり休め。相棒」
ベルデッキオの千切れた服から見えるそれが笑う。
身体から生えたその男の顔が。
「俺の名前はクロ・ド。よろしく、そしてさよなら」
ベルデッキオの残った体と腹部から生えた合計四本の腕が銃を構えた。
その四本腕と四丁の凶器が甚六の身体に照準を合わせた。
「はああああああああああああああああああああああああああ!!!!最高!!!!」
それはまるで銃弾の雨だった。
連続する銃声はまるで獣の声だ。
全てを暗い尽くす獣の咆哮である。
「ひゃあああああああああああああああああ!!!!」
止まらない破壊音と土煙と硝煙が辺りを包む。
「ヒューゴ様の吐息は世界を包み、あの方の双眸は天を見据えるぅぅぃぅぅぅゃぁぁぁぁ!!!!」
硝煙と土煙の晴れた中、倒れた甚六の身体がピクリピクリと動いた。
肉はえぐり消し飛び、血は散花のように地面を染めている。
気のせいか随分遠くに倒れている。
いや、逃げようとしてここで倒れたのだろう。
最も逃げなければ消し飛んでいたが……。
「んあ……なんなんだ、てめぇは……」
「おい雑魚、教えてやるよ。俺たちはヒューゴ様によりこの身体を与えられた神に選ばれた存在よ」
クロ・ドは甚六の身体を蹴った。
「実験台……」
「実験台ぃぃ?おおいにけっこう!!あの方に選ばれたんだよ!!俺たちは!!だから神の名の元に断罪してやるよぉぉ死刑ぃぃぃ!!!!」
銃口が甚六に構えられた。
ベルッデキオの顔が再生していく。
「よぉ、お目覚めか?」
「ああ……」
二つの顔は甚六を見つめる。
「最後に言い残すことは?」
「……」
「あ?」
「そう。その位置だ……」
甚六はかすれた声で言葉を紡ぐ。
「あ?何言って……」
「うまくいって安心したぜ」
「だから何を……」
飛んできた光のエネルギーは次の瞬間にはクロ・ドの顔を貫いていた。
鮮血が飛び散りベルデッキオの口からも赤黒い血があふれる。
「こういうことか……」
ベルデッキオがよろめき倒れる。
「お前の勝ちだ……」
忠誠心……それは昔のヒューゴに対してのものだ。
本当の忠誠ならばヒューゴが堕ちる前に正すべきだった。
「忠誠心か……結局、私は……」
ゆっくりとベルデッキオは瞳を閉じる。
「眠りな……今度はいい主に会えよ」
甚六はその顔にコートの切れ端をかぶせその場に座り込んだのだった。

「冬……」
卓士はそっと山崎の身体に上着をかけ冬架に近づこうとビルの間を飛ぼうとした。
その時だった。
身体に重くのしかかる何かを感じたのは。
黒く淀んだ圧倒的なプレッシャー。
心にまで侵食されるような気分の悪さ……嘔吐感。
それは冬架も同じだったのだろう。
二人の間を遮るそれに敵意の眼差しを向けている。
気がつけば冬架と卓士の間にその人物は立っていたのだった。

 

end

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